自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

今年の雪山、今年のスキー

 一度やめたスキーにまた行くようになったのが数年前。もう二度と行くこともないだろうなと思っていたところへ、近所の友人にかつてスキーをやっていたということを嗅ぎつけられ、それ以降毎年声をかけられるようになった。
 でももうみずから行こうという意思はないので、道具は偶然捨てずに残しておいたものをそのまま。板なんて20年になる。

 

 

 スノーリゾートにしてみたら、今年は惨たんたる暖冬だ。悲鳴すら上げられないほどの落胆。1月に見たゲレンデの写真がまるで紅葉の終った晩秋のようで、僕だって目を疑った。雪ひとつない枯れた斜面──こんな冬なんて見たことがなかった。
 とはいえスキーにはまったく本腰でない僕の立場からすれば、今年はスキーに行かなくてもいいよね、と考えていた。
 でもそうできない事情があった。ご近所友人のミッツ氏は毎年10月になると早割で前売りリフト券を買うのだ。僕のぶんを含めて。今シーズンも同じだった。
 ──お金払いますから今年はドブに捨ててもいいですよ。僕は消極的にそういった。
「何いってんすか。行きましょうよ、行きますよ」
 福島県会津高原だいくらスキー場。かつてスキーをやっていたころ、シーズン中に何度も出かけたスキー場だった。スキーをやめ、5年以上離れたのちミッツに誘われるようになって、「どこかいいスキー場ないっすかー」と尋ねられた。ここなんかどうですか、むかしよく行ってたんですと一度出かけると、いたく気に入ったみたいで毎年ここの前売り券を買ってくる。
 特に会津は暖冬の影響がひどく、どこよりも雪が少なかった。なんでも暖冬のシーズンは低気圧が南寄りを通ってしまうらしく、この地方には雪を落して行かないのだそう。だからふだんは雪なんてあまりない──人工降雪機でガンガンにつけていく──山梨県のスキー場がホクホクしてた。確かにふじてんにあんなに天然雪があるのを見たことがない。
 1月はまったくといっていいほど雪がなく、リフトもゲレンデも限定営業だった。営業しているほうが不思議なほどの積雪状況だった。そんな状況だから一日券も値下げされ、ミッツの買ってきた前売り券よりも安いほどだった。さすがの営業規模ゆえか、シーズン券と前売り券は同じ会津高原のたかつえスキー場に振り替えて使える措置を取っていた。たかつえは標高が高いぶん、まだ雪が多かったみたいだ。だいくらに出かけても滑るところなどない、ずっとそんな状況だった。
 そのたかつえへの振り替えは1月末で終了するといった。正直このままだったらたかつえに行くほかないなと思っていただけに、期間延長を行わない決定は梯子を外されたみたいだ。僕はもう前売り券をドブに捨ててもやむを得ない、とこのとき思った。

 

 運が良かったのは、今シーズン買っていた前売り券はここのスキー場一枚のみだったことだ。ふだんだとほかのスキー場もあわせて二枚から三枚の前売り券を買ってくる。もし例年と同じそんな状況だったら、日の並びの悪い18きっぷよりも消費に頭を抱えることになったはずだ。
 1月最終週、大陸からの寒波が日本列島に下りてきて、例年の冬のように覆った。一度去り2月の一週目にもまた下りてきた。このときばかりは関東も真冬の寒さに凍えた。
 週末の土日、ここしかないと思ったのに、ミッツから前もってもらっていた可能な日程には入っていなかった。建国記念日を含めた飛び石連休でどこかへ遊びに行くんだろうか。
 週が明けて、寒波は去った。また暖かい(ぬるい)冬の日がやって来た。もうだめだなと思った。ドブに捨てるんだなと思った。
「今度の土曜日、行きましょうよ。行けますから」
 僕はため息交じりに、まあそうですよね、と答えた。

 

 

 会津田島からスキー場へ向かう国道289号を走っていた。僕は白くないここを走るのは初めてだった。国道の左右に広がる田んぼは、ふだんならこんもりと厚い雪に覆われ、田んぼであることなどわからないのが常だった。しかし今年はまったくなかった。少ないんじゃない、まったくないのだ。
 15分も走るとスキー場に着く。雪のない駐車場に車を止め、ゲレンデに出てみた。
 人工降雪機でつけたのか、周囲からゲレンデにかき集めたのか──。
 ここまでの道中や周囲のようすから考えると、驚くほど雪があった。もちろん地面を覆う程度の雪量しかないのだけど、それでもスキーを滑らせることはできる。

 

 僕らはリフトに乗った。線下には雪がないところも多くて、枯れ草が伸び放題伸びている。滑走斜面にだけ雪を集めているように見える。雪面に目を凝らすと、枯れ草が頭を出しているところもあった。
「まずまず善戦でしょう」とミッツがいう。
「確かに」と僕は答えた。
 リフトを降りて斜面のトップに立った。しっかり雪がある。
 ──やっぱり冬に雪国に来るのはいいな、雪の上に立つのはいいな。
 僕は雪の景色の中にいることにほんの幸せを感じた。スキー趣味云々に関係なく、僕は雪の風景が好きなんだと思う。

 

 斜面トップからは、車でも通ってきた会津田島への谷筋が一望できる。そこには川が流れ国道が走り、その周囲に集落があり田んぼがある。
 奥深い雪国である南会津地方は、いつもなら真っ白だ。東向き斜面から望む、那須へと続く奥羽山脈の南端が"雪国感"を強く助長するのだけど、今年はそれも白くない。
 今ここに、雪があるだけでもありがたいのかもしれない。

 

 じゃあ、滑りますか。

 

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