自転車旅CAFE

自転車を中心とした、旅のエッセイ

鵜の岬・花貫渓谷・五浦海岸(Sep-2018)

 茨城の海ってどんな海だろう。
 僕が知るのは、大洗、阿字ヶ浦。ずっとむかしに海水浴で行った場所。砂浜にだだっ広い太平洋、都心から近い海水浴場よりも断然すいているのだけど、華やかさは控えめでどことなしか寂しさがある。そういえば学生の頃、学校で知り合った女の子とドライブがてら海水浴に出かけたことがあった。帰りに通った筑波の北条あたりの町で、
「親戚がたくさん住んでいるの。寄って行こう」
 と彼女は思い出したように突然いい出し、僕は何事かもわからずにそのうちの一軒に上がり込んで、スイカだの玉子焼きだの出されて食べた記憶がある。あれはいったいなんだったのだろう。
 あと、ひたち海浜公園の海に面した丘陵からの海岸線。俯瞰するとにかく広い海と、伸び放題の草と砂浜。
 学生時代の友人で、自動車メーカーに勤めたやつがすぐに販売会社に出向、その勤務先が鹿島で、下津おりつという町に住んでいた。若かったからよく出かけて行っちゃ狭いワンルームアパートに泊まった。1キロも行くと下津海岸があり、人のいない砂浜に炭火焼きグリルを持っていってバーベキューをした。今思うと火器禁止の海水浴場だったかもしれない。ちょうどJリーグが開幕し、鹿島スタジアムができた年だった。
 そんなのが記憶、それらが僕の持つ茨城の海の印象。

 

 何週か前に引いたルートを手に、僕は常磐線を十王という駅で降りた。
 もちろん初めて降りる駅。ホームの下、半地下に改札口と自由通路があって、明るくて小洒落た作りだった。僕は取手駅でわざわざ途中下車して買ったときわ路パスを自動改札に通した。
 今日は茨城の最北、五浦いづら海岸を目指す。

 

(本日のルート)

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GPSログ

 

 

 駅から海に向かって走り出すとすぐに伊師浜いしはま海水浴場に出た。
 もうすっかり夏も過ぎて──ついこの前まで暑い暑いといっていたのに──、海水浴場は人のいない海岸線になっていた。海の家ももうない。狭い入り口からはわからないほど砂浜が長くて、シーズン中でもきっとプライベートビーチの感覚を味わえるな、と思った。
 海岸の突端に鵜の岬という岩の断崖があった。鵜の岬へ行くためには国民宿舎の入り口を通っていく必要があって、鵜の岬と称している場所一帯がそこの敷地なのかもしれない。
 国民宿舎っていうと、今や古びた施設が多く、学校かお役所みたいな武骨で無機質で飾り気のない建物で、わざわざ泊まりに行こうとは思わないようなところがあるけれど、ここは違った。駐車場には車がたくさん止められていた。宿舎の建物は明るいオレンジがかった色で、海に面した部屋とバルコニーがリゾートホテルのよう。いったい何階建てなのだろうと思うほど高層だった。そしてとにかく大きな施設だった。人気で予約を取るのも大変なのだそうだ。
 そのエントランスの車寄せの脇から、浜に向かう道があったので入ってみた。碁石ヶ浦という浜に出た。浜の続く先には鵜の岬が見えた。伊師浜の海岸は僕が持っていた茨城の海の印象に等しいけど、鵜の岬の珪藻質のような淡いベージュ色の岩質はこれまでにない印象だった。茨城にこういった景観もあるのかと思った。碁石ヶ浦には立ち入り禁止のロープが張られていて、誰もいない静かで狭い浜だった。岬と浜とが織りなす光景をしばらく眺めていた。
 伊師浜海水浴場と鵜の岬をあとにし、十王物産センターがあったので、なにか簡単な食べ物でも手に入るかと立ち寄ってみた。。鵜喜鵜喜うきうきという名前だった。そういえば鵜の岬国民宿舎がやっている日帰り入浴の施設は鵜来来うらら、読めない……。中途半端な語感と、それに対する無理やりな当て字で付けた名前は、僕は正直あまり好みじゃない。気のせいかもしれないけど、僕の住む埼玉県も含め、北関東のほうに多いような気がする。
 ひっきりなしに車が出入りする物産センターは、店内も多くの人でにぎわっていた。残念ながらサイクリング中の僕にとってこれといって欲しいと思うものはなく、なにも買わずに出てきた。

