自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

最終カードは切らない

「大手町君っ、また──」
 任パト(任意パトロール)からカナエが本部基地に戻ってきたとき、すでに大手町も自席のモニターで状況を把握していた。
「ああ、今週末だろ。今見ていたところだ」
「そう。また、週末だけが雨の予報になったわ。街も騒ぎになり始めているわ」
 大手町は顔の前で指と指を重ねて手を組み、吐き捨てるようにいった。「馬鹿馬鹿しい」
「何いってるの? 馬鹿馬鹿しくなんかないわ。街ではみんなまたかと落胆しているの。市民の落ち込みといったらないわ」
 大手町の言葉に、カナエはそう真剣に反論した。
「馬鹿馬鹿しいのはウェザスのことさ」そう大手町はため息とともにいった。「こんな方法で人類に抗おうなんて」

 

 怪人ウェザスと地球攻略軍の存在を確認してから一ヶ月半がたとうとしている。それは同時に具体的な手立てがないまま過ぎた時間とも一致していた。しかし存在がわかってからの時間がそれだけのことであり、彼らが地球征服に手をかけているのははるか前からのことではないか、それが防衛軍本部基地でも一致した認識だった。
 ウェザスの地球攻略は、強烈な破壊行為でもなく人類への残虐行為や誘拐・拉致監禁でもない。気象を操り、人類の営みを脅かすのが彼らの手法なのだ。
「早く、ウェザスの行為を止めないと」
 カナエは苛立ちと焦りを抑えられない。
「わかってるさ」と大手町は答えた。「──そのうえ最近はだんだんと手が込んできている」
「手が込んで?」
「そうさ。初めは週末を確実に雨の天気にしてきた。あるいは雪の。しかし最近は降るか降らないか判断に迷うよう仕掛けてきているんだ」
 カナエはうなずく。大手町は続けた。
「誰もがぎりぎり大丈夫だろうとタカをくくった日に確実な雨をもたらし、あるいは逆に荒天を直前まで引きずらせて当日には降らないといった、そういう……」
「そうね」
「それによって今、誰もが臆病になり、行動力を失いつつある」大手町は右手のこぶしを強く握った。「必ず息の根を止めてやる」
 そこへ情報集積室の扉が勢いよく開いた。重厚な造りの本部基地の扉でさえ揺らぐほどだった。飯田橋が部屋から出て、ふたりの前に立った。
「どうした飯田橋
「竹橋も戻っていたのか。──大手町、情報が入った。ウェザスが現れた」
「なに?」
「なんですって?」
「出動できるか?」
「当たり前だ」大手町は勢いよく立ちあがった。
「もちろんよ」カナエもあとに続く。
「行くぞ」大手町は語気を強め、飯田橋とカナエの顔を見た。
 三人が、並ぶ。そしてポーズを構える。
「出動!」
「銀輪戦隊!!」
「ペダレンジャー!!!」

 

