自転車旅CAFE

自転車を中心とした、旅のエッセイ

前日光基幹林道逆打ち - その1(Jun-2018)

 動機は何だろう。いやあのとき逆に切り捨てた判断はなんだったんだろう。
 先月、大間々から渡良瀬川沿いをさかのぼり、草木ダムから三境林道を走ろうと思った日──突然の熱にやられサイクリングを中断してしまったけど──、別案としてルートまで用意していたのが前日光基幹林道だった。そのときこそ強い興味がわかず切り捨てたのだけど、今週になって関心度ランキング上位に躍り出たのだ。
 どこかのブログで目にしたせいかな。それともただの気分かな。
 ともかく、前回引いたままお蔵入りしていたルートをそのまま引っ張りだした。

 

 

 前日光基幹林道とは、栃木県前日光地域にある7つの林道路線の総称だ。日光市から足利市に至る長い広域林道で、起点の日光市から順に、1.和の代線、2.河原小屋三の宿線、3.前日光線、4.大荷場木浦沢線、5.牛の沢出原線、6.近沢線、7.長石線という各林道である。総延長は65キロ程度ながら、すべての林道間が接続しているわけではなく、あいだに県道を介して存在している箇所が多いことから、走るためにルートをつないでみると100キロを越える距離になる。

 

 これらの7つの林道を走っていこうというのはいいのだけど、そもそも名前の読み方がよくわからない。大荷場木浦沢線なんてひとつも読めやしない。推察の域で、群馬県板倉町に同地名がある大荷場はそれにならうなら「おおにんば」、木浦沢は同じ佐野市内に木浦原という地があり、佐野市コミュニティバスさーのって号のバス停が「このうらはら」と読む(→参考:木浦原)ことから、「このうらさわ」と読むのが正解なのだろうか。だいたい起点終点が北から南である前日光基幹林道だから大荷場が栃木市、木浦沢が佐野市と勝手に考えているけど、それだって正しいのやらどうなのやら。読み方がわからないというのは、書くぶんにはいいが人と会話をするときに困るものである。ついなんとなく感覚で読みを考えてしまうけど、ほぼ百パーセントの自信があるといえるのは前日光線だけだ。今回ここで書くぶんにはまずどうでもいい、漢字でふり仮名を振ることなく押し通してしまおう。

 

 

 東武伊勢崎線を館林ゆき普通から伊勢崎ゆき普通に乗り継いだ。3両編成のワンマン列車。朝の電車は通学の高校生が多く席は埋まっている。立ち客もちらほら。それを僕も最後尾から立って眺めていた。もちろん都心から距離が離れるのに比例して、ひとり当たりの座席占有面積や座席に荷物を置く率が高いのは他の地方とあまり変わらない。それを含めて席が埋まっているといっている。7人がけのロングシートにおおむね3、4人といったところ。よく目にする光景だ。
 僕は足利市駅に向かっている。
 足利からひとつずつ林道を走っていこうと思う。面クリするように。あるいはスタンプラリー、札所巡り。四国お遍路に例えるならば終点の足利から起点の日光に向かおうとするのだから、逆打ち。
 前日光基幹林道逆打ちの旅。

 

(本日のルート)

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GPSログ

 

 足利市駅では相当数の乗客が降りた。3両のワンマン列車には不似合いな高架駅で、ホームとそこに降り立った乗客の数だけ見れば都会の駅のようだった。
 僕も降車客の流れに乗って階段を降りた。構内踊り場には、渡良瀬橋にちなんだ森高千里のサインがあった。改札を出ると駅の南北にそれぞれロータリーがある。北口すぐに渡良瀬川が流れていて、河川敷の土手がまぢかに見えた。
 自転車を組むとまず渡良瀬川沿いに走った。土手の上を行くので眺めがいい。足利は大きな街だ。それがよくわかる。
 土手上の道とはいえ車も入ってくるからここは自転車道ではないよう。渡良瀬川利根川との合流地点から桐生市内まで自転車道が整備されているけれどそれは片岸のみ、この区間は反対側、左岸にそれがあるんだろう。
 10キロ近く進んできた川沿いを離れ、橋を渡って市内を北上した。

