買い増したものリスト
この夏の東北旅。
旅は三日目、日本海沿い国道101号線を北上した日。
早いうちからチェーンがきしみ始めていた。ペダリングに合わせて乾いた金属のこすれ音がする。
僕はドライ系の潤滑油を使っているのだけど、それがこの日にして乾いてしまったみたいだ。
ふだんからドライ系を使っているのは、チェーンやスプロケットが黒くなってしまうのが嫌で、面倒くさがりの性格ゆえ掃除だってそうそうしたくないから。理由がじつにネガティブである。
一日目、二日目なんてほとんど乗っていなくて、3、40キロずつくらい。家で準備をしたときに、気持ち多めに吹いた潤滑油だったけど持たなかった。
潤滑油が切れてしまうのは、まず距離。走れば走ったぶん、つまりチェーンを駆動させたぶん、乾いてしまう。
気候・天気によっても潤滑の維持というか乾きが異なる。風が強い日は早く乾いてしまう。それと湿度も影響するんじゃないかなあ。冬の風の強い日なんて顕著で、一日でその日帰ってくる頃にはきしみ始めているときがある。
雨もだめだ。チェーンが含んでる潤滑油をどんどん流し出してしまうようだ。
先週末、栃木の友人Yさんと走ったとき、この話題になった。Yさんもドライ系を使うようになってから、なんと潤滑油を携行しているのだそうだ。宿泊ツーリングをしない人なのだけど、一日の走行距離が僕の数倍になる。たいてい二百キロは走り、時間に余裕のある日なら三百キロ以上走って帰ってくる人だ。それだけ走ると一日行程であっても潤滑油は切れてしまうのか……。
東北旅に戻ろう。
三日目を終えるころ、翌日も走ることに決めた。怪しかった天気がどうやら持ちこたえそうだったから、行程を延長した。しかしながらこのままではチェーンがまずい。午前中からきしんでいたチェーンはもはや明らかな金属同士の接触音をガチャガチャと発していた。五所川原の町に入ったとき、まず自転車屋を探そうと思った。かつて6年前に寄った自転車屋を(6年前の青森旅で、出発そうそう輪行袋を落とした僕は、五所川原の町で自転車屋に立ち寄って輪行袋をいただきたいと頼んだのだった、なかったけど)。事情を話し、潤滑油をさっと吹いてもらおうと考えた。そうすれば一日持つだろうと。
しかし記憶なんて曖昧どころか、当てにもならないもので、結局見つけられずに終わってしまった。お盆週間でお店を休んでいたかもしれないし、17時もまわっていたので店をもう閉めていたのかもしれない。きっとシャッターの閉じた店を見つけられなかったのだと思うけど、でもどちらかというと、僕の記憶力と探査力の低さゆえ見つけられなかっただけの気がする。場所ひとつ、筋ひとつ覚えていないのだから。
僕は国道沿いにダイソーがあることを知った。
もう潤滑油自体を買ってしまえ、と思った。百均なら逆に少量で小ぶりなものが手に入るかもしれない。
そして、うまい具合にそれを手に入れた。
◆
買い増しは、想定外の荷物の増加を生む。
今回は手のひらサイズのエアゾールタイプを見つけることができた(店員さんが探してくれた)から、最小限の増加といっていいと思うけど、何にせよこういったものの積み重ねが大きくなる。
たとえば補給用の食べもの。
三つ四つ持ってきたタブレットのたぐいや、一本だけ持ってきた魚肉ソーセージ(こんなの持っていく人そうはいないよなあ)、それがなくなって買い増しをすれば、個装単位じゃなく袋単位パック単位になってしまう。当面必要なぶんは手もとのバッグに入れたりポケットに入れたりするけど、それ以上の残りは捨てるわけにもいかず、開いた袋をくるくると丸めて、大型サドルバッグに放り込むのだ。
乾電池。
僕はあえて買い増しができるようにと、ガーミンもライトも乾電池を使うものを選んでいる。でも宿泊の場合、充電器も持ってくるわけで、なかなかの総重量になる。充電タイミングを誤れば、走行中に電池が切れてしまうことはあるわけで、どうしようもなくなれば買い増す。これもまた荷物増、重量増だ。
僕は旅の途中、帰ったら「買い増したものリスト」を作ろうと思った。今回、潤滑油は本当にありがたいことに手のひらサイズの少量のものが手に入ったけど、なければホームセンターあたりででっかいやつを買わなきゃならなかった。もしそんなのを持って走らなきゃならないなんてなったら、非現実、いや悪夢。だから今回、買い増したものを帰って見なおし、買い増さなきゃならないのか、事前に荷物に入れるか、あるいは代替案があるのかという検討をしようと思ったのだ。潤滑油でいえば、今回買った小さな潤滑油を持ち歩くか、あるいは連泊行程の場合は家で注油していく潤滑油をウェット系にするか、という検討と判断だ。
しかし僕は馬鹿だ。
帰ったら買い増しリストが作れなくなっていた。
覚えていたのは潤滑油だけ。それ以外に買い増したものを思い出せないのだ。買い増したものはあった。確かになにかあったのに。メモひとつ残していない。
潤滑油、とだけ書いたリストをそのままくず入れに入れた。
次回に、まったく生かせなかった。