自転車旅CAFE

自転車を中心とした、旅のエッセイ

眠いから帰って寝る

 土曜日はいわゆる「降る降る詐欺」で、確かに夕方多少の雨に見舞われたけど、考えてたサイクリングには行ける天気だった。家のことと、いつでもいいのだけどいつかやらなきゃならない付き合い系社交辞令系の用事を済ませ、結局夜になった。
 土曜日が悪くて日曜日がいい、そういう予報だったから単に土曜日の計画をそのまま日曜日にスライドすればよかったのだけど、今になってなぜそうしなかったのかが思い出せない。日曜日も上空に寒気の流れ込みがあるため、にわか雨や雷雨があるでしょう、そう天気予報がいったせいだったかもしれない。バス旅のTVを見ながら、4号を北上して宇都宮とか大田原とか、行けたら白河でも行ってラーメンでも食べてこようか、くらいのことを考えた。ルートも引かずに。TVを見ながら考えればそりゃ気持も入らない。そんな適当な考えでいると堕落する。きちんとしたルートなんて思い描こうとも考えなくなる。
 だから朝起きたときは何の用意もしていなくて──つまり前夜は何ひとつ用意をしなかった──、起きるのか起きないのかもわからない漫然とした午前5時、このままじゃ今週もまた乗らずに終わるぞというどこかからの脅迫めいた声にずるずると引っ張られ、自転車を用意して工具やチューブの入ったツール缶を付け、輪行袋を入れたサドルバッグを下げた。ライトをつけてガーミンの残り電池を確認して、それだけするとレーズンロールをふたつ食べ、あたためた豆乳を飲んだ。暖かくなるようなことをいっていた覚えがあったので、真冬の重ね着じゃなく、薄手を一枚省いた。窓の外が少しずつ明るくなってきた。そろそろ行くか……なにをしていたわけでなく、もう6時に近くなっていた。

 

 

 みんなが旧4と呼ぶ、国道4号に入った。越谷から北、宇都宮までは現在も国道4号なのだけど、それより南の都内へ続く県道49号となったかつての4号が道路としてそのまま一直線でつながっていること、越谷以北にバイパスで新4号国道という名の道路が別にあることから、旧4のほうが通りがいいのだろう。
 新4号がある今も、この旧4もなかなかの交通量で、特に春日部市内など渋滞が慢性的である。だから北へ向かうとき、僕は春日部市内は旧4を通らずまちなかを抜けていくのだけど、今日は日曜日の早朝だ、絶対すいているに違いないと確信していた。
 そしてそれは的中した。車通りなどほとんどないうえ、大型車やトレーラーなど皆無だった。片側一車線の対面通行なれど、こんなに広くて走りやすかったのかとあらためて感じた。舗装だってきれいだ。春日部市内の旧4を自転車で走ったことなどほとんどない。でもこれなら全然ありだなって思う。むしろ春日部のまちなかの細かな信号停止のほうがストレスだ。交差点ごとに設けられた信号、そして連動しているかのように毎々止められる赤は、大型車の大径タイヤが真横をぎりぎり抜けていくことに比べたらマシ、、なだけだ。窮屈さから解き放たれた交通量なき国道は、北上ルートとして最適解だ。

 

