自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

西伊豆・白びわ狩り - その2(Jun-2018)

その1からつづく

 

(本日のマップ)

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GPSログ

 

 

 食事は、僕らも調べていた。僕がいくつか目についた店と、かずみっくすが調べてくれた店をポイントとしてGPXに組み込んでいた。加えて白びわ狩り会場の農協のニイちゃんが教えてくれたさくら、松の家が手持ちの情報に加わった。ただしさくらはもう終わっている。時刻は14時をまわっていた。
 そんな時間でもあったから、土肥港で食べる以外は考えられなかった。戸田港や三津周辺でも見つくろってはあるけれど、そこまで走れるわけもなく、何時になるかわからない。
 話好きの農協のニイちゃんは、その止まらぬ話で僕らを引きとめ、しかしながら早く行ったほうがいいと背中を押した。そりゃそうだと苦笑いしながら出発し、ふたたび国道136号を北上した。

 

 しばらくまた高台の上を走ってから下りにかかる。14時半をまわって土肥港が見えてきた。僕がポイントした店が一軒、ガーミン上に旗で表示される。下り坂の途中から振りむくように漁港の方向を見るとそこに店があり、まだのれんが出ているように見えた。僕は自転車を止めた。みんなも止まる。
「調べてきたそこもまだやってるっぽいですけど、食べちゃいます?」
 僕は店を指差した。とにかく昼食難民になるのは避けなくちゃ。
「そうですね、行ってみましょう。何があるか見てみましょう」
 下り坂から漁港への道へまわり込んだ。店の前で自転車を置く。刺身定食、煮魚定食、焼魚定食などなど、POPボードに書かれている。
「2千円で食べられます?」
 とかずみっくすがいう。大丈夫そうですよ、と答える。少なくともPOPボードに書かれている定食の内容は1500円程度である。
「よかった。さっき気づいたんですけど、今日2千円しか持ってない……」
 ええええっ、とみんなどよめく。そして笑った。
「ここにしましょう」
 みなと食堂おはら。14時半過ぎ、ようやく昼食にありつく。白びわを存分に食べたとはいえ、それではさすがに空腹は満たせない。
 店内はもう終盤の空気。ソロのサイクリスト──こんなところでロード乗りと会ったのには驚いた──と年配夫婦がいるだけだった。テレビからなんでも鑑定団が流れている。それぞれイカ刺し、煮魚、焼魚の定食を頼んだ。イカは羽生(ばしょう)イカというそうだ。

 

 定食はどれもけっこうな量がある。魚をつつきつつお腹を満たしていると15時をまわった。暗黙的に、この先は海岸線で沼津、あるいは伊豆長岡田京駅へ向かうルートとみんなの意識にインプットされる。土肥港からのフェリーは15時発。次は最終の17時45分発。さすがに2時間半以上をここで待つ気にはならない。フェリーはここで却下。
 ソロサイクリストも年配夫婦も店を出たあとは、いよいよ僕らだけになった。気づくと外ののれんやのぼりはしまわれ、POPボードもたたまれていた。昼食難民ぎりぎりセーフである。テレビでは出張鑑定で200万円が出てにわかに盛り上がっている。
 最後の客となった僕らが席を立つ。お勘定をまとめ、かずみっくすが「そこのセブンで先にお金下ろしてます」とまず店を出た。追って僕らも店を出る。この時間でもまだ強い日差しが照りつけていた。

 

 

 お腹は満たされた。セブンイレブンでおのおの飲み物を買ったり簡単な補給を継ぎ足したりした。もう大丈夫です、とお金を下ろしたかずみっくすがいった。どうしてもファンタグレープを買いたいともるさんがいい出し、見つけたのが缶しかなく困っていた。第二部、あるいは帰路というべきか、おのおのがそのスタート準備をする。

 

 西伊豆海岸線の愉しみといえば、広大な海の風景に加えてやっぱり富士山だ。
 土肥港を過ぎればちらりちらりとそのタイミングが現れる。しかしながらその方角に見えるのは、そこだけの厚い雲だった。手前に座る愛鷹山は朝からの霞みがかった空気のなかでもよく見える。富士山だけが雲に覆われていた。残念なことだ。
 じわじわと上り、それから下りまた上る。それを何度も繰り返す。強烈にきついという坂ではないけれど、やんわりと脚を削ってくる。海岸段丘の入り組んだ地形から望む海の風景は見事だけど、やがてみんなの口数も減った。気温があるからバテる。交通量が少ないのが救いだった。土肥港から北の道は県道17号になった。メインの国道136号は進路を内陸に取り山越えをする。土肥峠(船原峠)の船原トンネルを抜けて修善寺に向うルート。多くの車もその道を使っているのだろう、県道17号は空いていて走りやすい。
 何度かの上り返しをへて、一度道路は0メートルまで下った。戸田港である。ここもまた港町。ただ松崎や宇久須、土肥に比べたらずいぶんこじんまりとしていて、コンビニもない。ロングライドならこの町に補給ポイントを置かないように要注意である。
 冷やかしがてら干物屋に立ち寄ってみた。16時35分。店は17時までと書いてあるけど、もう蛍の光を流していた。
 そしてここからがきつい。

