自転車旅CAFE

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散策途中下車‐18きっぷ鉄道旅・ぐるり上信越(2)

(その1から続く)

 

 長野から3時間近く乗ってきた飯山線をここで降りた。十日町

 

(本日のルート)

 ほくほく線も乗り入れているこの駅ならあとの行程にも幅ができるので途中下車を決めたのだけど、もうひとつ、へぎそばを食べに行こうと思っていた。十日町小嶋屋と呼ばれる、駅から10分ほどの小嶋屋本店である。

 越後湯沢の中野屋、土市にある由屋など、近くに行く機会があればへぎそばを食べに寄っていた。それぞれに味があるから面白い。変わったところでは群馬県湯檜曽にある角弥。ここまでへぎそばの文化があるとは。そばに詳しくはないのだけど、こうしていろいろなところで食べられるのは楽しい。

 

 十日町の駅周辺を歩く。

 十日町はいかにもお役所的な鉄筋コンクリートの駅舎で、ロータリーではタクシーが止まって客を待っていた。飯山線ほくほく線が乗り入れているけれど、いずれもそれほど本数の多い路線ではないから、列車が来る時間にならないとタクシーも出番がないみたいだ。

 駅に入ってくるバスは南越後バス。銀色のボデイに赤い帯が入った塗装は東急のバスを思わせる。型の古いバスが走ってくると、妙に懐かしい気分になる。

 十日町は商店街が駅前通りと、鉄道と並行する国道117号沿いにあって、歩道に軒を張り出すように商店が並んでいる。ふたつの通りがちょうど真ん中あたりで十字に交差して商店街を形成している。地方都市の駅前の光景にあるシャッターを下ろしてしまった店も見受けるし、そうかと思えば新しめの雑貨屋やパン屋もある。酒屋が今ふうの店がまえで日本酒の銘柄を並べている。衰退と始動、維持の混在。

 国道の角を曲がって国道沿いの商店街を歩くとこちらのほうが若干ながら活気がある。こうやってみると車社会なんだなとつくづく感じる。この国道117号はむかしからの街道筋で、今どきのバイパスではない。商店街も郊外の大型店舗のスタイルを取っている店はない。今はバイパスがあるわけではないけど、例えば信濃川の対岸にバイパスなんかできてしまえばここの商店街だって一変してしまうんだろう。

 国道沿いの一店が小嶋屋本店である。

 へぎそばとは、何人前であってもその大きさのへぎ(片木)と呼ばれる木枠のざるに人数分のそばをひと盛りにすることによってその名がついたので、一人前をもりそばの形態で頼むのはへぎそばとは呼ばないのかもしれない。でもいくつかのそば屋で説明を読むと、木枠の説明ののちに「ヘぎそばは、そばのつなぎにふのりを使い……」とどこでも書かれていて、じゃあいったい一人前のふのりを使ったもりそばを何と呼ベばいいのかよくわからないけれど、僕はここでへぎそばと呼ぶことにする。

 独特の風味を味わう。中野屋、由屋より軽く感じる触感だった。ふのりを使ったそばのつるっとしたのど越しはときどき食べたくなる。そしてこうやって食べに来る。こんなふうに店によって味が異なるのなら、今度は小嶋屋総本店のほうに行かなきゃいけないなと思う。店は旧川西町にあるから、自転車を持ってくるかか車じゃないと行くことができない。

 へぎそばと舞茸の天ぶらを楽しみ、そば湯も二杯飲んだ。店を出て時間を見ると20分後にほくほく線がある。今度の飯山線は1時間以上あく。商店街も楽しんだし、喫茶店もあるのかないのか、入るにしてもあいにく今日は本など持ってきてないので時間を持て余しそうだ。そんなわけで18きっぶ外の300円を支払って、ほくほく線に乗ることにした。

 

 

 ほくほく線の列車は聞き慣れない「超快速」の越後湯沢ゆきだった。

 超快速とはまた……、超特急の快速版だろうか。超特急さえ最近じゃ耳にしないけど、特急だと特別料金がいる列車になってしまうから無料の快速か。停車駅を見てみると、直江津を出るとここ十日町と終点の越後湯沢だ。松代も六日町も止まらない。かつてここを走っていた特急「はくたか」の停車駅か? すごい列車があるものだ。

 驚きつつもふと冷静になる。──六日町に止まらないのか。塩沢にも石打にも。越後湯沢は途中下車の魅力をそれほど感じない。でも途中止まってくれない。六日町か、上越線のどこかの駅で途中下車しようかと思ったのだけどそれはかなわない。メリットとすれば上越線清水トンネル越えの一本早い列車に乗れるだけだ。時間をつぶしてでも飯山線を待つべきだっただろうか。しかし手のなかには券売機で買った300円のきっぷがすでにある。これがもったいない。

ほくほく線には乗ったことがないのだし……」と自分を納得させ、高架上にある立派なホームヘ上がった。10分前。ここまで飯山線に乗ってきたせいもあって、ホームで待っている人の数に驚いた。

 

 もともとほくほく線は鉄道利用者が多いのか、十日町という街が鉄道利用者が多いのか、乗車口の目標に向かって列ができている。勝手ながら、こんなに混むんじゃ1時間待って飯山線に乗れば良かったかな、などと思った。

