自転車旅CAFE

自転車を中心とした、旅のエッセイ

西伊豆・白びわ狩り - その1(Jun-2018)

その0からつづく

 

 伊豆急でも1、2を争う秘境駅で降りた。稲梓駅
 でもなんだか今日はさわやか過ぎる。
 この駅は夏のじりじりした暑さと内陸のむっとするような湿度に包まれているのがふさわしい。そこに列車が来ない限り人工的な音はない。遠く近くで好き勝手に聞こえる夏の鳥の声。それから耳を覆うほどの蝉の鳴き声。ニイニイ、ミーンミンミン、ジイイイイィィィ、夕刻ならそれらに交じってかなかなかなかな。じっとしていてもジワリと出る汗。駅舎にいようがホームのベンチにいようが、ここはそういう場所であるべし。
 そんな駅だ。そんな印象だ。
 ──もちろんこれはまったくの個人的印象、自身によるすり込み。
 そういうけれど、僕はこの駅を何度も利用しているものの、夏のさなかっておそらく一度しかない。自分自身で勝手に作り上げ、すり込まれた印象の強烈さに驚く。
 そして今日はそんなことない。気温は上がりそうだけどきわめてさわやかな空気である。

 

 駅舎の前は猫の額ほどの空き地。ここで自転車を組む。
 車が入ってくることはない。なぜならこの先に急な石の階段が待ちうけているから。車、自転車、もちろん車いすもここまで上がってくることはできない。アンチ・バリアフリー
 ここで自転車を組んでいると、まるでどこかの田舎のうちの庭で作業をさせてもらっているような気分になる。雑草が伸び放題ってほどじゃないのは、整備の人の手が入っているんだろうか。
 自転車が組み上がったら、御苦労さんだねぇはいどうぞと麦茶でも出てきそうな雰囲気だけど、もちろんそんなことは微塵もない。田舎のうちじゃない、無人駅なのだから。窓もドアも閉じるものはすべて閉ざされている。

 

 急な石の階段を、自転車を担いでゆっくり下りた。続いてかずみっくす、ミコシバさん、もるさんの順に下りてくる。上で、スーパービュー踊り子がゆっくり通過していった。
 階段を下りた道から、はるか高みに伊豆急のガーダー橋を望んだ。古びてもとの色もわからない橋脚の脇を抜け、国道414号に出る。出発。バサラ峠を越え松崎、そこから西伊豆海岸線を北上して堂ヶ島、宇久須、そして今日の目的、白びわ狩りの恋人岬へ向かう。それではいざ。

 

(本日のマップ)

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GPSログ

 

 

 初めから、ゆるゆると上っていく。天城峠のある中伊豆へそのまま北上していく国道414号から県道15号に分かれ、こちらは西へ向かいバサラ峠を越えて松崎へ出る。交通量は多くなかった。大型車も走っているけど、さほど気にならなかった。やがて勾配も険しくなったところでバサラ峠に到着した。
 峠らしさはなにもない。峠越えはすぐ先のトンネルだし、峠だとわかるのは東海バスの「バサラ峠」バス停だけだ。あるいはトンネルではなくきちんと山越えをすればそこにバサラ峠を示すものがあるのかもしれない。
 バス停脇にマンダラというレストランがある。バサラにマンダラ……梵語だ。ボンゴ峠。
 かずみっくすがバス停から少し入ったところに湧き水を見つけた。どうやら飲めるらしい。口に含んでみた。冷たくておいしい。これまで何度も上ってきた場所だけど、この湧き水には気づかなかった。この峠、ひとりだと止まらずに通り過ぎちゃうから。
 標高約200メートル、南側が開けているけど眺望はない。おまけに今日は全体的に空気が霞んでいる。眺めていたら、それをさえぎるように、トンネルから出てきたクリーム色とみかん色の東海バスが目の前のバス停に止まった。伊豆急下田駅行き、車内には5、6人の乗客。誰も降りず誰も乗らず、バスはそのまま発車した。

 

 バサラ峠からの坂を下ってくると松崎の町である。県道15号は那賀川に沿うように走っていて、河畔には長い長い桜並木が連なっている。聞くところによると6キロにもおよびその本数は1200本だそう。バサラ峠を越えれば必ずここを通るし、バサラ峠に向かうときも同様だから、この道は何度となく通行しているのに、残念なことに咲いたソメイヨシノを目にしたことがない。いったい僕はいつ、どんな季節に伊豆を訪れているんだ?
 なまこ壁の松崎町もいいのだけど、今日はそのまま国道136号に入って町を通過した。先は長いのだ。
 ほどなくして西伊豆町に入った。ここでコンビニに寄って休憩する。

 

