自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

美濃たび鉄道沿線2Days - Day2 名鉄美濃町線・長良川鉄道編その2 (Mar-2020)

 旧名鉄美濃駅をあとにした僕は、ここから長良川鉄道の沿線旅を始める。長良川鉄道はその名の通り長良川に沿って走る鉄道で、美濃太田を出て関からは終点の北濃に至るまで長良川と並んで行く。国鉄時代は越美南線という名で(現在も路線名は長良川鉄道・越美南線)、変わることなく同じ区間を走っていた。越前の「越」と美濃の「美」なので、当然福井を目指していた。福井からも岐阜を目指し越美北線が敷設され、現在もJR西日本の路線として走っているが、結局両者が峠で手をつなぐことはなかった。一本の路線として、晴れて越美線となることはなかった。
 いっぽう長良川に沿う道路のほうは、国道156号がある。こちらは美濃太田ではなく岐阜を起点とし、長良川に添い遂げたあとは福井県ではなく富山県を目指す。白川郷から砺波平野を通って高岡に至る国道である。
 国道は地域の幹線道路であり、交通量も多く大型車も頻繁に往来するため、幾人かの人から並行する県道を勧められた。僕にはまったく土地勘のない場所なのでありがたかった。しかもすこぶる良い雰囲気だっていう。
 僕は長良川鉄道に沿ってさらに奥へ入っていくため、まずは美濃の町なかを走った。

 

「伝建地区」と呼ばれる、うだつの町なみとしての美濃は、僕でさえその名を知っていた。今回は長良川鉄道沿線旅を目的にしていたから、町を通り抜けるだけだったけれど、それでも断片から町の居心地の良さが感じられた。電線はすべて埋められ電柱を廃し、美観を保つ施策が徹底していた。歴史ある家々が路地に連なり、落ち着いた、静かな活気があった。ゆっくり歩いてみたいと思いながら、町なみを横目で見送った。

 

f:id:nonsugarcafe:20200321090657j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230101j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321090723j:plain

 

 湯の洞ゆのほら温泉口の先で、僕は国道156号を離れ、県道324号に入った。
 こうやって走ってみると、長良川が入り組んだ流れをしていることがよくわかる。まるで峠のつづら折り道路のように右に左にカーブを繰り返している。昨日走った根尾川も同じような流れをしていたが、木曽三川のひとつである大河は、また規模感が違った。長良川鉄道や国道156号は、橋やトンネルを駆使し、可能な限りの最短距離を狙っていたが、僕の走っている県道は、流れに合わせて大きく迂回させられていた。

 

 県道324号はセンターラインもないのどかな里道で、点在する集落をつなぎながら走った。車どおりもきわめて少なく、時おり地元の軽トラとすれ違うくらいだ。とても走りやすい。
 ときどき「おとり」の文字が見られる。なるほど、長良川はアユが釣れるんだろう。
 道端に湧き水を見つけた。もちろん調べてなどいないので、これが飲めるのか飲めないのか、きれいなのかそうじゃないのかもわからなかった。でもその場にコップがひとつ置かれているので、飲める水だからこうしてあるんだろうって勝手に解釈してボトルに入れた。
 長良川鉄道は対岸を行き、県道は川の流れで大きく遠まわりをさせられるので、しばらく線路が見えずにいた。が、長い橋を渡ってこちら側にやって来た。青いデッキガーダー橋が日差しを受けて鮮やかに映えた。
 川を渡ってきた長良川鉄道と合流するとそこは、みなみ子宝温泉という名の駅だった。
 駅には日帰り入浴施設のような建物が隣接していて、駐車場には何台もの車が止められていた。僕はちょうどいい休憩の頃合いだと思い、飲み物がないか探してみた。隣に農産物直売所のようにも見える建物があって、その入り口に自販機があるのを見つけた。ちょうどいい。それでそこへ行ってみたが、入り口は閉ざされ、建物全体をもう締め切っているようだった。自販機にも電気は来ていなかった。
 ──またか?
 前日の嫌な記憶がよみがえる。
 昨日は中途半端な昼食しか食べなかったせいで、途中で動けなくなった。ハンガーノックに類するものか。ようやく手に入れたリアルゴールド一本で回らない脚ながらなんとか踏みながら走った。ようやくついたゴールで輪行し、列車に乗ると、得体の知れない気持の悪さが襲ってきた。寒いわけでも熱があるわけでもないのに悪寒にも似た具合の悪さがあった。
 結局それは大垣の駅に着いたとき、あったかい缶のコーンスープを買い、飲むことで解消した。帰りの輪行は同時に、初めて乗る樽見鉄道の旅を、体調不具合と戦うことに使ってしまった。もったいないことをした。
 その記憶は不快である。
 それもあって今朝、ホテルを出たところにあるファミリーマートで5連の薄皮あんぱんと、薄焼き塩せんべいを買った。しかしさすがに飲み物がないところでこれらを食べるのもまた嫌な話で、僕は次の飲み物が手に入るところを探すことにした。
 踏切が鳴る。
 みなみ子宝温泉駅に上り列車が入ってきた。行き先に「美濃太田」とある。
 ──あれ? 不通区間はどうなったんだ? 復旧したのかな。
 ホームで待っていた人はいなかったが、列車からはたくさんの人が降りてきた。ほどなくして列車は発車し、踏切が開いた。