 

 戸田港の町を出ればすぐに、ルーティーン・ワークのようになった段丘への上り坂が待ち受ける。しかしここの坂はこれまでよりもきつい。がくんとペースが落ちた。途中海沿いに歯医者がある。そうだ歯医者のきつい坂だ、と思い出す。歯医者はあくまで通過点、まだまだきつい坂が続く。
 なかなか休みどころのない坂道は均一斜度のまま上る。さすがにここで力を使い果たしてしまうわけにはいかないので、坂の途中にある駐車場兼展望台に入って休憩した。西伊豆の国道136号や県道17号にはいくつかこういう箇所がある。そのうちのどれだったかは忘れた。なんとかの丘だったと思う。
 その場に座ったり、海を眺めたりして休んでいると、「あれって富士山ですよね」とミコシバさんが指差した。「そうですね」と僕は答えた。もちろん指の先には雲しかない。かろうじてすそ野の形でそれだとわかる程度だ。
「ホンっトに私って富士運がないんですよぉ」
 とミコシバさんはいった。みんな笑った。僕も気づいていた。でもいわなかった。かずみっくすももるさんもあるいは知っていたかもしれない。
「でもだから東京マラソン2年連続当たってるんですよ」
 と僕はいった。ミコシバさんの運はそっちに使われている。

 

 きつい上り坂はやがて一度終わり、また下りと上りの繰り返し。
 少し長めに下って左に道を分けるが、その道へ入ると井田の集落である。ここもまた行ったことのない、いつだって上から眺めるばかりの集落だ。井田の集落に行くには左の道でまた標高ゼロまで下り切らなきゃならない。今ここで標高100メートル以上ある。下ってもう一度100メートル上ってくるって気にはなれないから……。
 井田の集落を、県道17号は遠巻きに、段丘の高みから望む。ぐるりと集落を迂回するように標高100メートル前後を維持しつつ、そしてまた上り坂になった。井田の集落から上ってきた道を左から交え、さらに上る。距離にすればそんなに長くないのだろうけど、たまった疲労があるのか長く感じた。海が色づき始めていた。少しずつ、黄色みから赤みを帯び始めている。
 やがて重厚なトンネル坑口が見えてきた。井田トンネルである。
「これで、坂はお終いです」
 トンネルのなかで坂は下りに転じ、4つのライトが徐々にスピードを上げた。数分のことなのに、トンネルを抜けると景色の赤みがずいぶん増したように感じた。
 テクニカルなヘアピンカーブをいくつも交えながら下っていく。西伊豆の北端を目差しぐんぐん高度を下げていった。

 

 大瀬崎の上にある駐車場兼展望台で休憩した。
「富士山──」
 ミコシバさんがいう。山頂に近い部分の雲が晴れてきて、姿を見せ始めていた。赤みがかった風景のなかで薄ぼんやりと現れた富士の頂は、ばっちり見える富士山とは違った趣があった。
「いいじゃないですか浮世絵みたいで」
 と僕はいった。すそ野に雲がかかり頂を見せるさまは、広重や北斎が好んで雲を描き入れるテンプレートのようだった。
「さあ行きましょうか。坂ももうないんですよね」
 とミコシバさんがいう。
「騙されちゃいけません。ここからが長いんです」
 ともるさんがいった。みんな笑った。

 

 大瀬崎から海岸線まで一気に下ると進路は東になる。西浦から三津に向け駿河湾から入り込んだ江浦湾に沿ってぐねぐねと進む。ひたすら海面レベルの平坦路。バテながらもペースを作って走っていると、湾がどんどんと赤く染まっていく。そして富士山にかかっていた雲がどんどんはけていく。美しい夕焼けが今日一日を締めくくるように演出してくれた。
 三津からまた方角が変わり北へ向かう。伊豆半島の付け根に入ったわけだ。
 すると正面に、すっかり雲の晴れた富士山が現れた。

 

 

 沼津駅に着くころになると正面の富士山はすそ野まで姿を現していた。そしてこれほどかと思うほど山容が大きく映った。国道414号を北上し、走ってきた。走るほどに大きくなっていた。

 三津で、伊豆長岡田京駅に向かうかどうか、みんなに聞いて判断する話だった。でも僕はそれをすっ飛ばして勝手に沼津駅へ向かってしまった。沼津駅へ走れば、この晴れてきた富士山をつねに正面に望みつつ、日暮れの駿河路でのエンディングを迎えられる確信を持ったから。疲れているそれぞれみんなの状況なんて無視して、私利私欲で交差点を直進してしまった。確認をしなかったのはちょっとだけ申し訳なかった。

 

「富士山、大きい」
 後ろでミコシバさんがいった。
「今回は、東京マラソン、はずれちゃうかもしれませんね」
 車であふれた沼津の町。すっかり暗くなった。見るも見事な大きな富士山を正面に望みつつ、あと1キロでゴールだ。
 僕らは沼津駅へのアプローチ道路へ、左折した。

 

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