 コンビニで買ったアイスコーヒーを駐車場で飲んでいると、
「今、らっきょう飴ってあったの、見ました?」
 とかずみっくすがいう。見た。道路左手に見えた、オレンジ色の看板だ。
 好奇心からの会話で、戻ってでも行くべきかどうするかとしばらく話したのち、休憩を終えて、200メートルばかり戻ったそこへ行ってみることにした。
「本来のらっきょう飴っていうのはこの大きい飴のこと。らっきょうは入っていなくて、コリコリっていう食感がらっきょうに近いのね。で、こっちの小さならっきょう飴は、本当にらっきょうを入れてみた飴。ものとしては違うものなんですよ」
 飴元菊水の奥さんはそう説明してくれた。らっきょう飴など店のほんの一角で、いくつもの商品──それはみな飴製品だ──が積まれた店内を縦横に歩いては、これはなんであれはどうでと説明にいとまがない。
「かき氷があるんですか?」
 ミコシバさんが氷ののぼりに気づいていった。
「ああ、夏になったらね」
 かき氷はまだやっていなかった。確かにかき氷の欲しい気温だったから残念である。
「氷、みんないるでしょ? かき氷で使う美味しい氷があるから持ってって」
 そう奥さんはいうと、ボウルいっぱいに氷を持ってきてくれた。自転車にボトルを取りに戻り、しっかりした氷をボトルに詰める。なるほど澄んだ氷で、なんだかそれだけでしばらく溶けずに持ちそうな気がする。
 氷の礼をいい、そしてらっきょう飴とみかん飴を購入した。
 早速らっきょう飴を買ったもるさんが全員に配った。買ったのはらっきょうを入れて作ったという小さいほう。
「あっ、らっきょうだ」
「らっきょうだ」
「これはらっきょうだ」
「……」
「……」
「──」
 らっきょうの味に、誰も次の句が出ない。
 らっきょう飴は、本来の大きいほうのらっきょう飴を買うべきだったのだろう、そうに違いないきっと。この小さいやつはネタ仕込みの後発品なのだ絶対に。
 みな無言で口のなかから溶けきるのを待つ。
「らっきょう、そういえば嫌いだったんだ……」
 ともるさんがボソッといった。じゃあなぜ真っ先に買ったんすか……、全員のツッコミが集中した。

 

 走り出すとすぐに、伊豆の松島と呼ばれる堂ヶ島の絶景が現れた。国道は坂を上る。ペースを落としてゆっくり進んでいくと、絶景の島々を高みから俯瞰することになった。なるほどこれは見事である。
 時間も気になったけど、止まらずにはおれず、一度自転車を降りて眺めたり写真を撮ったりする。
「ところで、恋人岬ってことしかわからずに来てるんですけど、そこまで行けばわかるんですかね」
「どうなんでしょう、でも看板くらい出てるんじゃないんですか?」
 ふたたび走り始め、あと10キロちょいですと声をかけた。
 ときどき左手に見える海は、とにかく広くて水がきれいだ。地球が丸く見える水平線ってこういうののことをいうのだろうか。広くて水平線が遠くて、おまけに霞んでいるもんだからその境目を鮮明に見切ることができない。こんなに大きな海を見ると自然に気分も高揚するってものだ。
 田子、安良里といった小さな漁村集落を過ぎる。
 松崎から入った道は国道136号で、今日のルートのなかでは交通量も多く大型車もいる。このあたりの国道はバイパス化されていて、段丘の中腹を通している。多くはトンネルで貫いていて、集落の上を迂回通過していく経路を取る。
 遠くで海がきらきらしている。時間があるなら、バイパスじゃなくこれら集落の町々に入ってみたい。そしていつもそう思っている。ここを通るときはいつだって同じことを考え、それでいてトンネルのバイパスばかりを走っている気がする。集落の道を走ったことはない。
 だいたい、伊豆に来ると「せっかく来たから」とルートを盛り過ぎなのだ。あそこを通ってここまで行ってここにも寄れるんじゃないかなどと、計画段階で距離がどんどん伸びてしまう。自分のポテンシャルをじゅうぶん考慮し、興味のある場所があればゆっくり見てまわる時間をさけるよう考えたルートにすべきなのに。いつだって今度こそと口にしながら、眺望の開けることのない中腹のトンネルばかりを貫いて抜けて行く。
 昨年、松崎から南伊豆に向かった途中、雲見温泉の集落を通った。ここは国道136号が集落内を通過していたから、走って通り抜けるだけで集落の雰囲気を肌から吸収することができた。走ってなんぼだ。走ればそれだけで空気がからだのなかを通り抜けていき、リアルな実感を得ることができる。
 だから田子、安良里の町も通るだけでいい。走り抜けるだけでじゅうぶんなのに、行程にその余裕がない。
 何連ものトンネルがようやく終わった。
 内陸の段丘の高いところまで迂回していたバイパスが、転じて一気に下っていく。まるで海にダイブしていくみたいに。これは爽快だ。ぐんぐん下っていく。河口から入り江につながる地形に町が見えた。下りきった場所は宇久須の町。そこには潮の香りが強い、漁港集落の風が流れていた。

 

 西伊豆の道って、最高に楽しい。

 