 

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 国道6号から分かれた国道461号に入った。この分岐箇所が国道461号のまさに終点だった。栃木県日光市を起点として海を目指してきた国道の終端である。これがあの日光北街道と同じ道なのか。道のカラーが違いすぎて、そうとはぱっとつながらない。
 常磐線を立体交差で越えたのち、すぐに高萩市に入り、市街地になった。郊外型スーパーやファミリーレストランが並んでいて、車が出たり入ったりした。
 国道461号はやがて山へと向かう。花貫川に沿って多賀山地へ入っていく。坂の道になり、少しずつ上り始めた頭上を常磐自動車道が横切った。茨城県北での常磐自動車道は鉄道や国道6号とは離れ、深い山のなかを通っている。
 それからほどなくして、大きなダムの姿が見えてきた。

 

 花貫ダムは坂を上り始めてわずか数キロ、海岸線からそう離れていない場所にあるので、「海が見えるダム」らしい。それを眺めることをちょっと期待していたのだけど、ダム築堤に入ることはできなかった。国道沿いにダム湖を望む駐車帯のような場所があって、止めてはみたものの、ダムの築堤をはさんだ向こう側の景色に海が見えているのかどうかわからなかった。湿度の高い一日で、景色全体が白くぼんやりとしていたから、小さく見えている景色が海なのか空なのか判然としなかった。

 

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 花貫渓谷は最近TVやメディアでも取り上げられてすっかり知名度が上がってきた。特に紅葉の名所として知られている。名馬里なめりが渕を過ぎると国道461号はバイパス化された新道を行くので、僕は旧道を選んだ。なるほど木々はモミジだ。葉が色づく季節は周辺が真っ赤に染まるのだろう。今はみどり。紅葉の名所と知りながら、人混みが得意じゃない僕はあえてそれを避けてこういう時季に訪れる。
 旧道は狭く、センターラインもない。通過する車もあまりないから、ゆっくり、静かに楽しめた。紅葉のシーズンになるとこうはいかないかな。この道に車があふれたらどうなるか、想像がつかない。
 左手にはずっと花貫川が流れている。昨日までの雨の影響なのか、それともいつもこんなものなのか、水は濁っていた。
 河岸に下りられるところがあったのでそこへ入ってみた。水辺近くまで下りてみると、上から人の声がする。汐見滝吊り橋という、花貫渓谷でも見どころのひとつの吊り橋だった。笑い声が響き、おそらく多くの人が渡っているんだろう。僕がいる河岸には誰もいない。
 自転車を置いて水辺まで下りてみた。水はやっぱり濁っていた。水量は少ないわけじゃないけど、圧倒される量でもない。水が澄み、紅葉が進めばきっときれいなのだろう。
 そうなのだろう──と思う。
 僕はどこかもやもやを感じていた。物足りない。
 何か期待感を抱いていたのだろうか。あるいは何度か計画を立てては流れて、やっと来られた花貫渓谷だったからか。
 こんなものか、と正直思う。
 下りてきた坂を上って旧道に戻った。吊り橋には行かなかった。
 水が濁っていたせいじゃない。
 僕にとってはどっちつかずで中途半端なのだろう。
 ここは秘境でもなく辺境でもない。むしろ市街地から10キロという距離は多くの渓谷よりも“都会派”だろう。人も車も多くはないけれど、いないというわけじゃない。むしろ道の狭さや車を止めて歩きまわる場所から見れば、けっこういるほうだと思う。そして肝心の渓谷も、ありきたりに映る。岩や崖が作り上げた渓谷美ということもない。川の流路が芸術的ということもない。紅葉すれば印象がまったく違うのかもしれないけれど、僕の琴線には触れなかった。
 少し上ると肉を焼くにおいがした。川に沿って何幕ものテントが張られていた。小滝沢キャンプ場という無料のキャンプ場で、渓谷沿いでキャンプができるならちらっとようすを見ておこうかと考えていた場所だった。土曜日の午前中、これだけの数のテントが張られているのは人気もあるんだろう。そして、ここもちょっと違うなと感じる。狭い河岸にこれだけいたら、静かにキャンプを楽しむっていう感じじゃない。

