自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

寒さとウィンドブレーカーとカメラと

 いつもいつも寒いときの服装は悩んでばかりで、何を何枚どう着るのかをぎりぎりまで決められないでいる。これが暑い夏だったら1パターンしかないからお気楽このうえないのだけど、ひとたび長袖が必要になると事前準備がままならなくなる。寒いのが平気な人は「この時期なんて着るものが決まってるから楽なもんだよ」なんて、まるで僕の夏を裏返したようなこといって笑う。でもそういう人は逆に「暑いときはどう工夫したらいいか、いつも決められずにぎりぎりまで悩む」なんていうもんだから、世の中上手くいかないもんだなあと思う。もしかしたらこれが世のなかのバランスってもので、実は上手くできているのかもしれないけど。

 

 11月も下旬である。悩みながらも決めるこの時期の服装は、走り始めて寒くない恰好を基本にして、ウィンドブレーカーを手持ちにしていく。走り始めて寒くない恰好っていうのがどの程度の重ね着なのかを考え始めるとさっきの堂々めぐりに陥るので、今そこは省いて、ウィンドブレーカーを着ずに走り始めるというところに着眼する。高いところまで上がったら急激に気温が下がっちゃったとか、下り坂があるなら当然とんでもない寒さに見舞われるから、そのときのために着ないで持っていくことにしている。
 走り始めて、一日を通して、難しいのがウィンドブレーカーをいざ着ようというタイミング。

 

 この前の週末、二日間続けてサイクリングをし──日帰りを二本続けただけの連投だけど──、たまたまながら同じ方面(栃木県)、同じくらいの標高(200、300mから600、800mくらい)に行く機会があった。天気もよく似ていて薄曇りの広がるおおむね晴れ、気温は若干二日目のほうが高かったようだけど、そんなわけでほぼ同じ恰好をしていった。ウィンドブレーカーを背のポケットに差し込んで。
 しかしながら走り終えるころ体感する寒さに大きな違いを見てしまった。一日目、旅を終えようというとき、もう寒くて仕方がなかった。二日目は、あぁこのくらいなら寒さを感じなくていいなと、むしろ気分良く走ったくらいだった。
 気温は二日目のほうが若干高かったものの、一日目が日の高いうちに終りにしたのに対して二日目はもう夕暮れどきだった。いろいろな要素を差し引きしながら考えても、この差はウィンドブレーカーを羽織るタイミングの違いは大きかったみたい。それは──

 

 ウィンドブレーカーは寒くなってから着たのでは遅い。

 

 そういうことだ。

 

 一日目は昼の食事をしたあと、いざ走ろうというときにウィンドブレーカーを羽織った。食事は見晴らしのいい高原のカフェって感じで、混んでいたこともあって表のテラスで食べた。そこまでがずっと上り坂だったものだから身体が温まっていて、僕は外で食事を待ち、出てきて食べ終えるまでのあいだずっとウィンドブレーカーを着ずにいた。しかしながら高原のカフェは──高原といっても5、600メートルくらいだけど──風が冷たく、太陽が何度も薄曇りのなかに隠れてしまったりした。食事を終えて発とうというときにはすっかり身体も冷えていて、その時点でようやく背のポケットからウィンドブレーカーを取りだしたのだ。食事のあいだ何度も寒いなと感じながら、でもいちいち出して着込むのが面倒で、そのままの恰好でいた。あるいはこの先もまだ上りが続くのだから、このままの恰好のほうがいいかもしれないなどと考えたかもしれない。とにかくウィンドブレーカーを羽織ったときはすでに冷え切っていた。
 もう一方の日は、昼食のあと立ち寄ったカフェを出るときに着た。カフェまでずっとだらだらとした上り坂で、このときも身体がじゅうぶん温まっていた。パイ専門店のカフェは小洒落ていて暖房もよく効いていた。焼きたての温かいパイを食べ、ホットなコーヒーもゆっくり飲んでいたから、寒いということがまったくなかった。ずっと暖かかった。店を出るとき、先の帰路はみな下り坂だからと、ここでウィンドブレーカーを羽織った。

 

 ウィンドブレーカーは、風を通さないというだけで、こんなに薄くてこんなにコンパクトになるのに暖かくいられるっていう不思議な服だ。だからといって、これを着るから暖かい、というものではなかった。
 身体が持っている温かさを風から守り、と同時に逃がさないだけのものだ。

 

 身体が冷えてしまってから着たんじゃ意味がない。身体があったかいうちに着なきゃだめだ。
 それを実感した。

 

 

 ところで僕は旅の途中の写真をデジタルカメラで撮っている。コンデジ──大したカメラじゃない。でも大きなカメラを持つのはしんどいし、いい写真を撮ってみたいとは思うけど、じっさいそれほどの写真が撮れる腕があるわけでもなく、理論も何ひとつ知らないから、分相応だと思ってる。
 自転車の服の背のポケットって本当に便利だと思う。デジタルカメラもまた、僕は背のポケットに入れている。旅の途中、気になる場所がある、思わず足を止められる、戻ってまで見たい風景がある、そんなときに立ち止まってさっと取り出せるのが魅力だ。バッグのなかに入れてしまうとこうはいかない。それなりに試したことはあるんだけど、止まったときにいちいちバッグから出してを繰り返していると、僕のような走行速度だとどこにも行けなくなっちゃう。ちょっとした時間の積み上げでも総じると大きな時間になってしまうから、スピーディーに写真が撮れるというのは本当にありがたい。

 

 実はこれも、ウィンドブレーカーを着るタイミングを誤らせる大きな要因なのだ。
 ウィンドブレーカーを着てしまうと、背のポケットに入れたカメラを取り出すことが想像以上に大変になる。ただウィンドブレーカーのすそをたくしあげて、背ポケットから取り出すと変わるだけのに、ひどくまごつく。背ポケットに仕舞うときなどもっとひどい。手間だし上手くできないときも多いしそして時間がかかる。結果、写真はもういいかな、などともうカメラを出すことをやめてしまう。
 だから写真を撮りたいと考えると、ついついウィンドブレーカーを着るのを遅らせがちになってしまうのだ。
 着るときは、「もう、今日は写真が撮れないな」などと、あきらめが入る。

 

 いい解決方法がないかな。
 ニンジャストラップを使って、カメラを背に載せて走ったこともあった。今でも眠らせてあるからやろうと思えばできるけど……。ニンジャを使った場合、たいていの自転車服はいいのだけど、ウィンドブレーカーはそのつるつるした生地質ゆえ、背に載せたカメラが滑ってしまうのだ。すぐに滑ってくるっとまわって胸の前へ出てしまう。こうなると走りにくいことこのうえないんで、背に回して戻すのだけど、ウィンドブレーカーはこれが頻繁にやらなくちゃならない。
 もはやフロントバッグでもつけたほうがいいのか。そうすると今度はまた取り出し時間の問題が、などと堂々めぐりを繰り返してばかりである。

 

 なにか寒がりにいいアイデアはないかなあ。
 そうだ! ウィンドブレーカーを、自転車服のなかに着てみようか。

 

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