 また、坂を上る。
 宇久須から上ればいよいよ恋人岬である。休みない上りが続く。あと少しなのだけど、坂で時間を費やし、なかなかたどり着けない。暑いし、下向き加減になりかけたころ、道で赤灯を振る人が見えた。通称ニンジン。交通整理か駐車場整理か。しかし警備服を着ているわけじゃなく、いたってふだん着。
「ここじゃないですかぁ?」
 と後ろから大きく声がかかった。あ、なるほど、恋人岬──。
「白びわ狩り、ここですか?」
 僕はその整理をする人に聞いてみた。
「あれ? まだできっかなあ」
 ──えっ? どういうこと? 僕は後ろの面々に視線を送る。
「んじゃあ、とにかくまずその先の受付で聞いてみて」
 短い急な坂を下ったところに駐車場があって、その一角にテントが立てられているのが見えた。
「とにかく、行きましょう」
 と後ろから聞こえた。

 

「もう残ってないかもしれないけど、入っちゃってくださいって。今閉めるところだって」
 受付に駆け込んで聞いたミコシバさんともるさんがいう。
 あわてて自転車をバイクラックにかけ、施錠し、急いだ。おみやげ用のパックだけ先に4つ確保しておいてもらい、海に面する丘への下り坂道へ向かった。坂道の入り口には、「白びわ狩りは終了しました」の立て看板がすでに立てられていた。

 

 

 なるほど、白い。
 びわの実自体もオレンジ色味は濃くないが、その皮をむくと中はさらに白いのだ。
 水気が多くあっという間に手がべとべとになる。中の種を上手に取ろうかと試みたけど、滑るし面倒になってやめた。そのまま口に運んだ。
 甘い。
 糖度が一般的なびわよりも高いのだそうだ。

 

 確かに白びわの実はもうほとんど残っていない。傷んでないものを選んでは手を伸ばしてもぐ。探してみると高いところで実がぶどうの房状になってまだ取られずに残っている。
「取りますか」
 そういって木に登る。木に登るなど、いつ以来だろう。枝を大きくたわませ、下でもいでもらう。両手にいっぱいの白びわの実が取れた。甘いものもあれば酸っぱいものもあった。枝から実には蟻がいたりする。こんな高いところにある甘いものを察知して、木を登ってくるのだろうか。もちろん鳥についばまれてしまったものもたくさんあった。まさに今年の白びわは取りあいだ。

 

「昔、県で中国から持ち帰った種ってやつを伊豆全域に配ったんだよね。で、芽が出て木になり実をつけたのがこの土肥だけだったってわけ。土壌や気候の微妙な差なんかなあ」
 存分に食べて受付に戻ると、おみやげ用の取り置きしておいてくれた恰幅のいいニイちゃんがそう話してくれた。ふだんは農協で仕事をしているんだそう。
「食べたびわや持って帰ったびわから出る種を植えるでしょ、そういう人はいるんだけど、なかなかね。芽は出ても木にならなかったり実がつかなかったりね。あと枝折って帰っちゃう人もいるんだけど、それで挿し木しても一緒みたいだね。やっぱり土なのかな」
 受付も大半の片づけが終わり、あとはテーブルとテントを片付けてしまえば撤収は終わりだ。14時過ぎ。今日のサイクリング、決してのんびり構えていたつもりはなかったけど、本当にぎりぎりだった。一年越しの白びわ、よく間に合った。
 全員で満足し、おみやげ用の白びわを受け取り、
「食事、この辺でできるところありますか?」
 とニイちゃんに聞いた。
「どっち行くの? 土肥? 宇久須?」
「土肥です」
「んなら、さくらだな。農協の隣にあるから」
「さくらですね。農協ってこの道沿いですか?」
「港から修善寺のほうに向かうんだけど」
「そうなのか……。けっこう入ります? その先も海沿いを行こうと思ってるんですが」
「いや、1キロもないよ。──って、どこまで行くの」
「うーん、食事しながら考えようと思ってるんですけど……。海岸線ずっとたどって沼津まで行くか、あるいは途中の長岡か。山越えて修善寺っていうのも考えてたんですけどちょっとそれは。あと、本当に面倒になったら土肥から船(フェリー)ですね」
「それはきっと船だな」
 ガハハとニイちゃんは笑った。
「さくらは終わってるんじゃないかしら」
 聞いていた横のおばちゃんがいった。なるほど……14時過ぎ。すぐさまかずみっくすが検索する。
「あーダメです。14時まで」
「ほとんどの食事処がそうじゃないかしら」
「そうだな、確かにそうだ」
 とニイちゃんも同調する。「あっ、松の家ならやってっかもしんねえなあ。松原公園って公園があって、そこから橋渡るんだよ。そのすぐ先だ」
「公園って花時計のある公園ですか?」
「そうそう。そこに橋があるから、渡った先な」
「ありました、15時までです」
 すかさず検索していたかずみっくすがいった。
「急いだほうがいいね」
 何とか白びわにありつけたと思ったら、今度は昼食である。

 

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その2へつづく