自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

2018夏・東北/Day3五所川原-八戸#2(Aug-2018)

Day3#1からつづく

 

(本日のマップ)

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GPSログ

 

 十和田湖畔、子ノ口ねのくちでの自動車の台数、人の多さにはびっくりした。
 少なくとも僕がたどってきた、滝ノ沢峠から御鼻部山おはなべや展望台経由の国道102号は、車もオートバイもいるけれどぱらぱらと、まあこんな程度かなと思うほどだった。やはり大半は奥入瀬渓谷から上がってここへ来るのか。あるいは南岸、発荷はっか峠を越えて入ってくるのか。
 ここには遊覧船乗り場があり、何軒かの土産物屋兼食堂がある。湖岸のそれらの駐車場はほとんど埋まっていて、観光客がたくさん歩いていた。
 ただ駐車場がいっぱいとはいっても、ぎりぎりいっぱいくらいの程度で、ここを上手いこと、土産物屋のオヤジたちが通りかかる車を一台の空きスペースに誘導するのだ。ホイホイと。
 僕はそのようすをソフトクリームを食べながら眺めていた。
 駐車場が、どんな割り当てになっているのかよくわからない。遊覧船に乗る人もこの一帯のどこかに止めるだろうし、土産物屋が持っている区画もあるかもしれない。駐車場は無料と称しながら、土産物屋でなにかを買うか食堂で食べるか、そういう人の心につけ込んだ前提つきの無料駐車場だったら嫌だ。呼び込まれて案内されるがまま車を止めてみたら、そんな不文律があるわけだ。やれやれ。
 まあこれも「昭和」の流れなんだろうなあ。最近の観光地は大きな共同の有料駐車場ができているところもあるし、それがあれば有料なれど、いらぬしがらみはないし。駐車場呼び込みが残っているところって、昭和のままなんだなあと思う。
 昭和もいろいろだ。いいものもあれば悪いものもある。観光地での駐車場呼び込みは、僕は大嫌いなもののひとつ。

 

 しかしこの子ノ口での人の量、車の数がなんらびっくりするほどじゃないとは思いもしなかった。

 

 僕はソフトクリームを食べ、缶コーヒーを飲んだ。もうお昼もまわっていたけど、あえて食事をせずにいた。
 今日の目的が、三沢駅の駅そばにあるから。
 そこまで何とか食べずに、補給だけでつないでいきたいと思ってた。
 ただ、補給といっても大したものは持っていなくて、小ぶりのボトルに入っているはちみつと、塩分チャージのタブレット、ぬれ煎。それらも、今日の休み休みのここまでの行程で、ほとんど摂り尽くしてしまってる。はちみつはあとふたプッシュぶんくらい、塩タブレットはあとひとつ。ぬれ煎はもともと一枚。ぬれ煎はなかなかいい。甘い味のついた補給食が多いなか、味に飽きてしまったときにも食べられるし、米ものなのでお腹にたまる。ふつうの煎餅のようにバキバキに割れて果ては粉々になるってこともなく、原形をとどめている。
 さて、これらだけで三沢まで持つか。
 まあ何とかなるんじゃね、と思う。ここからは下りと平坦だろうし、十和田市の中心まで行けばコンビニだって出てくるはず。
 ソフトクリームも今食べたし。
 出発することにした。

 

 

 道はここまでと同様、国道102号。この道と十和田市中心部まで一緒に行く。
 子ノ口の交差点で湖岸を離れる。この道はこれから奥入瀬渓流に沿って山を下っていくのだ。どこか一度くらい足を止めて、渓谷沿いに下りてみようか。そう思って交差点の進路を左に取った。

 

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 国道102号はすぐに、広葉樹の森に入った。ここまで来たときと同じ、東北北部を感じさせる森だ。
 しかしその先すぐに、奥入瀬渓谷とはこういう場所なのかと、壮絶に驚く。
 まず交通量。自家用車、観光バス。そこに交じって路線バスやオートバイ。自転車もいる。自転車は僕らのようなスポーツタイプだけじゃない。ママチャリがとても多い。そこかしこレンタサイクルがあるみたいだ。基本坂の道だけど大丈夫なんだろうか。電動アシストがついているのかな。いや、ついていない自転車も見える。
 これら雑多な交通量が渋滞を引き起こす。そして渋滞の原因は交通集中による混雑だけじゃなかった。奥入瀬渓谷に下りるために車を止めるには、路上駐車しかない・・・・・・・・ことによる。
 だから路肩にはほぼ車が止っている。両側ともだ。有名な渓谷や滝など、人気のある場所などすき間なくびっしりと。そこへ、走ってきた車も止めたいものだから車を寄せるのだけど、前後詰まっていて寄せきれない。後続車や対向車はさらに詰まって行列を作る。
 奥入瀬渓谷に下りられる場所も限られているから、車を止めた観光客は国道を歩く。もちろん歩道があるわけなどなく、路肩を歩く。路肩に止めたい車、路肩を歩く人、避けて膨らむ車とそれで動けなくなる対向車、無理やり膨らんで抜こうとする車が抜き切れないと、対向車とロックを起こす。ロックを起こした車に双方向の後続車がついて止ってしまうものだから、デッドロックになる。
 混乱状態だった。
 ──奥入瀬ってこんな場所だった?