 

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 国道461号を離れ、広域農道を走った。
 萩ロード、という愛称があると帰ってから知ったのだけど、標識や看板類で見かける文字は「広域農道」だけだった。県北北東部広域農道という名すら書かれない。ただ単に広域農道とだけ、書かれている。わかりにくくないんだろうか。地域に他に広域農道がなければ間違えることもないんだろうけど。
 途中にあった花貫天水という湧き水でボトルを満たし、坂を上る。この道が楽しかった。白破線の中央線が美しく続き、ワインディグと直線がいい具合に組み合わさって現れる。あとで聞けば走り屋に有名な道だというが、たまたまなのか、さいわい乱暴な車やバイクに出合うこともなかった。
 これってもしかして萩の花なのかな──、植物草花にてんでうとい僕は、しかしながら花札の絵柄を連想させるその植物から、直感的に思った。猪や赤い短札が描かれているあれだ。
 アップダウンを繰り返しながら進む20キロの道。若栗トンネルを抜け、小山ダムを眺め、最後には海を望んだ。眺望は前触れもなく現れ、常磐線や国道6号の走る平野部とその向こうに続く太平洋を俯瞰した。方角から想像するに、磯原や中郷の方面だろうか。予想しなかった展望と、あまり見ない平野部と海の至近の俯瞰に、しばらく見入った。
 ないなあこういうところ、と思いながらも、どことなしにデジャヴのようなものを感じる。どこかで感じた光景だ。思い出したい。思い出せないだろうか。
 時計は昼をまわり、12時半を示していた。すいすい走れるなら大津港まで下り、そこで食事にしようかと思ったけど、思ったより時間を食っている。というより、はなから時間計算などしていないから、本来このくらいだったということか。途中で見つけられるなら食べたほうがよさそうだ。

 

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 広域農道は県道153号に出たところで終わった。
 萩ロードは正式な愛称なのだろうか。思い返すと全線にわたって萩の花が咲き乱れていた。交通量はきわめて少なかった。世は彼岸花が咲いた咲かないと話題だけど、萩の花には誰も興味がないのだろうか。僕は草花にうといから、どちらが良くてどちらが良くないということも全くわからないのだけど。

 

 華川町にある明泉屋という定食屋に立ち寄った。真っ赤なラーメンの暖簾に引き込まれて。
 ラーメンセット。半チャーハンがついた。ラーメンも、チャーハンも、びっくりするくらい美味い。周囲に飲食店などなく、たまたま見つけた一軒だけの定食屋。古いけどとてもきれいにしていて、テーブルや床が油でぬるつくこともない。ほかの客がカツカレーを頼んでいた。そのほかの客もまた。カツカレーが美味しいんだろうか。気になる。暖簾にはラーメンと書いてあっただけに。そして客は、満員ではないのだけど出ては入り出ては入り、途絶えることがなかった。食べ終えると満腹だった。スープまで全部飲んでしまった。
 出発。体が重くなってしまった。大津港を目指そう。

 