 

f:id:nonsugarcafe:20200327230142j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321094537j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230206j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230219j:plain

 

 県道324号が終り、そこからは国道156号でも県道61号でもない、里道をつないだ。
 長良川鉄道がいくつも鉄橋で岸を変える。僕のルートも橋を何度かわたり左岸右岸を行きつ戻りつする。川と線路と道路が織りなす風景とその展開が好きだ。選んだ道が里の中というのがまたいい。交通量の多い国道156号は対岸のロックシェッドのなかを走っている。
 しかし里道を行くと自販機に巡り合えない。人家や集落は飛び飛びで現れるけど、自販機などどこにもないのだ。需要がないのかもしれない。地方のご多分に漏れず、集落はあれど歩いている人などほぼいないし、車が走るわけでもない。
 やっと自販機にありついたのが5キロも来てから。駅にして3駅分来たところだ。ルート的にたまたま県道に合流した箇所の、釣具屋さんの前だった。助かった。県道に出ることがなければ自販機などなかったかもしれない。駅は通ってきているものの、寄ったところで無人駅だから、駅舎さえななく自販機など期待もできないのだ。僕はおとり鮎と書かれた看板の下で、甘い缶コーヒーを買い、手持の薄皮あんぱんを食べた。

 

 いい風景だ。サイクリングが心地いい。これなら帰りの列車の車窓風景も同じように楽しめるはず。期待が高まった。

 

f:id:nonsugarcafe:20200327230240j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230252j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230311j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321110610j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321110952j:plain

 

 

 郡上八幡に着いた。
 後半はほぼ県道61号を走った。長良川に対し、県道61号は右岸を、国道156号は左岸を走った。そのあいだも長良川鉄道は向こう岸をいったりこっち岸にきたりを繰り返した。
 駅に立ち寄ると、1両の気動車がアイドリングをしながら止まっていた。僕が帰りに乗ろうと考えている列車の一本前の、11時19分発の列車だ。しかし時間はもう過ぎている。発車しないのだろうか。
 駅改札口にはバス代行の時刻表が張り出されていた。なんだ、やっぱり変わってない、バス代行なんだ。
 ホームへ出て列車を見てみる。行き先表示は「美濃太田」になっていた。なるほど、バス代行を含めた美濃太田行きってことだね。
「行き違いの下り列車が遅れております。発車もう少々お待ちください」
 そういった。しかし乗客誰ひとりとしてあわてるようすもなかった。
 そういうこともあるのか……。とすると当初予定していた北濃14時06分発(ここ郡上八幡だと15時03分発)では、帰りのリスクがありすぎたわけだ。下り列車が遅れたら、このようすからすると何分でも待ち続けるに違いない。結局バス代行ゆえこの列車はあきらめたけど、バス代行の区間を何らかの方法で(例えば自転車を一度組んで岐阜まで走る、それはあまりにもギリギリなアイデアだった)対応するなんてとてもとても危なかったわけだ……。
 下り列車との交換を見ようかと思ったけど、いつになっても現れる気配がないので、あきらめて町へ行ってみることにした。
 郡上八幡も、さっきの美濃と同じ、ゆっくり訪れてみたい町だった。以前から来てみたいと憧れていた町でもあった。ただ今回、鉄道沿線旅と考えて来たので、特定の町に長くいることは考えていなかった。だからここ郡上八幡の町の見どころを何ひとつ調べていなかった。
 それでも走って抜けていくだけでこの町の良さが伝わってくる。