 

 まず手始めは長石線である。
 前日光基幹林道のなかでこの路線だけ飛び出した位置にあって、人数が必要な球技系スポーツで無理やりチームに入ってもらったメンバーのようだ。しょうがないっすねえ、まあいいっすよやりますよ、とかいってチームにいる個人プレーに走りがちなやつみたいだ。
 じっさいこの長石線に限っていえば、他の路線に比べて走った回数が多い。松田川ダムと県道66号の老越路峠とを結ぶ路線は、そこから県をまたがり桐生市の梅田湖へ抜けることもできるので、バリエーションあるルートが組みやすいからだ。先月の三境林道を走る計画も、梅田湖に下りてきてから老越路峠まで上り、この長石線で下るルートにしていた。
 松田川ダムまでは県道219号である。市内からちらほらロードバイクを見かける。みな左右の道から合流してきては前に向かっていくから松田川ダムを目指しているんだろう。もちろん1分2分すればその後ろ姿は見えなくなっちゃうから、どこまで行ったのかわからないけど。
 さて前日光基幹林道を楽しもうと思うなら、「飲めるときに飲む」「買えるときに買っておく」が鉄則である。コンビニなんてもちろんないし、商店だってきわめて少ない。あっても半永久的にシャッターを下ろしている店が多くて、実態は集落ひとつにあるかないか。残るは自販機。これに頼るしかない。食事も同様。「食べられるときに食べる」ほかない。自販機じゃ食事は手に入らないから、食べるところを見つけて食べてしまうか、補給食を多めに持っていくかだ。
 松田川ダムへの県道219号の途中、シャッターの閉じた商店の前に自転車を止め、自販機で缶コーヒーを買った。ボトルのスポーツドリンクには手をつけず、缶コーヒーをここで飲む。コーヒーは飲みものとして適したものじゃないけど、スポーツドリンクってすぐに飽きていやになっちゃうから、休憩のときにはまったく違うものを買ってそれを全部飲んでいることが多い。好きなものを飲みたいしね。ボトルは一日で一度足すか足さないか、下手をすると朝入れたままってときもある。缶コーヒーひとつでも休憩になるしのども潤う。ちいさなコーヒーブレイクを終え、さて本格的な登坂に入る。
 僕を三人組のロード隊列が抜いていった。軽快に上っていく。地元でよくここを走っているんだろうか。車も少ないし、練習目的の人にもきっと好まれているんだ。
 松田川ダムの手前でいよいよ長石線が現れる。直進するとほどなくしてダム、右折が林道だ。逆打ちなのでここが終点、長石線の終点はつまり前日光基幹林道の終点でもある。
 木陰の向こうに三人組の背が見えた。──なるほど彼らはここも上るのか。
 道は森のなかに入った。左右を高い木立が覆い、日差しは届かない。おかげでとても涼しい。暑くなることを容易に予感させた朝の日差しが遮られるだけでこんなに涼しいのかと驚いた。
 道は長い。じっさいには6キロ余りなのだけど、県道219号から休みなく続く上りと、数えきれないくらいたくさんのカーブが長く感じさせる。とにかくあちこちとカーブが多い。
 その長さの雰囲気に惑わされることなくあきらめずに上っていくと、やがて少しずつ木立に切れ間が出てくる。上ってきたぶんと相まって、すき間から遠くの下界を望むことができる。足利の街だろうか、地図から見えるであろう方角を想像するに、おそらくそうだ。薄ぼんやりとしていてはっきり見えない。
 そして空がずいぶん広くなった。もうすぐピークだと思う。
 下る自転車ともすでに数台すれ違っている。足利の街なかでの自転車の数から比率で見たらかなり多い。近辺のスポーツバイクはみなここへ来ているんじゃないかってほど。
 さっき先行していった三人組ともすれ違った。ピークに着いてまた足利へ下っていくんだろう。ほどなくして僕もピークに到着した。眺望が開けたけど、霞んで何も見えなかった。
 町界がここにあり、田沼町飛駒と表示されている。反対側にまわると足利市名草。飛駒は今、佐野市だけど、かつては田沼町だった。なかなか手の行き届かない林道などではこういった旧地名に触れられることが多い。林道を走りに来てこういったものを見つけられるとちょっと嬉しい。

