自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

春の太平山と渡良瀬遊水地(Apr-2017)

 前日の茨城県北のサイクリングでずぶ濡れになり、意気消沈して帰ってきたところへ、翌朝は太陽の下で背伸びをしたくなるような晴天になった。そうそう行くわけではない茨城県北で、どうしてこの天気にならなかったかと悔しくてならなかった。でもそれはそれ。だから昨日のルートは再訪すると決め、手っ取り早く気晴らしでもしたくなった。

 こんな青空だったら、空ができるだけ広いほうがいい。まず真っ先に思い浮かんだのが渡良瀬遊水地だった。

 谷中湖の駐車場に車をつけ、自転車を下ろした。近くまでせまった山が白く萌えているのが見えた。木々の新芽に違いない。いちばん近くに見えるのは太平山か──。太平山に、行きたくなった。


(本日のルート)

 もともと、好天のもと、軽くひとまわりくらい走ることができればいいなと思った。車の入らない、広い谷中湖の道を太陽を浴びるようにひとまわりふたまわりできれば。でも、太平山の彩りを目にすると欲がわいてくる。

 結局、谷中湖へは入らずに、渡良瀬遊水地の土手上の道を選択した。



 今日はフラットペダルにスニーカーだ。

 別にペダルに不具合があったとか、自転車に不具合があって別の自転車を持ってきたとかじゃなく、昨日の雨中サイクリングでびしょ濡れになった靴が乾いていないのだ。まあ流すだけだしと思ってペダルをフラットペダルに取り換えて、車に積んだ。

 そんなわけで、ペダルが足にくっ付いてこない感覚がある。特に立ち漕ぎをすると顕著だ。おまけにスニーカーの底が滑るもんだから、あわてて力をかけたりすると踏み外しそう。慣れないと。

 JR両毛線岩舟駅まで走ってひと休みした。無人駅になった今も、木造駅舎が残っている。日が差し込まない駅舎は薄暗く、じめっとした感じ。でもそれがいい。駅舎内に列を作ってあったベンチはなくなり、壁伝いに「コ」の字状に作り付けられた木のベンチだけが残った舎内はがらんとしている。飲みものを持ってこなかった僕は、ここで缶コーヒーを買って駅舎の天井を眺めていた。

 岩舟から大平下のあいだの道が僕は大好きだ。今日みたいな日はここを目的にも走るし、鹿沼や日光や、そういった北の方面へ向かうときは経由地にも使う。四季それぞれいつもよくて、春から秋にかけては広い田園が緑に染まる。稲が刈られたあと、春を迎えるまでのあいだの冬枯れの風景もいい。そのなかを一時間に一本の両毛線が走り抜けて行ったりすると、運の良さを感じる。

 田園は今まさに、田植えの準備のため田んぼを作っているところだった。みなで田んぼに出て、耕して、土に空気を入れる。これから連休には田植えが始まり、夏は緑のじゅうたんが見られるようになる。秋になれば黄金色に一面が輝く。その準備で今はまだ土の一面だ。そう言いながらも、田園の半分は今まさに、緑のじゅうたんになっていた。麦だ。区画を分けて植えられた麦が、ぐんぐん伸びている。まだ青々とした麦穂が、風に揺らぐこともなくまっすぐ空を向いていた。

 大平下の駅を通ったとき、ちょうど小山行きの列車が入ってきた。かつては三線あった駅もレールが取り外され、一線のみの駅になった。使われなくなったホームは荒れて、雑草がところどころ生えている。すべてを埋め尽くしていないのは、そのホームが雑草には不適だからだろうか。踏切が鳴り、追い越していく列車を見て、今日は運がいいと思った。


 遠目から山肌が白くおおわれて見えた太平山も、そこへ上る坂道に入ってみると目立たなかった。新芽の個々はとても小さなもの。近くに寄れば寄るほど、目立たないのかもしれない。

 下皆川林道が終わり、謙信平への駐車場へ向かう。ここの斜度は極端だ。いつも立ち漕ぎをしないと上れない。しかし今日は立ち漕ぎをするたび、ペダルが足から離れる。ビンディングペダルではない、いつもと違う感覚のまま、坂を上った。



 桜のころと、紅葉のころは渋滞が起きるここも、それ以外は落ち着きを見せる。とはいうものの、結構な人出だ。真冬が閑散としているのは当然かもしれないけれど、さまざまな観光用途があるのだろう。登山道も整備されてハイキングもあり、車でも上ってこられるからピクニック感覚もありだ。もちろん自転車だって。

 春霞が薄くかかりながらも眺望はよかった。ビル群が見える、どこだろう。スカイツリーと思しきものが発見できないから、都内ではないのだろうか。もちろん冬の空気の澄んだときなどは都内までじゅうぶん見通せると聞く。茶屋で団子と玉子焼きを買い、ござの敷かれた縁台で食べた。風がほんの少し冷たい。団子も玉子焼きもやわらかくて美味しい。


 帰りは来た道を引き返した。

 岩舟の駅まで戻ったとき、そこから先をいつも使う県道ではなく、路地みち里みちを散策してみたくなって、ガーミンの地図を拡大し、それを頼りに走った。入り組んだ里みちは田んぼのなかを進んだり、林のなかに分け入ったりした。一本として貫いた道がないから、突き当たるそのたびに道を探して選択しながら進んだ。それはとても楽しいうえ、走りやすい道も多かった。アレンジすればふだん使いにも使えるコースだった。佐野から藤岡はダンプ街道、その道を走る距離は短いながらも走らずに済むならそうしたい。だから今回の散策した道をアレンジしてみようと思った。


 谷中湖への帰り道、行きに使った渡良瀬遊水地の土手上の道ではなく、渡良瀬川沿いの道を選んだ。どこかの原野に迷い込んだような不思議な空間。僕の大好きな風景。青空のなか、どこだかわからないけれど、ひばりがあちらこちらでさえずっていた。


*****


広々とした谷中湖はすでにたくさんの自転車が走っていた


岩舟駅でひとやすみ、妙に落ち着く


岩舟駅の改札口からホームを望んでいると、列車を待ってみたくなった


太平山に上り、団子を食べる


ついでに、たまご焼きも食べる


団子もたまご焼きも、どちらも柔らかくてい美味しかった


麦畑のなかの道と、東武電車


渡良瀬遊水地のなかの道は、関東とは思えない