 しかしまだ春日部で古利根川の橋を渡ったところ、ロビンソンというイトーヨーカ堂系百貨店から西武になり、今は親娘けんか別れした大塚家具の親父のほうが始めた一棟丸ごと匠大塚を過ぎたばかりの場所ですでに寒さを覚えていた。ここだからまだ10キロも走っていない。服は薄手を一枚抜いたとはいえそれなりに着込んでいるから平気なようだけど、ひどいのは手先だ。寒さっていうより冷たく痛い。早くもじんじんとしたしびれが出ている。凍っているみたいだ。──あれ? 今日って寒いの?
 そんなことだから手をぶんぶん振り回したり指をグーパーしたりしながら走った。でもそんなの一瞬効果があるかどうかだ。なんでこんなに寒いんだ? あったかくなるんじゃなかったっけ、と哀しくなった。僕は輪行で出かけることのほうが多いから、こんな時間から走っていることってほとんどないのだ。まだ日も昇り切らない午前6時台、暖かくなると聞いていた日がこんな空気の冷たさと真っ向勝負しないとならないなんて思わなかった。
 杉戸を過ぎて幸手に入った。ルートはかつての日光街道であり、粕壁(春日部)、杉戸、幸手いずれも宿場が置かれていた場所だ。旧4はまだこの時間でも交通量は少なく、静かで走りやすい。でもペースが上がらないことに気づく。10キロ以上来たしそろそろもう少しペース上げたいなと思うのだけど、そうならない。向かい風でもないし坂でもない。だいたいこんな関東平野のど真ん中を行くルートは、向こう百キロ坂らしき坂がないのだ。沿道の旗やのぼりの類も揺れることがないなか、考えられるのは僕のポテンシャルがいつにも増して低いってことだ。
 幸手のまちを貫くと、その北に桜の名所の権現堂ごんげんどうがある。1キロにおよぶソメイヨシノの堤並木は人気で、シーズン中は周辺どころか幸手市内の旧4までびっしり渋滞する。そろそろその季節だ。そして権現堂を通過するとすでに堤に屋台が競い合うように並んでいるのが見えた。まだ桜は咲いていないけど。
 権現堂を過ぎると旧4は高速道路のような築堤上の片側二車線道路になるので、下の里道に下りる。家々の塀や垣のあいだを抜けるような里道だけど、ここはまさに江戸時代の日光街道だ。サイクリングにはむしろしっくりくる。
 左手を東武日光線が走っている。ちょうど上りの中央林間ゆきが走っていった。昇り始めた日の光を受けて銀色の車体が光っていた。それにすれ違うように南栗橋ゆきが下り線を駆け抜けていった。まだ静寂の日曜日の朝を、高速で走る電車の轟音が引き裂き、行ってしまえばまたもとのとおりの静寂が包んだ。
 旧街道の里道は、旧4を走っていたときよりもさらにスピードが出なかった。舗装も歴然と差があるし、道も細い。ときおりながら車の走る旧4であればその走行気流に引っ張られて多少なりスピードが出るけど、車のまったく通らないここじゃそれもない。田んぼの準備にかかるのか、農耕車が一台すれちがっただけだ。
 スピードが出ないわりに、疲れが出てきたような気がした。
 気のせいだと、自分を丸めこんでみる。寒いからかもしれない。手は相変わらず痛いから。
 しかし僕はどこまで行くというのだろう。本当に行くの? 白河まで行ったら160キロだ。ラーメンを食べたいけれど、なんだかこの走り具合じゃだめなんじゃね? とそうそうに思い始めていた。まだ20キロあまり。幸手から栗橋に入った旧街道の里道は、夏の稲のそろった田んぼのなかをのんびり行くには心地いいけど、長距離の経由路にはあまり適さない気がした。
 栗橋から旧4利根川橋の歩道に入る。そのため利根川の土手上に上がる道を入るのだけど、この道が新しく付け替わっていた。今まで八坂神社の前から上がっていた道はずいぶん大きく迂回させられた。距離にしたらわずか数百メートルなんだけど、とても損をさせられた気分になった。
 利根川を渡る。

 

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 茨城県に入り、古河市内も旧街道で行く。といってもこちらは立派な県道228号である。
 市内の中心街に向かって学校あり住宅あり工場あり、立派な幹線道路だ。7時半に近くなり、だんだんと人があらわれ始めた。車も増えてきた。人の営みが始まったようだ。
 この旧日光街道や旧4、JR東北本線のルートはみな、一度古河市茨城県をかすめる。そして市街地を抜けると野木に入る。そこは栃木県。西を流れる渡良瀬川の向こうには群馬県も張り出したりして、ここ一帯は県境が入り組んでいる。電柱を地下に埋め、景観のいい古河市内の道路を走っていくうちに、野木神社があらわれた。ああ、いつの間にか栃木県に入ってたんだ、と気づいた。やがて東側から大きなカーブで寄り添ってきた旧4に、再び合流した。ここからまた宇都宮までこの道一本で行く。

 

 

