自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

中川を走る

 朝のマクドナルド。ソーセージマフィン・コンビ。ドリンクはアイスコーヒー。神朝食。
 ソーセージマフィンの包み紙を、ふだんはしないのに几帳面に折りたたむ。アイスコーヒーを片手で飲みながら、スマートフォンで地図を見ていた。
 ──中川に沿って、宇和田公園へ。そして権現堂ごんげんどうまで行こうか。

 

 中川は埼玉県北部の羽生市みなもととし、埼玉県東部と東京都東部を経て東京湾に注ぐ。千葉県との県境にある江戸川に並行するように、しかしながら流れは独立している。葛飾区からは荒川に並行するものの、これとも流れが合わさることはない。
 関東平野をゆく大きな川のひとつだ。
 東京湾まで中川として流れる川だから、これが本流だと思っていたのだけど、じつは利根川水系だと知って驚いた。群馬埼玉から茨城千葉の県境を流れ、銚子で太平洋に出る大河川と何の関係があるのだろうと首をかしげたが、合流や分流する支流をすべてまとめてひとつの水系とする原則にもとづくとそうなるんだそうだ。利根川から分流する大河川・江戸川が東京湾に注いでいて、中川から分流した新中川放水路が、江戸川からさらに分流してきた旧江戸川に合流することから、もとを正して利根川水系なんだそうだ。まるで葬式の場で顔も名前も知らない叔父と称する遠い親せきに挨拶をしているような気分だ。

 

 中川は、越谷市に近い春日部市のあたりから、幸手市の宇和田公園にかけて、川沿いを走っていくことができる。ただ、その道は江戸川や荒川のようにサイクリングロードとして整備されたものじゃなくふつうの川沿いの道。車の通行が規制されているわけでもないから車だって走れる。でも道も細くて、すれ違いを考えるとせいぜい軽自動車だよなと思うし、そもそもくねくねと遠回りだから、ここを走る車はほとんどいない。
 すべて川沿いを走れるわけじゃなくて、周辺道路を通らなきゃならない場所もある。その場所も覚えてるし、その道も悪くない。
 僕は江戸川の河川敷を走るより、中川沿いをゆくほうが好きだ。

 

 朝7時。アイスコーヒーを飲み終えてマクドナルドを発った。

 

(本日のルート)

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GPSログ

 

 

 中川は、素朴だ。
 越谷市で他の大きな河川と合流し──古利根川、新方川、元荒川など──、それより下流は大河川の様相だけど、春日部市より上流はむかしながらのニッポン風景を際立たせている。その印象を強くしているのは、大半に護岸工事が入っていないからだ。土手は草木に覆われ、河川敷たるものはない。流路は蛇行している。他の流入河川からの排水溝がレンガ積みのトンネル形状だったりするのがあって、明治から戦前の構造物なのだろう。そんなものがいくつも見つけられる。見つけるといえば、道端でお地蔵さまや道祖神、石碑なんかを見つけることができる。歴史的遺構としてもてはやされてそこにあるわけじゃなく、ただ、いつからかそこにあるという感じ。そこに転がっていたという感じ。風化によって地蔵や道祖神の顔かたちはもろく崩れ、石碑の文字は読めないほど。側面に享保某年と彫られたものもあった。本物だとしたら三百年も前、吉宗暴れん坊将軍の時代だ。
 東武野田線(アーバンパークライン)や大幹線国道16号を立体交差で越えられるのもいい。それ以降は幹線道路も並行する路線が多く、交差する道が少ないので渡道で苦労することもない。
 この時期の見どころは周辺の水田だ。それはもう見事なほど。ここは関東平野のどまんなかなのだ。ちょっとの坂道さえない。このまっ平らな大地に規則正しく水田が並ぶ。気持ち良さそうに、稲を撫でる風が流れる。
 春に来たなら土手一帯の菜の花を目にすることになる。全体が黄色に染まったなかを走るのは圧倒される。秋口には彼岸花が咲く。晩秋になれば周辺の家々から伸びる柿の木があざやかな実をつける。路地に、まるで雑木のように立つ柿の木もあり、実がなっては同じように彩りを添える。冬になれば冬枯れらしい褐色に包まれる。
 ここはあらゆる季節、目に何かしらの四季を感じさせる場所だ。
 走っていると、古くてちいさな武骨な橋を目にする。欄干が石であったり細い鉄鋼の柵であったりする。支える橋脚もか細い鉄骨で危うささえ感じる。もろく崩れて流されそうな橋だ。でも今もここにある。何度も増水洪水に遭い、地震だって経験している。でもいまだに残っている。こんな橋がいくつかある。

 

 やがて幸手市の宇和田公園に着いた。中川の旅も終り。少し中川から離れ公園から工業団地のなかを経て、桜で有名な権現堂まで行こう。

 

 

 素朴な中川の見どころは、幸手市宇和田公園から春日部市までの中流域だ。
 それより下流越谷市内で大きな川を合流して大河川になってしまうし、宇和田公園より上流もまた大河川になってしまうからだ。宇和田公園近くにある中川上流排水機場から幸手放水路を経て江戸川に水を流している。そのために宇和田公園から下流域で、細々とした素朴な川の風景のなかをサイクリングできるのだ。

 

 結局中川沿いを走っているあいだ、一台の車もやってこなかった。一台の自転車ともすれ違わなかった。四季の彩りが豊かななか、なんてぜいたくなひとりの時間だろう。
 権現堂に向かうため、工業団地のなかの道を走った。ここでは早速ロードバイクとすれ違う。週末の早朝、工業団地のなかは車も来ないし、信号もない道が続く。スポーツライドにはうってつけなのだろう。そして彼らは江戸川に向かうのだろう。中川沿いに来る自転車はいない。
 権現堂に着いた。桜で有名なここは、桜だけじゃなく初夏のあじさい、秋の彼岸花でも名を馳せるようになった。そのたびにお祭りが催される。この中川堤を通れる期間はもはや希少だ。
 桜の木のトンネルを抜けると、もう日が高く昇っていた。早くも30度を超えてきたかもしれない。

 

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