自転車旅CAFE

自転車を中心とした、旅のエッセイ

情報収集

 週末のサイクリングに一緒に行きたいと声をかけられ、僕はもちろんどうぞ、一緒に行こうと答えた。自分の子どもとほとんど年の変わらない青年に一緒に行きたいといわれるのはどう頭をひねったって不思議なことで、その動機にたどり着けないのだけど、せっかく声をかけてくれるのだから、彼にふさわしかろう(もちろん僕でもなんとか走れるであろう)ルートを準備した。
「いいですね! これ。土曜にします? 日曜にします?」
 と彼が聞く。
「もしどちらでもかまわないなら、そのまま両方をキープしておいてもらえるかな。天気次第で日を決められるとありがたいから」
「了解です。どっちも大丈夫なんで」
 それからほどなくして、僕は彼に連絡を入れた。
「日曜日にしよう」
「わかりました。お天気の関係ですか?」
「いや、土曜日ブルベがあるのを見つけたんだ。コースがかぶりそうなんで」
「なるほど、了解です。いろいろ調べてくれてありがとうございます」

 

 

 僕はたいていひとりで自転車旅に出る。
 こうやって声をかけられれば一緒に走ることもあるけれど、気を使わずに、自分のペースを崩さずに、自分の興味や気の向くまま走ったり止まったりすることができるってわかってる人と、そして集まっても少人数。大人数や集団で走ることは僕の関心外だし、どちらかというと忌避することだったりする。
 静かに自分の思いで走る。
 

 今のクロモリの自転車がやってきたとき、お試しも兼ねて、ひとりで群馬県の三境林道と栃木県の細尾峠を走った。まだ乗りかたもわからないし、でも楽しみたいし、静かで、人里離れた、通る人もまずいない道を選んだ。
 クロモリって、やたらと乗っても上手く走ってくれないんだなって今になって思う。カーボンのようにはいかない。だからその日、僕は思いがけない疲労に見舞われ、早々から蓄積していた。
 三境林道を終え、草木湖の周回路から国道122号に出て、日光方面へ向かった。昼を大きく回り込んでいたけれど、選んだ道が道だけに、ここまで食事のとりようもなかった。足尾町(栃木県日光市)の中心街で食事をと思っていた。どこかあればいいし、なければわたらせ渓谷鉄道の通洞駅近くで数年前に食堂に入った記憶があったから、そこでいいと思っていた。そして蓄積した疲労ゆえ、ともかくゆっくり休憩したいと思っていた。
 しかし食堂はなかった。時間的に(このとき、15時前だった)店を閉めていて僕が気づかなかったのか、あるいはもうなくなってしまったのかはわからなかった。それ以外の店もなかった。足尾ってそこそこ大きなまちなのに……僕は途方に暮れた。探し方もきっと悪かったんだと思う。鉱山町の栄枯盛衰に触れたくてまちなかを通ったから。バイパスでまちを迂回する国道122号を行けば、一軒くらいはあったかもしれない。
 この先、まちを出た国道122号沿いにコンビニがある。僕はもうそこにしようと決めた。これ以上あてもなく食堂を探したところで見つかるはずもない。コンビニへ行ってカップラーメンでも何でもいいから食べようって、気持を切り替えた。
 かくしてコンビニにたどり着いた。窓際にカウンターテーブルがくくりつけられ椅子が並ぶ、座って食事のできる店舗だった。じゅうぶんありがたい。この日初めての長めの休憩で、ゆっくり座ることができるだけでも幸せだった。僕はカップラーメンとからあげくんを買い、カップラーメンにお湯を注いで待つあいだ、疲労ゆえどかっと椅子に座り、からあげくんを食べた。
 座って窓の外を眺めていると、何台かのロードバイクがこのコンビニに滑りこむように入ってきた。数人の集団だったが、その後いくつもの集団が次から次へとコンビニへ流れ込んできた。誰もが反射ベストを身につけている。
 ブルベか──。
 トップクラスのレース映像か誌紙のグラビアでしか見たことのないような自転車をロックし、彼らは店内に入ってきた。道路からは相変わらず続々と自転車が入ってきて、同じように自転車を置いて続々と店内に入ってくる。まだ来る、まだ来る。どんどん、現れる。このコンビニがPCと呼ばれるチェックポイントになっているのかもしれない。
 みんな休憩や買い物をする。当然この窓際のイートイン・スペースは恰好の休憩場所であり、反射ベストが途切れなく入ってくるものだから、僕は端の椅子に席を替える必要があった。やがてすぐに僕が座る以外のすべての椅子も彼ら彼女たちで埋まった。
 大小飛び交う会話のなかで、この先の日足にっそくトンネルがどうのと話しているのが聞こえた。つまりブルベは日光へ向かっているとわかる。コースがかぶる。僕は小さくため息をついた。隅の椅子に小さくなってひとり食べはじめたカップラーメンを、あわただしく流し込むように食べた。熱いも何もいってられない。僕は最後のスープまでひと息に流し込み、ゴミをまとめてゴミ箱に放り込み、さらに混雑してきた店内を小さくなりながらくぐり抜けて店の外へ出た。僕はいったい何やってるんだろうって思った。ひとり場違い感がぬぐえなかった。くつろぐどころか、ほんの一瞬で終わった昼食休憩だった。
 急いで発った。先に行ってしまおうと思った。しかしながら僕ごときの速度で彼らから逃げ切れるはずもなかった。反射ベストの集団があっという間に追い付いてくる。集団は僕を抜き、前についた。後ろからも反射ベスト集団に追い付かれた。僕は集団と集団のあいだではさまれる形になって、進んだ。きわめて居心地が悪かった。こんなの嫌だ。ここから抜けたかった。後ろに下がりたくても左は路肩いっぱいだし、右にはひとり、またひとりと僕を抜くためにかぶせては並走した。なんだか哀しくなった。僕ひとりのサイクリングなのだから哀しむ必要などひとつもないのに、と頭ではわかっていても気持はじっさいのところそうだった。止まりたかった。集団と集団の切れ目が現れ、僕はそこで脚を止め、大きく速度を落とした。突然囲まれて、その速度に合わせて走ったものだから無理もしていた。くたびれたし、なにより落ちるように抜けたかった。さらに何人もで構成された集団のふたつか三つくらいが抜いていった。
 細尾峠への旧道が現れた。皆が直進して行くなか、僕ひとりが国道を右折する。そこは自転車はおろか、車も歩く人もいない道だった。僕はひとりになった。すうっと、気持がからっぽになっていくのを感じた。ホッとし、自然体になれた。
 旧道峠道は距離も長くじっくり上らなくちゃいけないうえ、途中転倒もしたりしたものだからずいぶん時間がかかった。数え切れないたくさんのつづら折を上って、そして下って、また国道122号に合流する。日足トンネルの出口を過ぎたところだ。合流の交差点を赤信号で待っているとまた反射ベストが通過して行った。これだけ時間が過ぎても、まだまだブルベは続いていたのだ。いったい何人が走っているんだろう。信号が変わり、反射ベストの一部が途切れて信号を待った。僕は国道に入る。これ、またあいだに入っちゃうんじゃないかって思う。僕は頭のなかで裏道がないか地図を思い描いてみた。でもそんなものはなかった。せいぜい清滝交差点からの数キロ、バイパスを行くか旧道を行くかの選択肢があるくらいだった。
 僕は、こういった大集団や、チームで走るってことが好きじゃないんだなってつくづく思った。たくさん自転車がいるだけで気が滅入る。距離を置きたくなる。バックミラーに、さっきの信号で残された反射ベストが少しずつ近づいてくるのが映ると、まだだいぶ距離があるのに、速度を落とし、彼らが抜いていくのをじっと待った。東武日光駅まで、ただただこんなふうだった。