 ときどき、何の当てもないときにこの旧4を北上することがある。宇都宮に餃子を食べに行こうとか、ルートを考えるのが面倒だから行けるとこまでとか、大した理由じゃない。それに、ルートにも意味がない。僕が求める物語もない。当たり前といえば当たり前だ。目的地へ向かうためだけの、あるいは北へ向かうために考えのない、それだけの道だから。
 思い出してみると、この旧4北上ルートを走っていて、どうにも乗れていないというか走れていないときが少なくないような気がした。なんでだろう、旧4は交通量こそ多いものの、そんなに走りにくい道だとは思わない。舗装もたいていいつも良い。大型車、ダンプやトレーラーも往来するけど、僕はわりと平気だ。むしろそれらが来れば走行気流でけっこう楽ができる。──はずだ。楽をしているはずだ。なのに疲れたり、ペースが上がらなかったり、挙句、目的地までたどり着けなくて途中でやめてしまうってこともあった。
 一度や二度じゃない。

 

 

 寒い。
 乙女という地名が見える。栃木県南の都市、小山市に入ったのだなとわかる。
 新鮮味はない。旧4越谷、春日部、杉戸、幸手と同様、この野木、小山、下野(国分寺、石橋)、宇都宮と、道は変化にとぼしく、ひたすら退屈に過ぎない。
 ああもうだめだと片隅で思った。休憩したいって思った。8時をまわり、しかしながら僕にとって冷たい空気が包んでいてつらい。手先が痛い。指先の感覚が弱っててブレーキも変速もままならないことが早いうちからわかっていた。それがまだ続いている。日は昇ってきたのに。
 座れるコンビニがあったら休もう。
 僕は気力が激減していて、でも反面、どうしてこんなに気力が落ちてしまうんだろうもうちょい頑張れよと思う自分もいた。気力のせいなのか体力なのか、スピードだって目に見えて落ちていた。

 

 神鳥谷ひととのやで北関東の横断道路、国道50号を横切り、これで小山も半分だなと思う。やっとだ、やれやれ。どんだけ身体動かないんだ……。そして最初に見つけたファミリーマートに吸い込まれるように入った。ふだんなら絶対にあたたかいコーヒーなんだけど、ここ何日も悩まされている胃痛のせいで、コーヒー欲がない。もっというと食欲もない。でも何でもいいから甘いものを口に入れようと探し、プリンならいいだろうと手に取った。あたたかい飲み物はコーンスープを欲したけれど、見当たらず、仕方なしにホットレモンを買った。
 窓に向かってくくりつけられたカウンターの席に腰を下ろし、手袋を外した手を見ると、怒ったフグのようにパンパンにふくれ上がっていた。見た目にたじろぐほどだった。しもやけでもここまで大きくなったことなどないのにと驚いた。
 休憩していたら動く気力がなくなってきた。スマートフォンを眺めていると、自転車で走っているツイートがいくつも上がっている。寒くないんだろうか。ここまで50キロ、白河なんてほど遠い。異国の地のようだ。それよりもこの先走ってどこまで行けるかだって考えられなくなってきた。大田原? 宇都宮? 宇都宮なら何とかなる?
 帰路の輪行に使おうと持ってきた18きっぷはもはや用をなさないと悟った。片道の輪行で使うと白河でトントン、というか実際はほんの少しマイナス。残日数と使い切る日程の計算で、少しのマイナスだったら使ってしまおうと思っていたけれど、白河まで行かないのならもう出番はない。大幅なマイナスまでして使う必要もないんだから。
 そう思うと今日の行程なんてどうでもいいって思えてきた。ふつうにパスモを使って帰ろうって思った。そうなるとわざわざJRに乗る必要なんてあるか? と思う。東武で帰ればいいじゃん、と思った。宇都宮までなら東武宇都宮線が走っている。乗り換えでも、運賃でも、そのほうがメリットがある。そして休憩していたら眠くなってきた。
 東向きの窓に面した席は、ゆるやかな日を受けて暖かだった。しかし僕の手は相変わらずふくれたままだし、この席が暖かいか、あるいはそれを越して暑く感じるんじゃないかって気温であるのがわかるのに、身体が冷えていた。少しずつ解凍するように、寒さから解き放たれていくのを感じるけど、まだまだ冷え切っているのが取れないんだ。また自転車で走っているツイートが流れる。なんでみんな寒くないんだ? 寒いじゃないか、寒いだろう? ツイートを追っているとなんだか負けてる気分になってきた。それから、そう思う自分にやるせなさを覚えた。

