自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

西伊豆無名道路(Jan-2020)

 それは地図上白線で示されている道だ。もちろんそんな道は全国たくさんあるし、今回出かけた伊豆にだってたくさんある。そのなかで目についていたのが、西伊豆の海岸線井田いたという集落から内陸の真城さなぎ峠へとつながっている白い道だ。
 僕は18きっぷの最後の一回をここに充てることにした。
 真城峠へのルートを引きながら、帰りは修善寺の駅に抜けるのが妥当だろうと、線を戸田へだ峠に伸ばした。戸田峠からの下りは県道18号修善寺戸田線。虹の郷を通るバイパスのほうではなく、修善寺温泉街を通る狭く古い道。この旧道をいつも選ぶ。そのときふと、いつも気になっていた道を思い出した。旧道18号はバイパスと離れてから、まるでスイッチバックする線路のように二度の屈曲がある。そのうちの一か所からまっすぐに伸びる道も存在している。下から上ってくるといつも──この道を走るときは修善寺から戸田峠へ向かうことが多かった──ここをまっすぐ行くとどうなるのだろう、と思っていた道だった。地図上、ここも白線で描かれた道。僕は旧道18号で引いたルートを取り消し、達磨山だるまやま林道からその白い道へ入り、旧道18号へつなぐよう、引き直した。
 この二本の道が今回の目的地である。

 

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 東海道線を三島で降り、そこから自転車で走った。
 ルートを作ってからこのふたつの白い道について少し調べてみたのだけど、結局よくわからなかった。少なくとも国道や県道ではないことは確かで、じゃあ市町村道なのか林道なのかとなるとよくわからなかい。ただ伊豆の林道はほぼ林道看板や林道説明板が立っているし、ネットを調べれば林道愛好者が何らかの形で情報を上げていることが多いので、それらいっさいの情報収集ができなかったことからすると林道ではない気がする。
 じゃあ市町村道なのかというと、沼津市のホームページからではわからずじまいだった。僕の情報収集はここで行き詰った。
 無名道路。僕のなかではそうしておく。
 三島市から清水町に入り、徳倉とくら橋で狩野川サイクリングロードを走った。長岡まで川沿いに南下し、海岸線に出る予定だ。

 

-本日のルート(GPSログ)-

 

 海岸線は、上がり始めた気温もあって、走っていてとても気持が良かった。高さの低い冬の陽光を受けて水面はキラキラ輝き、澄んだ空気越しに沼津から富士、清水、静岡と続く対岸の海岸線が良く見えた。製紙工場の赤と白の煙突から上がる白い煙も見えるし、目を凝らせば、いくつもの山の連なりの向こうに、真っ白に雪化粧した南アルプスの峰々が見えた。富士山だけが分厚い雲に覆われて見えなかった。
 三津みとから西浦を経て、大瀬崎おせざきを通る県道17号沼津土肥とい線を走った。大瀬崎ではわざわざ海岸線まで下って、その先端まで行ってみた。大瀬崎の狭い突端に、画びょうでも刺したように丸く存在する神池も見た。こんな場所にありながら純粋な淡水らしく、鯉がたくさん泳いでいた。そうやって寄り道しつつ井田集落の入り口に着いた。

 

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 交差点の青看標識には、右に曲がって井田の集落へ入る道しか示されていない。しかし実際には十字路で、左へ入っていく道がある。その道こそが今回僕が目指す地図上の白い道、無名道路だ。
 その道に入ると初めから急な勾配で斜面を上り始めた。
 坂は絶えず急だった。周囲に住んでいる人などいないようだった。人家も畑も見られなかった。林はスギやヒノキが中心のようで、とすると林業は行われているんだろう。まだそう太くない針葉樹の木々は植林されたものだろう。
 林は薄暗く、じめっとしていた。その中を進んでいく。急な山斜面には道に沿って石垣が積まれていた。それが長々と続いていた。愛媛のみかん畑の急斜面のようだった。これが道路を守っているんだろうか。古くからのものなんだろうか。現代ならきっと蛇籠じゃかごを使うに違いない。
 眺望はまったくない。林が深すぎるのだ。
 人家がないのに電線がある。これが不思議だったのだけど、しばらくして解決した。NTTの中継所があったのだ。ここに電線は向かっており、引き込まれてしまうとその先いよいよ無名道路に電気はなくなった。
 上っても上っても楽にならなくて、林の中ばかりで代わり映えがしない。ようやく分岐路が現れて、気分転換になった。ちょうどそのあたりで坂も楽になった。それから少し開けた場所に出て、海を望んだ。絶景とはいかないけど、駿河湾を遠くに見た。
 そこまで来るとすぐに真城峠だった。県道127号に突き当たる。無名道路が県道127号に突き当たるのは真城峠から若干南にずれた場所だ。高規格な県道に突き当たって、無名道路は終った。