 そういえば、川ってこんな感じだった、田んぼってこんな感じだった。僕は思わず道を外れて写真を撮る。護岸工事されていないまっすぐな川、土手には雑草が伸び放題伸びていた。あぜ道のような小さな土手道を思わず歩いて行きたくなった。橋にはありきたりの白いガードレールが付いているけど、きっとかつてはなにも付いていなかっただろう。子供たちが通りかかり、気の弱い子が渡るのをためらう。ガキ大将が「なんだよ早く来いよ、怖いのかよぉ」と笑う。そういう橋だ。橋から見渡せば周囲には田んぼが広がっていた。もう刈り取り前に違いない。まさに田んぼは一面黄金色だった。春に水を張った田んぼは水鏡となり、植えられた稲は若草色に背丈を伸ばす。伸びるにしたがって緑は深みを増し、茂り、一律背丈のそろったそれは緑のじゅうたんと化す。やがて穂をつけ、小さな黄金色は重みを増すごとに大地を金に染める。まさに水田の最終形、実りを一面に見る。今、僕はそのなかにいた。

 

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 踏切に差し掛かった。常磐線の線路、踏切に「注意 高圧20000V」の表示。これを越えれば大津港だ。

 

 

 こんな海があるのか──。
 僕は残念ながら絵のことはまったくわからない。芸術を語るもおこがましく、岡倉天心なる人が、その経歴以外のことは何ひとつわからないのだけど、創作にあたり、思索にふけるための部屋として作った六角堂には強く惹かれていた。どういう場所で思いを巡らせ、無から有を生み出すのか、それは僕にだって強い興味だった。六角堂が国の登録文化財だろうが、津波で流されて再建したそれはもう文化財になりえなかろうが、僕には関係なかった。どういう場のどういう部屋なのかだけ、興味があった。
 岩礁や崖に激しく波が打ちつけていた。浸食で作られた奇形と何層にもおよぶ鮮明な地層が自然のダイナミズムを直接的に感じさせ、岩質によるのであろう白い岩肌が荒々しさを中和させているように映った。波が打ちつける音が聞いたこともないくらいの大きな音で耳に届いた。ドーンドーンと、低く体に入りこむような音だった。
 ガラスに囲まれた六角堂には入ることができない。僕は六角堂のかたわらに立ち、五浦海岸を眺めた。茨城の海の、まだ僕が知らなかった姿を、ひとつ知った。
 ここで思索にふけることができるのか、正直つながらなかった。自然に引きずられすぎるような気さえした。たとえば僕が物語を作るとき、ここで何をつかめるだろう。何を導き出せるだろう。技量も感性もまだまだ磨けていないのは承知している。にしても、かえって迷いを生んでしまうほどの海だ。
 海にはいろんな顔があるだろう。穏やかな日もあればもっと荒れた日もある。夜の暗闇もあれば嵐の闇もある。嵐が過ぎ去れば星空の海が深々と続くのだろう。やがて朝が来ればこの海から日が昇るのだろう。
 それはここに居ついてみなければわからないことだ。300円を払って眺めた瞬間の海だけじゃ答えはないんだろうって納得した。
 創作にたずさわる人の、思索の環境を訪ねたうえでの答えを求めるのはやめにした。僕の知らなかった茨城の海という風景を見て、記憶に切り取って持ち帰るだけにした。

 

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 五浦海岸から道なりに進むと、数キロで大津港駅に着いた。北茨城の旅はお終い。駅前の喫茶店に行こうか、ロータリーに面したセブンイレブンでコーヒーを買うか迷った。そこで駅に行き、次の列車の時間を見た。13分後──。あまりにぴったりなタイミングゆえ僕は後者を選んだ。自転車を解体して輪行袋にパックした。セブンイレブンに走りコーヒーとプリンを買った。輪行の準備は整った。大津港駅は自動改札じゃなかったので駅係員にときわ路パスを見せ、ホームへ向かった。大津港はときわ路パスの最北端駅。ちょっとだけ得した気分。水戸ゆきの列車に乗る。がらがらの車内には西日が差しこんでいた。座席に落ち着いて、熱いコーヒーの口を開けた。
 ──小豆島か。
 デジャヴの光景を思い出した。寒霞渓に向かう途中の小豆島スカイラインから見た内海湾、草壁港だ──。
 僕は満足してプリンを食べた。