 

 30分も経っていた。やっとのこと、無理やり身体を引きずり出した。もう走ることに適していないのがわかった。手の腫れはずいぶん引いて、身体のこわばりも収まっていた。けれどそれでも動く気力がなく、おまけに眠かった。また丸々一週間自転車乗らないんじゃんか何してんだよと自分にいい聞かせて家を出てきた。せいぜいキリよく宇都宮まで行こうじゃないか。東武宇都宮線の終点駅から、電車に乗って帰ろう。それなら何となくハク、、も付くじゃん。そうやってアメとムチを自分に与えた。でもそれが誰に見せるハク、、なのか、自分でもよくわからなかった。
 再び旧4を北上する。まだまだ小山市内の中心部にいる。駅前通りを右に見、JR両毛線の線路を跨線境で越えた。下ると左にショッピングモール。僕が小さい頃は小山ゆうえんちだった場所だ。一度も来たことがないから取り立てて懐かしいこともない。まだ開店前なのか、それほど入っていく車は多くなかった。
 あと25キロもあるのか──。
 僕は宇都宮までの距離をざっと考えてみた。その数字は今の僕の体力や気力やわけのわからん眠気や胃痛で食べられない食欲を思うとうんざりするものだった。
 喜沢の交差点で止まった。
 壬生みぶへ行こうか?
 喜沢はかつて、日光街道とここから西の壬生へむかう壬生道との追分だった。現代も国道4号と壬生道を踏襲した県道18号との交差点だ。
 信号が青になる。僕は、直進した。どこかで、いやいやせめて宇都宮くらいまでは行こうよ、という声が起きた。そのくらい走ろうよと。道は下野市に入った。JR小金井駅も近い。退屈だった。そして苦痛だった。やっぱり、帰ろう、と思った。

 

 

 視聴率の出ないドラマは打ち切りがある。打ち切りの決まったドラマも、途中で放り出すように終えられるわけもなく、きちんと収束させなくちゃならない。脚本家はこれまでのストーリーのなかで語られた材料だけでなんらかの論理立った結末へと導かなきゃならないし、演出家はそれにふさわしいディレクションをするのだ。
 僕は壬生へ向かっていた。
 白河ラーメンも、宇都宮餃子もない今、何の目的もない。そうなったとき、旧4だけで今日のサイクリングが終るってのはいったいどうなんだと思った。
 壬生道はもう行き過ぎていたから、ほかの道で向かう。ガーミンに表示される地図を頼りに、西へ向かった。現在地から壬生の駅までが見える範囲を表示すると道路が小さくなりすぎて要領を得ないし、地図を大きくするとどこが壬生の駅かがわからなくなった。一度広い範囲で見て、方角のイメージだけ植えつけて地図を大きくした。
 車の来ない、おそらくあまり名の知れない道を走った。何度か曲がりつつ行くものの、それがショートカットできそうだったから。道は田んぼだか畑だかのなかを行く。まだ何も植えられておらず耕されてもいないから、それが僕には田んぼなのか畑なのかさえわからなかった。青々としている一面もあった。そんなのがあってもいったい何の植物なのかわからなかった。野菜なのか花なのか、見当もつかなかった。道が曲がりくねって雑木林の脇を抜けると、正面に日光連山が見えた。男体山が、その山容を自信ありげに見せ、センターに立っていた。僕は自転車を止め、その場で降りた。いいじゃん、これで。僕は自転車から何十メートルか歩いて離れ、そこに座って自転車と日光連山を眺めた。壬生駅まであと5キロ弱。いいよ、これで終ろう。自転車を眺めながら思った。まだ朝の9時半だ。こんな時間に輪行で帰るなんていうのも初めてかもしれない。いいよいいよ、これで。眠いし、帰って寝よう。思いっきり昼寝しよう。それから、起きたら、翔んで埼玉でも見に行こう。そう思った。

 

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(本日のルート)