 

 そうなのかもしれない。
 ユネスコ世界自然遺産か──。

 

 焼山までの奥入瀬渓谷のあいだ、結局僕は一度も止まらず一枚も写真を撮らなかった。下り基調で、交通量が多かったっていうのも理由だけど、もういいやっていう気分であったのも間違いない。
 黒石からの上ってくる道、浅瀬石あせいし川の渓谷でいいと思う。いや、浅瀬石川がむしろ良かった。それを思い出すと、どのアングルを取っても人や車が写り込んでしまうここでの写真はいらなかった。止って見て歩くほどじゃないと思った。
 ユネスコ世界自然遺産、お終い。三沢へ向かおう。

 

 

 景色が妙に明るく思えた。
 少しだけ下り基調の、ほぼ平坦路を走っていた。周囲は広い田園風景で、稲が力強く伸びていた。
 これが津軽三八上北さんぱちかみきたとの違いだろうか。
 僕は要領を得なかった。だって津軽にも水田を中心とした田園風景が広がる景色はたくさんあったわけだから。
 でも、明るい場所にやってきた、そんな気になった。

 

 明るさはやがて、にぎやかさに変わった。
 十和田市の中心街が近づいてきている。
 住宅が増え、工場が増え、商店が増えた。ガソリンスタンド、スーパー、コンビニも現れた。当たり前に思えるものが、街に入ってきたんだと感じさせた。
 この中心街で、今日一日走ってきた国道102号は終る。ここから県道で三沢を目指す。
 その前に、立ち寄っておこうと思った場所があった。あえて立ち寄らなくても、ルート上自然と通るかもしれない。
 十和田観光電鉄、通称十鉄とおてつの終着駅、十和田市駅跡だ。
 この先、十鉄三沢駅を目指しているのだから、見ていこうと思った。
 何もなかった。
 いや、あったというべきかもしれない。残っていたと。
 都市部で鉄道廃線があれば、そんな土地はすぐに整理させ、規則正しく分割され、建物に変わってしまう。線路の配線などおかまいなしに、碁盤の目やあみだくじのように道が敷かれ、原形などあとかたもなくなってしまう。
 しかしながら、十和田市駅は空き地だった。
 雑草の伸びる原っぱだった。
 川沿いの狭いスペースに、どことなく配線のようすが思い描けた。電車が、ここが終点とゆっくり入ってくる、駅のあったようすを。

 

 三沢駅までの県道は、ほぼかつての十鉄に沿った経路を行く。
 ここを走れば、ちょっとした十鉄電車ごっこができる。
 三沢ゆき、出発進行。

 

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 取ってつけた今日一日の追加日程は、インプットしておくべき事前情報が少なすぎた。そのひとつが、「何のへ」の位置関係を把握しておくことだ。岩手県北部からこの三八上北にかけて一戸から九戸と点在する。県をまたいではいるが、かつては南部藩の地。南から北に向かって一から九と並んでいるわけでもなく、隣り合っているわけでもない。順序性もなければ場所が飛び飛びであるのもふつうだ。
 僕は走る県道が六戸町に入ったのを知った。
 同時に、左手に何度も出たのが七戸の地名だ。そしてまっすぐ北東へ行けば三沢に向かう県道から見て、今日の宿泊地の八戸は南、つまり右手にある。これらの位置関係が良くわかっていないから、地名が出てくるたびに混乱する。何のへがどこにあるかとわかっていれば、それらが目に入っただけで位置関係にもっと鋭敏に反応できるのに、と悔しく思った。

 

 ともすれば行き過ぎてしまいそうだった。まず、三沢駅の至近まで三沢市じゃなく六戸町だったこと、駅前がただの交差点で、猫の額ほどだったこと。交差点の信号が赤で、立ち止まらなければきっと、行き過ぎて青い森鉄道の駅前で気づいたんだろう。かつてJR東北本線だっただけあって、きちんとしたロータリーになっている。それに比べて十鉄の三沢駅は、道端のモルタル建てだった。駅前バス停は道路っ端で、バス停の前に正面入り口があった。扉が半分だけ開いており、そこから薄暗い中へ入ってみた。
 さらに中に木の引き戸があり、部屋になっていた。開いた引き戸には「うどんそば」の暖簾のれんがかかっていた。
 15時過ぎ、ふつうに考えてアイドルタイムだろう。とはいえ誰もいないということはなく、カップルがひと組と男性のひとり客がいた。カウンターの向こうではおばさんがひとりで切り盛りしている。オーケー、ここまで食べずに空腹を維持させてきたんだ。食べようじゃないか。
 まず食券を買うシステムのようだ。
スペシャルって、なんですか?」
 僕は券売機ですぐに目についたメニューを聞いた。
「天ぷらと、山菜と、たまごね」
 なるほど。それでいこう。

 

 大満足でつゆまで飲み干した。暑さゆえ、冷たいそばにしようと思ったけど、これでよかった。正解だった。
 つゆを飲み、水を飲むと、目の前のテレビに映し出されている高校野球を眺めるくらいしかすることがなくなった。客足がしばらく続いた。とはいえずらりと並んだ長いカウンター席はじゅうぶんに客を受け入れることができた。
 ゆく夏を惜しむように、閉めるこの店を惜しむ。
 聞くところによれば、再開発後、ここにできる商業施設の中に、この駅そば屋も入るらしい。もう駅舎じゃなくなるから、駅そばというのが果たしていいのかわからないけど。
 外で、何度も何度も切られる一眼レフのシャッターの音が聞こえる。惜しむ人は大勢いる。地元以外の人が相当多いに違いない。訪れてきてそばを食い、写真を撮り、そうやってみな同じように惜しむ気持ちを形にしていく。おばちゃんはここでそばを茹で、そういう光景をたくさん見、自身も惜しみながらここを閉めるのだろう。

 

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 結局、三沢から八戸へ、そのまま自転車を走らせた。あすは一日輪行で帰途に着く。僕の夏の旅も終わる。