 

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 おそらく多くのロードバイクは折り返し足利市内へ向かうのだろうけど、旅人の僕はそのまま峠越え、旧田沼町飛駒へ向かった。
 下り始めると、足利側の上りを逆回ししていくように、徐々に森のなかへ入っていった。やがて木立は高いものばかりになって、影に覆われた林道長石線は涼しい道になった。日当たりが悪いこともあって路面の濡れが残っていた。
 林道長石線は県道66号に鋭角で刺さるようにして終わる。松葉のよう。県道66号を東に取れば旧田沼町(現佐野市)飛駒、西に取れば群馬県桐生市の梅田湖(桐生川ダム)に出る。
 飛駒方面の東へ進路を取り、数十メートルも行くと老越路峠である。頑丈なのり面施工された掘割で眺望のない峠は現代的殺風景だった。

 

 下った集落が飛駒、「ひこま」っていい響きだと思った。
 商店に立ち寄って飲みものを飲むことにした。やっぱりここも閉まっていた。雨戸がぴったりと閉ざされている。まだ朝早いからかもしれない。数台の自販機は動いていたから、そのなかから飲みものをチョイスした。しばらくここで休憩。
 次の林道近沢線にかかる。

 

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 僕の頼りない記憶をたどると、この近沢線と次の牛の沢出原線は一度走ったことがある。もうずいぶん前のことだ。前日光基幹林道に興味を持ち始めたころ、このふたつを選んだ。記憶だって出かけて行った事実を覚えているだけで、果たしてどんな道だったのかなんて覚えていない。そのとき牛の沢出原線が通行止めながら、バリケードの脇から入っていったことをおぼろげに覚えている。
 今回は事前に栃木県の環境森林事務所の情報を確認してきた。全7路線に通行止めはない。
 そのいつだったか走った近沢線は、林道にしては立派すぎると思える近沢トンネルをくぐった。当時はツーリングマップルしか持っていなかったし、ガーミンのようなGPSマップのツールもなかったから、近沢トンネルをくぐる近沢線の本線しか選びようがなかった。しかしネットの地図があり、ネットでルート作成のサービスがあり、GPSマップとしてガーミンを手にした現在は違う。早速地図で近沢線をトレースしてみると、トンネルではない旧道とおぼしき道の存在を確認できた。もちろん僕はこの旧道でルートを引き、ガーミンに入れてきた。
 その道を、今たどっている。

 