 

f:id:nonsugarcafe:20200327230407j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230421j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321112316j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321113247j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230514j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321113737j:plain

 

 僕は国道156号を北上した。
 もともとルートは長良川鉄道の終着、北濃まで引いていた。走りながら時間と見比べつつではあったけど、行けるなら行こうと思っていたから。帰りに乗ろうとしていた列車がさっき郡上八幡駅で見た列車の2本あとだったから、スケジュールもずいぶん違っていたのだ。
 とはいえ今回の長良川鉄道脱線事故による不通で、バス代行区間が発生している以上、その列車では帰れないというのが前夜考えた結論だった。1本前の列車に乗るとなると、郡上八幡までサイクリングするのがせいぜいかなと思っていた。しかし着いてみたら少しばかり時間に余裕を持てた。
 郡上八幡の町をのんびり見て、昼食を取って駅に戻り、やって来た列車に乗るのもいいなと思ったけど、結局手持のルートに従って先に行ってみることにした。町を歩き回るにも何ら下調べがなく、ただ通り過ぎるだけになるし、鉄道沿線旅として行けるだけ行ってみたいって欲に駆られたからだ。

 

 道は引き続き左岸を国道156号、右岸には県道61号があったのだけど、鉄道がしばらく左岸を行くことや、対岸へ渡る橋がなかなか現れなかったこともあって、国道を走った。どんどん奥地に入ってきて交通量が減ったのかもしれない、特に走りづらさも感じなかったから、僕は国道のまま進んだ。
 景色も悪くない。線路だって真横にいる。
 僕は先へ進むと同時に、終りにする駅を決めなくちゃならなかった。さすがに終点の北濃へ行くことは無理だから、北濃を出てこっちへ向かってくる列車とどこかで落ち合わないとならない。時間も12時を過ぎているので、どこかで昼食を取りたい。
 13時10分、郡上大和。──このあたりかな。

 

 昼食も、あればという期待値程度で考えたのだけど、やはり国道は違う。たくさんあって選び放題ということはないものの、食べあぐねるということはなかった。僕はロードサイドのとんかつ屋を選び、味噌カツを食べた。
 途中で終わってしまうことは残念だったけど、ここまで走ってきて70キロ、それなりに疲れもたまってきていた。郡上大和で頃合いだなと思った。
 残念といえば──。
 景色はすこぶる良かった。楽しかった。長良川と、鉄道と、道とが織りなす僕の大好きな風景が続いた。しかしこれにずうっと絡みついてくるやつがいた。東海北陸自動車道だ。
 道路と川、鉄道と川、道路と鉄道がクロスする──やはりこの瞬間は楽しみだ──それ以上に、僕の頭上を何度も何度も、高速道路がクロスしていった。景色いいねえと走っているところに現れては、広い青空を横切っていく。斜め頭上に現れては、目につくところを並走していく。高速道路のある風景がいけないのかっていえばそんなことはないけれど、でも僕個人的には見える風景の中にはないほうがいいなって思う。度を越えると残念ってさえ思う。

 

 郡上大和が近づき、国道を離れ路地に入った。
 ここもいい町だった。僕は町の名前さえ知らなかったけど、ここを走って締めくくれたのはいい気分になれた。
 郡上大和は駅舎のある駅だった。第三セクターはホームしかない、せいぜい待合室があるってくらいの駅が大半なのに、ここは国鉄時代を残していたんだろう。
 駅舎には喫茶店が入っていた。コーヒーか、旅の締めくくりだ、いいねって思う。
 輪行パッキングの手を速めた。形を整え口をキュッと縛る。完了。──よし、列車まであと18分ある。
 僕は喫茶店の扉を押した。

 

f:id:nonsugarcafe:20200327230548j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321115949j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321124032j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230625j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200327230637j:plain

f:id:nonsugarcafe:20200321130806j:plain

 

(本日のマップ)

 

「──そろそろ時間」
 僕は腕時計を見た。
「乗るの?」
「はい」
「じゃあここからどうぞ」
 喫茶店のママは、キッチンの裏、店の勝手口を開けてくれた。そこはホームで、あずき色した気動車がガラガラガラガラと音を立てながら止まっていた。

 

(おわり)