 

 また別の機会。昨年か何年か前に僕は西伊豆スカイラインを走っていた。そしてこの日もブルベとかぶってしまったようだった。この日のコースは真逆だったようで、何人もの反射ベストとすれ違った。次から次へと反対車線を走りぬけていった。達磨山と、遠い眼下に駿河湾を望む景色を眺める旅は、何人も何人もすれ違う反射ベストに、ただひたすら挨拶を繰り返す旅になっていた。
 これもまた別の機会。昨年の春、長野の湯田中温泉をベースにした自由サイクリングに誘われて出かけたとき、翌日のルートを決めかねていた。候補のひとつとして白馬に抜けて、大町、安曇野へ向かうことも考えていた。すると「それやめたほうがいいですよ。今日、AACR(アルプスあずみのセンチュリーライド)やってますから」と教えてもらった。よかった。このときは事なきを得た。

 

 

 サイクリングは日曜日にしようと告げたあと、もっと調べると、その日曜日には地元サイクリング協会主催のライドイベントがあることがわかった。百キロ以上も走るイベントらしく、僕はあわててこのイベントのルートを探した。なかなかたどりつけなかったけど主催のページからフェイスブックだのブログだの進めていってようやく見つけた。僕が引いたルートにはかぶっていないことがわかった。よかった、と胸をなでおろした。

 

 自転車は、特にスポーツライドとして盛んになった昨今、レースやイベントが数多く開催されるようになった。それこそ毎週末、土曜日も日曜日も、どこかしらでやっているといえるほどになっている。
 それはそれでいいことだと思うし、スポーツライドとして走ることは素晴らしいって思う。目指す方向性が異なるし僕にはできないことなので、スポーツライド志向の、レースで競ったりブルベを走ったりイベントに出たりという人って尊敬している。
 ただ僕は、自身のサイクリングでこういったものと重なりたくないと思っているだけ。それはイベント大集団から僕自身が遠ざかったところで走ればよいだけの話なので、そのためにこれらの情報が欲しいと思っている。
 すべての、レースもブルベもイベントも、一覧できる情報ってないだろうか。形態が違えど主催が違えど、その日どこで何が行われるのかという全網羅の一覧性。加えて走るコースも知りたい。非参加者が並走することを避けるためコースは参加者にのみ公開するってイベントがあると聞いたことがあるけれど、僕のサイクリングがコースとかぶらないようにするためには知りたい情報だ。僕みずからスポーツライドイベントとかぶらないよう、コースから一歩退くために、そういった情報を一括して得たいって、ずっと思っている。