自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

西伊豆・白びわ狩り - その0(Jun-2018)

「今年の白びわは6月2日に決まったそうです。空いてますか?」
 そうミコシバさんから連絡が入ったのは半月くらい前のことだった。ここのところどうも自転車よりもランのほうに意識が高いようで、おまけに冬に手を骨折してから自転車に乗ることがぐんと減ってしまっていて、これはなかなか自転車には戻ってこないだろうなぁなどと僕が勝手に思い込んでいる部分もあった。だからちょっとびっくりしたわけだ。
 とはいうものの、去年もさんざん白びわの話をした挙句、結局行けず終いだった──話題にしたころにはもう白びわは終わっていた──こともあって、しっかり関心はあったんだと思う。
 しかし特定で6月2日とはまた限定的な、と思って、つけてくれたURLをたどってみると、なるほど確かに6月2日だけ開催されるとある。なんでも天候の影響に加えて、出来に関して裏年にあたるとか、つまり今年は白びわの実りが少ない年らしかった。
 大丈夫です空いてます、と答えた。一年越しですねと僕がいうと、去年からずっといってましたからね、と懐かしんだ。
「他に行くメンバーを当たっておきますので、ルート考えてもらっていいですか」
 わかりましたいいですよいくつか案を出しましょうと答えると、
「その前の週が三浦のウルトラマラソンなので、からだがどうなっちゃってるかわからないんです。軽めでお願いします」
 と注文がついた。

 

 軽めってどのくらいなんだろうと悩んだ。
 その三浦のウルトラマラソンはなんと65キロも走るそうだ。
 ──65キロって自転車で走る距離だよな。
 これまでの経験ではフルマラソンが最長と聞いた。この白びわの前週に自身未踏の距離に挑むということだ。
 伊豆半島は、どうルートを引いてもたいていきつめになる。極端に標高が高い山はないけれど、意外に山深い。海岸線も段丘の地形ゆえ港や入り江、集落のある土地は標高ゼロの海岸線になるけれど、その土地と土地のあいだはどこも段丘を越えなきゃならない。山のなかにせよ海岸線にせよ坂ばかり、上って下って上り返すような道ばかりなのだ。
 ところで、白びわ狩りって場所はどこなんだ?

 

 調べてみるも、地図にピンポイントで示されたものがない。ミコシバさんから送られた公式のURLも「恋人岬バス停下車」とあるだけで、地図はなく、じゃあ実際どこなのかってよくわからない。

 

 そんな全部をひっくるめて、考え方を変えた。あいだに恋人岬を織り込んだ起点から終点までの全ルートで引くんじゃなく、起点の輪行下車駅から恋人岬を終点としたルートをたくさん用意して、そのうちのどれかを行きに使い、どれかを逆ルートにして帰りに使うってことにしよう、その組み合わせはみんなで考えればいい──。


1.修善寺駅(国136・県411)土肥峠(市道だか林道)土肥港(国136)恋人岬
 いちばん負荷の少なそうなルート。伊豆箱根鉄道駿豆線でアプローチし、中伊豆から西伊豆へはもっとも低い土肥峠で越える(といっても600メートル近くある)。恋人岬への距離も最も短い。

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2.修善寺駅(国136・県411)土肥峠(西天城高原線)風早峠・仁科峠(県410)宇久須(国136)恋人岬
 1.のルートを考えていたら西天城高原線を入れたくなってしまった。しかしこれによって仁科峠を通るため標高900メートル近くを通過しなきゃならない。見ごたえや話題はあるんだけど……。

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3.修善寺駅(県18)戸田峠(西伊豆スカイライン)土肥峠(西天城高原線)風早峠・仁科峠(県410)宇久須(国136)恋人岬
 2.のルートを考えていたらさらに西伊豆スカイラインを入れたくなってしまった。結局達磨山の900メートル超から土肥峠まで一気に下ったあと、ふたたび標高900メートル弱の風早峠・仁科峠まで上り返し、そこから西伊豆へ。宇久須の町に出るので、恋人岬には南側から入る。見ごたえや話題はさらにさらにあるんだけど……。だんだん現実離れしてきた。

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4.沼津駅(国414)口野(県17)三津(県17)大瀬崎(県17)戸田港(県17)土肥港(国136)恋人岬
 西伊豆の海岸線をひたすらトレースするルート。山越えや峠という名の箇所はひとつもないけれど、海岸段丘の海岸線を行くルートはじつは起伏が厳しい。しかもこのルート、60キロ以上になるんだ……。