 乗り込んだ電車は十日町を出るとすぐにトンネルに入った。トンネルは直線で長く、途中に駅もある。超快速は通過した。

 車内にはからくり仕掛けがあって、トンネルを走行中、照明を落として天井に映像が繰り広げられた。こういうのもプロジェクション・マッピングと言うのだろうか。あまり関心がなかった僕は記憶に残ったわけじゃないけれど、後半は花火の映像が繰り返された。長岡の花火だろうか。

 映像も終わり、トンネルを抜けると六日町で、左から近づいてくる上越線の線路に合流した。ほくほく線のホームは通らずそうそうに上越線の本線に移り、そのホームも通過する。そういう列車なのだから当たり前だけど、あらためてびっくりした。

 それから先の駅もみな飛ばしていく。僕は沿線に見えるスキー場を左右に眺めていた。八海山、上越国際、スポーツ振興石打、舞子高原、石打花岡、石打丸山、──みな僕がスキーに行っていたころの名前だ、もう変わっているところだってあるかもしれない。左手に残骸となって草や木に覆われ始めているとファースト石打も見えた。

 右手にスキー場専用の新幹線駅、ガーラ湯沢が見えてくるころ、列車の自動放送が流れる。あっけなく越後湯沢まで運ばれてしまった。軽快で高速の電車が速度を落とし、渡り線を渡って端のホームへ入った。

 乗客があわただしく降り、階段を上っていく。新幹線の時間が近いのだろうか、まさかとは思うが……、僕は人波が一段落したあとゆっくり階段を上る。上越線への乗り継ぎ時間は13分。一度改札を出て、構内を冷やかそうかと思うも、何度か足を運んでいる場所でもあり、乗り継ぎ時間の中途半端さもあり、改札は出ずに上越線の上りホームの階段を下りた。

 そこには同じ列車を待つ、ドア位置ごとの列が出来上がっていた。

 

 

 清水トンネルを真新しいステンレスの電車で越えている。最後まで残るかと思っていた国鉄時代からの115系は姿を消し、新潟地区に投入されたE127系だった。乗っているぶんには関東地区で走るE233系と変わりがない。窓外の風景の、雪と急勾配と古めかしいトンネルだけが変わらぬままここにある。

 真新しいステンレスの電車は長岡からやってきた普通列車だ。越後湯沢にやってきたときにはすでに大半の座席は埋まっていた。できるだけ早くからこの列車に乗れば席も確保できただろうけど、ほくほく線超快速に乗ってしまった以上、越後湯沢で乗り継ぐほかなかった。そしてほくほく線からの乗り継ぎ客もずいぶん多かった。

 日が大きく傾いた雪景色も、つり革につかまった窓から眺めるほかない。大きく身動きも取れる状況じゃないから、上越線上りのループ線を楽しむどころか、土樽、土合、湯檜曽といった途中停車駅を眺めて楽しむこともままならなかった。

 湯檜曽を出ると車内はにわかに動き出した。まるで大きな展開が始まる直前のサイクルロードレースのように。みな徐々に扉に向かってにじり寄る。座っていた客が立ち上がり荷物を持ってこれに加わる。ゴールスプリント前の位置取りのようだ。列車がホームにかかると一気に殺気立った。

 東北本線黒磯駅東海道本線大垣駅などでも見られる光景。僕は車内の雰囲気を察知した時点でその争いを棄権することにした。7分接続の高崎ゆきを見送り、水上駅の改札をくぐった。

 

 午後4時、もう太陽は山の陰に隠れて街は薄暗い。空が青いだけで時間は早くも夜へと移行している。そして寒い。この季節、およそ午後3時をめどに一気に気温が下がるように思う。

 線路沿いを歩いていくと、大きな三脚を立て脚立に乗ってカメラを構えている人たちが何人もいた。ちょうど発車した高崎ゆきの115系電車をみなカメラに収めている。この30分前にSL列車が運転されていたから、その写真を撮っていたんだろう。残ってそのついでで写しているのか、ここの115系もいよいよ最後だと写しに来ているのか。115系が最後なのかどうかは僕は知らないけれど、中央本線からも消え、今日新潟地区からも姿を消していることを知った。両毛線も211系が入って見かけなくなってきたし、そろそろ全廃となっても不思議じゃない。

 利根川を橋で渡って古めかしい温泉街に入る。狭い路地に温泉旅館がひしめく構図だけど、今や残っているのは数えるほどだ。廃業した旅館は置き換えられることなどなく、往時の雰囲気すらなくただ朽ち果てるようにそこに残っているだけ。115系電車のように、置き換えられて消えてなくなるものじゃない。

 温泉旅館は国道沿いにあるところのほうが元気だ。ここだってやっぱり車が中心。どこの旅館も駅前に送迎のマイクロバスを──それこそ至極短距離であっても──出しているけれど、それすら乗るのが面倒なのだろう。誰もが車で来館できることを期待している。

 ゆっくりと、温泉街をひとまわりし駅へ戻る道をたどった。いつの間にか、震えるほど寒い。街ももう夜だ。そろそろ1時間後の列車が来るだろうか。暖房が効いていればいいな。

 駅からの線路端で写真を撮っていた人たちもすっかりいなくなった。駅の待合室に戻ってみるとそこそこ人がいる。多くはこの時間に合わせてやってきた人だろうけど、僕と同じように清水トンネルを越えて乗り継がずあえて一本遅らせた人もいるようだ。列車入線の案内放送が流れ、僕はホームに出た。高崎からの列車が入ってくる。この列車もまた、115系電車だった。