 のっけから素敵な山里のあいだを縫うように上っていく。山あいの、平地が広くない土地に田畑を作って──それが多少いびつであっても──、農作物を作っている。そのあいだあいだに点在するように家々が建つ。宅地のように近接じゃなく、かといって大平野の田畑のなかの農家のように遠距離じゃなく、独特の距離感で存在している。まんが日本昔ばなしの絵など、絶対にこの距離感で描いているんだ。きっとそうだ。こういった山里で暮らしたことがあるわけでもないのに懐かしさを覚えるのは田畑、家、山川、道路の存在する距離感のせいだ。
 木立に囲まれた林道は長石線でもそうであったけど、感覚的に長石線とは受ける印象がまったく違う。長石線だけどことなく群馬っぽいって感じるのかもしれない。あるいは街なかから宅地、そこから坂になりやがて林道に入った長石線と、初めから山里をスタートにする近沢線の違いだろうか。いずれにせよきわめて個人的な感覚であるには違いない。
 左カーブを曲がった先に立派な坑口が現れた。近沢トンネルだ。
 手もとのガーミンの地図を拡大した。坑口の手前で左にそれる細い坂道がある。これだ。
 旧道は、道の両端にポールがあり、鎖をかけられるようになっていたが、外され路面に落とされていた。ただでさえ通行は多くないと思われる林道近沢線、その旧道となれば車通りはまずないんだろう。枯れ枝や落石が散乱し、昨年の秋からのものなのか落葉が路面を埋めている。頭上には、伸びる方向を見失った木の枝が長く垂れ下がっている。しかしながらまったく車が入らないというわけではなさそうだ。落ち葉や枯れ枝は一面を覆うわけじゃなく、ダブルトラックを形成していた。一台二台の車の通過じゃ落ち葉や枝は掃き飛ばされることもなく、結果ダブルトラックは生まれないし、交通量がなくじめじめした道でお目にかかる苔も路面には見られなかった。周囲の針葉樹林は切られてまだ生新しい切り株もあり、この山の林業従事者が今でも旧道を使っているんだろうと想像した。少なくとも廃道へ向かって加速度的に進んでいる道とは違った。
 とはいえ、道の中央に転がっている落石や、車の通行を大きく妨げるであろう枝の垂れ下がりは、前回車が通ったのは果たしていつだろうと思わざるを得なかった。
 ピークが到来した。
 そこには近沢林道開通記念碑が建てられていた。
 細い道の脇の崩れそうな山の斜面に、驚くほど立派な碑が建っている。道の規格には不釣り合いなほどだ。きっと地域には悲願だったに違いない。
 トンネルがある今、この碑が人の目に触れることはもうないんだろう。

 

 ピークからはだいぶ下ってきたように思う。トンネルを抜けた本線とはまだ合流しないんだろうか。
 そう思っていると右手から道が合流してきた。鋭角に交わりまた一本道になる。右の道にはバリケードが置かれている。どこから来たのだろう。上っているように見えるから別の稜線部から下りてきたのか。ガーミンを拡大しても、表示している地図にその道はなかった。
 ガーミンに入れたルートのとおり僕は直進した。これまでと同じように下り坂が続く。
 突然、道の全面が藪に覆われた。
 舗装林道が、何の前触れもなく。
 走る車などほぼない、あるいは廃道化が始まっているかもしれない道とはいえ、舗装されのり面も施されている道が突然藪で終わるなんてどういうことだろう。
 僕は自転車を一度置き、歩いてその藪を進んでみた。
 すると2、30メートルばかり藪を歩けば、向こう側にまた同じ道路が現れるのを発見した。どうみたって続きの舗装路だった。
 僕は藪を戻り、自転車を持ち上げるとガーミンを見た。僕が引いたルートは確かにこの道をたどっている。ならば向こう側に出て続きの道を走ればいいんだ──僕は自転車を押した。何でここだけ藪が……。廃道化が進んでいるとはいえ、前後の舗装路がふつうの顔をして残っているのに、この部分だけ不自然だ。豪雨などで土砂流出があり、それが放置され、しばらくの時間をへて流出土砂の上に雑草が生い茂ったんだろうか。
 最後は肩に担ぎ、続きの舗装路に出た。そこからまた乗る。続きの下りでスピードを乗せようと思った瞬間、今度は目の前に完全に横切られて置かれたガードレールが現れた。

 

 数メートル先、舗装はスパッと切れていた。崖のような斜面に飛び出した道路の突端の先は、落ちるばかりだった。清水の舞台かはたまた鋸山日本寺の地獄のぞきか。僕は途方に暮れ、元気のいい鳥の声を聞くばかりだった。道を示しているのは僕のガーミンの地図とルートだけだった。

 

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その2へつづく