 

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 県道127号は、かの西伊豆スカイラインと同じ番号である。じっさい路線名も船原西浦高原線。高原線とはまた……船原高原とも西浦高原とも聞かない名だから、どちらにかかるわけでなく、スカイラインをイメージして高原線と名付けたのかもしれない。
 その県道127号で標高を100メートルばかり下り、県道18号に突き当たった。今度はこの道を上り、戸田峠に向かう。またしてもきつい坂だった。何度か立ち止まり、息を落ち着かせたり、ふだんはほとんど口にすることのない補給食を食べたり、そうやって休みをはさみながら上った。そうしないと上りきれなかった。途中目に飛び込んだ、駿河湾と戸田港の景色は素晴らしかったけど、あまりの苦戦で景色を楽しむどころじゃなかった。
 上り坂の激しい負荷と、太陽にときおり当たっていたこともあって、それまでずっと暑かった。汗もかなりかいてびしょびしょだった。ようやく戸田峠に着いたと自転車を置いて立ち止まると、吹いていた風がひどく冷たいことに気づいた。天気は良かったけど風がみるみる僕の体温を奪い、汗で濡れた服をどんどん冷やしていった。
 長居はできないって気づいたのだけど、少しでも体力を回復しないと動くことができなかった。

 

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 だるま山レストハウスに立ち寄っても寒さばかりを感じ、気がいてすぐに先に向かった。向かい風、下り坂、冷たい空気──寒さに対して前向きになれる要素が何もなかった。
 達磨山林道に入り、交差箇所を注意深く探した。かつてこの林道を全線走ったことがある。この道もまれに眺望が抜けるけど、それは東側のみで、望めるのは中伊豆の山々とそこに広がるゴルフ場ばかり。それを俯瞰しても大した感激もない。眺望を求めつつ同じ南下をするなら、西伊豆スカイラインのほうが圧倒的に分がある。
 僕は手もとのガーミンと見比べた交差箇所で立ち止まった。
「ここかあ……」
 その傍らに立った青看に僕は記憶があった。何だこれ? ──そのときも同じものを見て同じことを口にした。地名が書かれているわけでもなく妙な曲線とそこから飛び出した道をあらわしただけの、記号。こんなものもはや標識じゃないな、かつてそう思った時から変わらないままそこに残っていた。そして僕がもうひとつ選んだ無名道路は、まさにここからだった。
 本当は、もっとこの場の懐かしさにも触れたかった。ここが地図で見たあの場所だったのかと感慨にも浸りたかった。
 でもあまりにも体が冷えすぎていた。濡れた服に冷たい風がまとわりついた。日はもう山の陰に入っていた。
 僕は少しでも標高を下げたくて、無名道路をひと息に下った。

 

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 修善寺駅で強さのない西日を受けながら自転車を輪行収納していると、ようやく寒さから解放されつつあった(もっとも濡れた服が乾いたりあたたかくなるわけじゃないから、耐えられる程度になったってだけだ)。それと同時に二本目の無名道路を振り返る気力が戻ってきた。上着も着ていたし、止まることもおっくうで、写真など一枚も撮らなかった。荒れている道だった。坂なれど、地図の通りほとんど一直線だった。いい道だった。もし今度修善寺から戸田峠に向かう機会があれば、ここを上ろうと思った。達磨山林道から県道18号に入れば同じアプローチができる。じっくり、林の中の道を味わうにはいい場所だ。ただ仕切り直しが必要だった。今日は体を冷やしすぎた。

 

 駅の中のセブンイレブンで温かいコーヒーを買い、ちょうど入ってきた三島ゆきの電車に乗った。暖房とコーヒーでようやく本来の体を取り戻せた。

 

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