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5.稲梓駅(県15)バサラ峠(県15)松崎(国136)堂ヶ島(国136)田子・安良里(国136)宇久須(国136)恋人岬
 伊豆急行からのアプローチ。西伊豆とつながるイメージがない伊豆急ながら、この稲梓駅西伊豆、南伊豆を旅するときによく利用する。ずっと東伊豆海岸線を走ってきた伊豆急が河津からいよいよ南伊豆にかかるとき、突然内陸に入って駅がある。西伊豆松崎町に抜けるために越えるバサラ峠(婆娑羅峠と書く)は標高270メートルと最も低いことでよく使っている。距離も1.に続いて2番目に短かった。

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6.土肥港(国136)恋人岬
 10キロに満たないルートは、フェリー利用を前提としている。駿河湾には土肥港と清水港を運航するフェリーがあって、これなら恋人岬まですぐなのだ。このルートを逆ルートにして帰路に充て、行きは2.や3.の負荷の高いルートを選ぶっていう手もある。

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7.田京駅(県130)三津(県17)大瀬崎(県17)戸田港(県17)土肥港(国136)恋人岬
 4.と同じ海岸線ルートながら、若干距離を短めにしたルート。輪行には伊豆箱根鉄道駿豆線田京駅を使う。伊豆長岡にある駅。これによって距離が少なくて済む。

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 1.のルートは距離が短いながら西伊豆のよさが少ない。稜線部の西伊豆スカイラインも西天城高原線も通ることがないうえ、土肥港に下ってから西伊豆の海岸線もほとんど走ることがない。個人的には今ひとつだなあと思っていた。
 そういう点での西伊豆稜線部を満喫するなら2.か3.かしかない。半島大地をすべて手中に収めるようなさまと、遠くに広くどこまでも続く駿河湾が望める大絶景は西伊豆のハイライトのひとつだ。しかしながら距離も獲得標高もとんでもない数値になってしまう。もはやミコシバさんのいう「軽めでお願いします」の範ちゅうをゆうに越えてしまう。
 しかしそのために駿河湾フェリーで帰る6.を考えた。稜線道路をさんざん楽しんでびわ狩りもして、もうあとはフェリーで帰っちゃいましょうって組み合わせならありかもねって思った。
 とはいえミコシバさんはフェリーには消極的だった。余計に費用がかかるものあるだろうし、なにより時間に縛られ追いたてられるのはちょっとといった。

 

 だったらもう山を捨てるのもありだよなあ。
 いつだって山も海もと組み合わせて失敗するんだ。これまでも何度も。二兎を追うもの一兎を得ずとはまさに、伊豆のルート作成の格言のようなものである。欲張って、記憶にもとどまっていない伊豆サイクリングが、僕にはいくつもある。
 5.を引いた。最初は距離を知りたいがためだけに引いてみた。すると35キロ強で、意外にも現実的であることを知る。そこでこれも候補に加えた。西伊豆の海岸線だけをひたすら満喫したっていい。どこの海岸線にも負けない魅力を持つ一本ルートなのだから。

 

 

 熱海駅1番線ホーム。
 ミコシバさんが声をかけたかずみっくすともるさんがすでにホーム上にいた。僕は東武線始発からの全力ダッシュ乗り継ぎでやっと乗れる東海道線からの乗り継ぎ。ミコシバさんも同じ電車だった。
 結局ルートを絞り込むことはできなかった。ウルトラマラソンを終えたミコシバさんは「思いのほか疲れが残っていない」といい、かえってルート選択の自由度が広がった。と同時に駿河湾を行くフェリーが来春廃止になるニュースが届いた。そう聞くと寂しいものですねとなった。

 

 行きだけは5.の稲梓からバサラ峠を越え松崎をへて、海岸線を北上するルートに決めた。なかば無理やりに。その結果の熱海駅1番線待ち合わせ。何度か利用したことのあるこの列車はリゾート21で運転されることを知っていた。そこで4人の席が確保しやすいよう3号車前に集合とした。
 黒い車両が入線してくる。今日のリゾート21は黒船電車。リゾート21はいいよね、海に面した独特の座席で旅気分も高まる。これでいったん南伊豆を目指す。

 

 海だ。

 

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その1へつづく