 三人は飯田橋の得た情報をもとに岩山へと向かっていた。街を離れ、いよいよ怪人ウェザスの待ちうける岩山へとかかった。変身だ。飯田橋リュウ→ブルー、竹橋カナエ→イエロー、そして大手町ショウ→レッド。銀輪戦隊ペダレンジャー──。
 三人の足が止まった。
「レッド……」とイエローが小さく声をかけた。
「ああ」
 舞う砂塵越しに黒い姿が浮かび上がる。風がやんだ刹那、はっきりとその姿をとらえた。三人の前に立ちはだかったのがまさしく怪人ウェザスだった。そして周囲を地球攻略軍の手下たちが等間隔に立ち、取り巻いている。
「来たな、ペダレンジャー」ウェザスは微塵の隙も見せない立ち姿で三人に対峙し、口を開いた。
「ウェザス……」
「ご苦労なこった」ウェザスは含み笑いでいう。「お前たちが来たところで、なにが解決するわけでもない」
「俺たちには、お前を倒すチカラがある」
 ブルーは力のある声でいった。
 それを聞いたウェザスはハッハッハと高笑いをした。ひとしきり。そして続けた。「お前たちには何もできない。地球人は実際どうだ、毎週毎週雨に泣かされ、自転車に乗ることもできない。落ち込み、嘆き、人間性をもはや失っているではないか」そしてまた高笑いをした。
「そんなことはない」レッドが強い口調でその笑いを遮る。
「そうか? 本当にそんなことはないか? いやそうではないではないか。──見ろ、このツイートの嵐を。また雨だ、今週もだめか、マジ憂鬱になる、みなまんまとわれわれの作戦にはまっているのだ」
「雨でも、地球人にはやれることがあるのよ」とイエローがいった。
「あるのか? そうか面白い。聞こうじゃないか」
「雨が降ったって家で休んだりなどしない。みな、ローラー台に乗って余念がないのだ」とブルーが続けた。「そして──」
「そして何だ? Zwixyか?」とウェザスがブルーの言葉を断ち切った。
「そうよ。あれはローラー台と組み合わせた最高のトレーニングシステムでありコミュニケーションツールよ。徐々に参加者が増えているわ。みんなそうやって工夫を凝らしているの。あなたたちがどういう作戦を取ろうと、地球人は状況に応じてさまざまな生きるツールを作りだしていけるのよ」
「馬鹿め」そしてまたウェザスが笑う。「まだ気づいていないのかお前たちは。Zwixyはわれわれ組織が作ったシステムだということを」
「なっ」
「なんだと……」
「もっとも、われわれはあの場を高尚に『コミュニティ』と呼んでいるがな。コミュニティに参加した地球人たちはすでにわれわれの洗脳下にある。着々と、コミュニティのメンバーを増やし続けているのだ」
「た、確かに……。Zwixyの登録者、参加者は累乗的に増えている」ブルーは誰に聞こえるでもない小声でいった。一瞬、レッドがブルーの顔を見た。
 岩山に乾いた風が吹き、舞う。瞬間の静寂さえ、地球攻略軍の掌中にあるように思えた。
「この春の18きっぷシーズンもわれわれの思惑どおり、散々だ。どうだ、輪行したくてもできないやつらがごじゃまんとあふれているではないか」ウェザスはシッシッシと静かに笑う。「天気が悪い、雨が降る、今週も無理だ、と」そして高らかに笑った。
「そんなことはない」とレッドがいう。
「いやある」すかさずウェザスは返した。「冬の18きっぷだってほぼ完ぺきに輪行のゆく手を遮った。寒さと雨と雪で」
 じっさいこの冬、暖冬といわれるなかで週末になると寒波が押し寄せ、雪が降り世界は凍った。雨も、当然のように週末を狙い撃ちした。
「そうだったのか……」レッドはウェザスから視線をそらすことなく、しかしながらブルーとイエローに届くよう囁いた。「やはり、あのころからウェザスの力はおよび始めていたのか」
 ブルーとイエローは小さくうなずいた。
「着々と」そうウェザスは誇らしげに続ける。「春の18きっぷも計画通り進めている」
 レッドは周囲の様子をうかがった。そしてブルーに「ザコは?」と小声でいった。
「10人ってとこか。後ろに控えてるかもしれないな」
「大丈夫、わたしが援護できる範囲だと思う」とイエローも小声でいった。
 ペダレンジャーの微細な動きを感じ取ったウェザスの手下たちがまるで号令でも受けたように陣形を広げた。
「お前たちの力を見てやろう」そういってウェザスは右手を振り上げ、下ろした。黒いマントがひるがえる。一斉に手下たちが襲い掛かった。ブルーとイエローがすぐに前衛に出、戦いは火ぶたが切られた。
 周囲の戦いのなか、ウェザスが一歩ずつ前に歩み出す。レッドに向かう。
「地球は、まもなくいただく」
「そうはさせない」レッドも戦闘の構えに入った。
「無駄に抵抗してみるがいい。雨だ……、雨だ、雨だ雨だ雨だ雨だ雨だ。クックックックッ……どうしたって雨なのだ。貴様らは自転車に乗ることなどできない。なかには天気に刃向い飛び出していく奴もいるに違いない。しかしいずれすぐに戻ってくる。そして雨に対する恨み節をしきりにツイートしてそれで終わりだ。それっきりだ。二度と外に出ることはなくなる。あるものをZwixyに導き、そしてわれわれはZwixyをやらない残った地球人を取り込む、また別のシステムを立ち上げる用意がある。もはや地球人の行き場などないのだ」そうレッドの前でいい、右手の人差指で力強くレッドを指差した。「もう地球人にできる自由はない」
 周囲では力に勝るブルーと、技量巧みなイエローが次々と手下を倒していく。ペダレンジャーの力は伊達ではないのだ。取り巻きの手下だけなら時間の問題といえる。しかしながら形勢は明らかに、ウェザスにあった。
「最後のカードを切る」レッドはいった。最後のひとりを倒したイエローがレッドを見、同様のブルーも手を止めレッドを見た。「雨になろうが、地球人が屈っすることのない、最後のカードを」
「なにっ?」ウェザスはレッドの眉間を指していた右手を下ろした。
乗り鉄だ」

 

 

 そんなわけで今週、僕は手もとの18きっぷを乗り鉄に使おうと考えていた。もう自転車はあきらめて。
 でも、ここに来て大丈夫かもしれないって思えてきたよ。今週は行けるかな、土曜日も。日中は天気が持ちそうだ。最終カードは切らずに済みそう。期待したい。

 

 ──あっ、乗り鉄もじつは相当大好きです。

 

(くだらんものを長々と、大変失礼しました。)