自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

2018夏・東北/Day2東能代-五所川原#1(Aug-2018)

Day1からつづく

 

 秋田のホテルで朝食を食べていた。朝いちばん6時30分からの食事。今日はまず東能代まで輪行で移動する。7時28分発弘前ゆき。食事を終えて、ほとんどは済んでいるけれど最後の荷物をまとめ、チェックアウトし駅まで行く。そう時間に余裕があるわけじゃない。
 自転車は、輪行袋に入れた状態で部屋に置かせてもらった。
 駅までそんなに遠くない。しかしながら近いわけでもない。5分以上はかかる。ホームまでなら10分はかかる。昨夜は秋田駅までの輪行のまま、降りてホテルまで担いで運んだ。ふだんと違い旅の荷物が重いこともあって想像したよりもつらかった。この距離を輪行状態で歩いたことも今までほとんどなかったし、おかげで肩が痛かった。
 今朝はどうするか。といっても自転車で走って駅のコンコースの階段までせいぜい1分。そのためにホテルの前で輪行の荷解きをして組み立て、1分走って、駅でまたバラして輪行パックするというのもなかなか現実的じゃない。1分の前後に10分ずつがつく。それを思って、肩は昨日のまま痛いけど、駅まで担いで歩くことにした。

 

 チェックアウト、7時2分前。駅コンコース7時08分。きっぷ売り場で東能代までの乗車券を買った。今日は18きっぷは使わない。秋田から東能代だったらふつうに乗車券を買ったほうが安いから。秋田駅とその近郊では、スイカは使えなかった。

 

 秋田駅のホームは華やかだった。赤い新幹線こまちや、701系が勢ぞろいしていた。羽越本線の電車、奥羽本線の下り。奥羽本線の下りは追分ゆきがすぐに出ていった。方向は同じだけど東能代まで行ってくれないので僕は見送った。追分ゆきが出ると向こうのホームで男鹿線気動車がアイドリングしながら待機しているのが見えた。
 ホームでは追分ゆきを見送って弘前ゆきに乗る乗客たちがゆるやかに列を作っていた。僕もなんとなく後ろにつく。お盆週間とはいえ平日なので、スーツを着たビジネスマンもいた。帰省の途中か、旅行の途中か、キャスター付きバッグを転がしてる人も多い。そんな雑多なホームに、静かにゆっくりと、弘前ゆきの4両編成が入ってきた。

 

 秋田から40分ばかり、東能代五能線への乗り継ぎ駅だからもう少し人も降りるかなと思ったけど、ぱらぱらと数えるほどだった。もっとも五能線への乗り継ぎ列車は1時間以上ないから、乗り継ぎのためにこの時間に来る人はいないんだろう。1時間余りのちだって観光列車のリゾートしらかみだし、生活列車たる普通列車に乗ろうと思うと10時59分で、3時間弱待たされることになる。
 改札を出た降車客は、迎えの車に乗ったり、タクシーに乗ったりして早々にいなくなった。駅前に残っているのは、客待ちの続きをする退屈そうなタクシーと、自転車を組み上げる僕だけだった。

 

 自転車を組み上げた。
 今日はJR五能線にも沿う、日本海沿いの国道101号線を旅する。

 

(本日のマップ)

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GPSログ

 

 

 何の飾りもない官舎のような、コンクリートの四角い平屋造りの東能代駅を発った。駅の南側をまわって、能代へ向かう。まず奥羽本線の踏切を渡り、それから大きなカーブで奥羽本線から離れていく五能線の踏切を渡った。
 すぐに能代の中心街に入った。市内は県道205号で線路に沿って北上する。能代の駅前を通過した。同じように平屋造り、こちらは木造のようだった。そのまま米代川を渡る。その先で大きなスーパー、マックスバリュが現れた。まだ8時半を過ぎた時点ながら、駐車場にはたくさんの車が入っていた。駅前の商店はまだ開いていないのか、それとももう商売そのものをやっていないのか、シャッターが下りた店ばかりだったけど。
 このマックスバリュの先で、県道はそのまま国道101号に合流した。

 

 国道101号は、青森県青森市から秋田県秋田市を結ぶ道である。同じ区間に国道7号があり、こちらは内陸を経由する。ちょうど国道7号が奥羽本線沿いを、国道101号が五能線沿いを走る恰好になっている。したがって国道101号は日本海岸をひた走る道だ。
 この道に来たかった。
 同じ風景を、五能線に乗ることでほぼ楽しめる。でも僕は自転車で走りたかった。国道101号を自転車で。満を持して能代へやってきた。
 起点終点とは逆に、秋田県から青森県へと走る。道の左側、海岸線に近いほうを走れるからね。

 

 国道101号はいきなりらしい・・・風景を見せてくれた。しばらくは海岸線に出ないのだけど、緑のゆるやかな丘陵部に、アスファルトと、白く鮮やかなセンターラインがまっすぐに続いている。風が強い土地なんだろう、道路脇には防風板が長い距離にわたって続き、丘の上には風力発電の風車が立ち並んで、回っていた。
 大地を貫く道路の美しさに、見惚れながら走った。

  

