自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

高所恐怖症

 高いところがどうしようもなく苦手だ。
 そういえば高所恐怖症って言葉は一般的なれど、その感覚ってみな一緒なんだろうか。
 僕の場合は全身がぞくぞくし、そして力が入らなくなる感覚だ。よくいう足がすくむっていうのも、この結果のひとつだと思う。痛いとかかゆいとか、苦いとか辛いとかはないのだけど、ひどいと気分が悪くなる。吐きそうになったことがあった。頭やお腹が痛いことはないのだけど、吐き戻しそう。そのときはつらかった。
 気分が悪くなることはごくまれだけど、力が入らず動けなくなるくらいはよくある。かなり敏感なようで、ちょっとでも高いとなれば、すぐだ。
 高所恐怖症と称する人たちはみなこの症状なのかな。

 

 自転車に乗っていると、これが出てしまうことがあるので、つらい。
 そのほとんどは橋だ。山の高いところまで上り、周囲が開けた絶景ポイントで、そこが切り立った斜面のうえであってもわりと大丈夫なよう。足もとが垂直に近い場所であっても、そこが地面であれば何とかなっている(もっともスキーをやった経験でいうと、斜度35度で斜面が垂直に見えるのだから、僕の垂直の感覚ってかなりの斜めであると思う)。やっぱり、橋だ。
 橋のなかでも圧倒的に怖いのがループ橋だ。
 たいていループ橋ってやつは絶景ポイントとして観光名所に挙げられてる。
 僕にしたら、なんでさって感じ……。つらいばかりでいいことがない。絶景なのかもしれないけれど、景色に目をやれない。
 ループ橋は特に下りで、そのときの車線がカープアウト側だとよりつらい。上りはスピードが遅いぶん、すぐ止まれるというのが安心感になっているのかな。カーブイン側は広く景色が開けないからってとこか。

 

 ループ橋といえば、有名なのは何といっても河津七滝かわづななだるループ橋だろう。中伊豆天城峠を越え、南伊豆は河津町に抜けようというときに駆け下りる。おそらく歴史も古く、昭和の時代からあるんだと思う。二回転もループするこの橋はまるでバネ・・みたいだ。
 僕が天城峠を越えてきたとき、今思えば強烈な恐怖に見舞われずに走ることができたのは、車で通ったことがあったせいか、それともこの二回転もする構造ゆえ柱が多く、視界を遮ってくれたからか。──後者かな、車での実感って自転車とまったく違うから。

 

 もしかしたら、いやきっと河津七滝ループ橋も怖かったのだと思う。しかしながら、今思えば、と書いたのは、そのあとにとんでもないやつが現れたからだ。

 

 秩父ループ橋。その名を「雷電廿六木橋らいでんとどろきばし」という(読めないよ……)。
 その日、志賀坂峠から八丁峠のサイクリングを楽しんだ僕は、充実感たっぷり胸にかかえ帰路についた。国道140号をゆったりと下りながら、どこかの駅から秩父鉄道輪行しようと思った。合流した国道140号は、道がずいぶん新しいな、と思った。そのとき僕は道が付け替わったことを知らなかった。栃本集落を行く秩父往還、古くさくて趣深くて、車にとっては走りにくいだろうなと思わせる、そんな国道140号しか知らなかった。
 だからループ橋は突然現れた。
 何の前置きもなく。僕にとっては何の心の準備もなく。
 道路が橋にかかると、僕は空中に放り出されたような気分になった。
 数秒遅れて全身に襲いかかってきた微電流。力がまったく入らなくなり、恐怖に震えあがった。僕はあわててブレーキをかけ、たまたま交通のなかった橋の上で、止まった。
 下りられないかもしれない、とさえ思った。
 結局僕は、他の交通がなかったのをいいことに、オレンジ色の中央線上をそろりそろりと走った。あのとき車が来ていたら、僕には何ができただろう。
 その日僕は走り続ける気力を失い、いちばん近い三峰口駅から秩父鉄道に乗った。秩父鉄道の三峰口から羽生に至る全線を乗ったのも初めてだった。
 僕はあの道を二度と走れないような気がする。中津川、八丁峠方面から国道140号に出たなら、まわり道をして長いトンネルをいくつも抜け、旧道栃本集落をまわってくるほかない。

 

 それからというもの、大規模な橋が経路上にあると不安に駆られる。
 この前の国道411号青梅街道もそうだ。柳沢峠を越えて塩山に下る途中、大がかりな橋がいくつもある。まあここは何度か走っているし(新しい橋にどんどん付け替わっていってるんだけど……)、今回も何とかなった。

 

 もうひとつ、むかしっから怖くてもう二度と渡れない橋がある。
 利根川の埼玉県と群馬県との境にかかる武蔵大橋、通称利根大堰とねおおぜきだ。
 ここは車道に路肩スペースがまったくないうえ、車線も狭い。そこで僕は歩道で渡ったのだ。
 これが怖かった。道幅はきわめて狭いものの、人がすれ違える幅はじゅうぶんにある。自転車だってすれ違えると思う。
 恐怖で身がこわばり、そしてまっすぐ走ろうとすればするほど、外の欄干に寄って行ってしまう。行ってはいけない、落ちることはないにしたって行けば恐怖が累乗するってわかっているのに寄って行ってしまう。
 とってもおそろしい橋だ。
 見沼代用水、緑のヘルシーロードの終点にある橋なので、ぜひ皆さん渡ってみてください。
 ちなみに今は、5キロ遠まわりしても、赤岩渡船に乗ることにしている。

 

 

 たとえばしまなみ海道なんて僕に渡れるのだろうか。
 レインボーブリッジを歩いて渡ったことがあるけれど、それは平気だった。でも徒歩と自転車とじゃまた違うし……。
 高所恐怖症で知れた火野正平氏は結局渡らず、船で渡っていたなあ。そういえば氏は角島大橋もバスで輪行してたっけ。
 角島大橋も無理かなあ。

 

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