 道は八峰はっぽう町に入った。
 手もとのガーミンの地図を見る限り、五能線はすぐ脇を走っているはずだ。非電化路線で架線や架線柱がないため、線路の位置はよくわからない。踏切が鳴ることも列車の通過音が聞こえてくることもない。旅番組なんかじゃ名前をよく聞くし、観光列車リゾートしらかみだって好調らしいけど、実態は運転本数のきわめて少ない、超閑散路線なのだと実感した。
 ほんの少し坂を上り、鹿の浦展望台という高台兼駐車場に出た。そしてここでいよいよ、国道101号線は日本海の海岸線へと出た。
 日本海岸を南北にわたって広く見渡せる場所ながら、訪れている人はほとんどいなかった。車が幾台か止っていたけど、日本海を望むあずま屋には誰ひとりいなかった。南には港が、北には入り組んだ海岸線が見えた。そこを走っていく国道101号が見えた。
 また、走る。

 

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 今回、国道101号の旅としながらも、バイパス化されたところなら旧道を、海岸線に下りられる道があればそこも、走って行こうと思っていた。
 そこで八森の町では海岸線に沿って分岐する県道154号を選んだ。高いところを走っていた国道から海岸へと下った。岩礁が入り組む海岸線まで下ると、今度は町へ入った。しっかり生活感のある町だった。家々が周囲に並び、右手には八森駅があった。郵便局があり銀行があった。商店があり食堂があり精肉店があった。が、いずれもシャッターが閉まっていた。時間が早かったせいかもしれない。そうやって八森の生活のなかを県道が抜けていく。
 県道も外れ、海岸線の地元みちを走ってみたりもした。やがて国道101号がせまるように近づいてきて、吸収された。

 

 海岸線を行く国道101号は、細かな起伏を繰り返した。もっとも伊豆のような百メートル単位の高低差でもなく、勾配もきつくはないから負担はさほど大きくないけれど。
 ある坂の頂点で、路肩にパラソルを立てイスを置き、そこに座ったおばあちゃんがアイスキャンデーを売っていた。それが目に入ってから僕が坂を上り切り通過するまでの1分余りのあいだ、一台の車も止まらなかった。いったい一日にどれだけ売上があるんだろう。
 岩館の駅を過ぎるといよいよ県境が近い。国道101号が大間越おおまごし街道と呼ばれるように、この大間越青森県に入る。
 その前に道の駅はちもりがあったので立ち寄った。お殿水とのみずなる湧き水があるらしい。どんな水か、見に行ってみようと自転車をその場に止めた。
「飲んでみた?」
 と、ザックに両手ストック、帽子をかぶって首にタオルを巻いた小柄なおっちゃんが声をかけてきた。汗をびっしょりかいていた。
「これからです」
 と僕は答えた。「水筒に入れていこうかなと」
「助かるよなあ。こういうところで冷たい水が手に入るのは」
 おっちゃんは笑った。日焼けしているから歯がやたら白く見えた。僕は自転車からボトルを抜き、その水が湧く場所に行ってみた。
 お殿水は、朽ちかけた細い竹のような筒から、さらに細い水流でちょろちょろと流れ出ていた。それが二本。そのうちの一本にボトルを差し出し、なかにこの水を満たした。ボトル越しに、水の冷たさが伝わってきた。確かにうれしい。おっちゃんのいうとおりだ。
 それとは別に、自販機でよく冷えた缶コーヒーを買って飲んだ。飲むと、汗が急に噴き出したような気がした。
 出発しようとしたが、缶を捨てる場所がなかった。自販機の脇に良くあるポリの丸い穴のあいた空き缶入れはなかった。困った。その自販機を置いている食堂に入って、「あのう、そこで買った飲みものの空き缶は……」とおそるおそる聞くと「そこに捨てといて」といわれた。指で示す先を見ると、レジの横にビニール袋をかぶせた一斗缶のようなものがあり、これだろうと礼をいって捨てさせてもらった。
 道の駅を出てしばらく行くと、国道の右側をさっきのおっちゃんが歩いていた。両手のストックをしっかり使い、一歩々々歩いていた。僕は道路の左端から手を振り大声で、
「頑張ってくださ~い」
 と声をかけた。おっちゃんは気づき、
「おおーっ」
 と手を振り返した。「気ぃつけてなあ」
「ありがとうございま~す。お互いに」
 と僕はいった。下り坂に変わりペダルを止めた僕の自転車のミラーに、下りでも一歩ずつしっかり歩くおっちゃんの姿が力強く映った。
 それから何度かの上り下りの勾配を繰り返すうち、「青森県」「深浦町」と書かれた看板が現れた。

 

 道路も鉄道も、いよいよ海岸線に寄り添ってきた。海が、海面がまぢかにせまった。このなんでもない風景に僕は足を止めた。そこで自転車を止めた。国道の交通が切れるタイミングをはかって、道路の反対側に渡った。その路肩に座り、道と線路と風景と自転車を眺めていた。西風が吹いて、草を揺らしている。列車などくる気配もない。ああ、ここで列車が来て写真に収められたらいいな、と思う。しかしすぐに、列車が来なくてもいいなと思った。僕はカメラを構えて何度かシャッターを切った。なんでこの構図に列車が入っていなくてもいいやって思ったかわからなかった。でも列車が来ない静かな景色が、むしろ心地よかった。カメラをしまってもまだしばらく見ていた。行かなくちゃ、と思う。まだ先が長い。行かなきゃ、と口に出す。次の車が切れたタイミングで、と思う。しかし反対車線の路肩で僕は何度も、車の切れたタイミングを見送っていた。

 

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Day2#2へつづく