自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

湯田中自転車紀行(1)/計画・準備偏(Apr-2018)

 決まっているのは、長野県湯田中の温泉旅館──。それだけ。
 あとはすべて自分で考える。セルフ・プロデュース、セルフ・プレイング。

 

f:id:nonsugarcafe:20180423222318j:plain

 

 

 さかのぼれば2年前、僕には数少ない自転車趣味人が集まる宴に呼んでいただいた。その席で、泊まりでサイクリングなんかもいいよねって話題が出たものだから、
「みんなで集合して走って夜宿泊するんじゃなくて、夜宿泊するところだけ決めて、その日一日みんな自由に走ってくる。夜集まったところでその日のサイクリングをみんなで語るっていうのも楽しいです」
 というと、もともとひとりでサイクリングを楽しむことに長けた人の集まり、それがみんなの琴線に触れた。幹事のHさんはその週のうちに福島県湯野上温泉の温泉民宿を予約するスピード感で、数ヵ月後、実施するに至った。みんな面白いようにいろいろな方面からやってきて、夜はたくさんの旅の話が聞けた。
 そして今年。
 合宿、と称していた。久しぶりにいただいたその連絡は、「またやります。候補地を募集します」というものだった。
 みんなからさまざまな候補地が集まったよう。僕も何箇所かの候補地を挙げた。そして長野県、志賀高原のふもとの湯田中温泉に決めた、と連絡をもらった。

 

 この旅は、合宿地と呼んでいる宿泊場所の設定が肝心である。
 どうしたってこの道で行くしかないって場所になると、集まった夜の話題がみな同じになってしまう。自宅から向かってそのために距離から時間を逆算するようなガチ走りという面々ではなく、そこへ向かって輪行して自身の興味を選んでめぐってくる人々だから、見どころが極端に離れて点在するのもうまくない。複数の方角からやってくることができて、見どころもいい具合の距離でいくつもあるといい結果を生む。
 だから思い返してみると、結果的に今回の湯田中という場所はじつに具合のいい「合宿地」だった。
 僕は残念ながら挙げなかった場所だけど。

 

 

 行きの最終的なカードは二枚まで絞り込んだ。
 帰りは一枚。
 ここも、あそこもと選びきれず、泣く泣く絞り込んでいったという積極的動機じゃなく、ここは難しいな、とか、ここはいやだな、とか、消去法で残って行った消極的動機といってしまえばそうかもしれない。

 

 4月21日から22日にかけた週末。
 おりしもその前日、4月20日に渋峠を越える国道292号・志賀草津道路が長かった冬季閉鎖を解除し、開通する。例年、自転車乗りはこぞって開通したての国道最高地点と、左右に積み上がった雪の壁を楽しみに出かけるのだ。志賀高原のふもとにある湯田中なんて渋峠越えのかっこうのゴールになりうる。これは幹事さんうまく案じたなとひとり笑った。日程が先だったのか合宿地が先だったのか知らないけど、このぴったりのタイミングに企画を置いた見事さにうならされた。
 ──でも僕は行かない。
 どうもここのところ、人がこぞって出かける場所に、興が醒めている。時季を先取りしたり、ムーブメントの先陣を切ったりということをしても、そこに同じ意思を持つ人があふれかえることになれば、抵抗すら感じるよう。ひねくれているだろうか。いや確かにそうかもしれない。僕は、ひねくれている。
 渋峠は、その美しい山はだに芸術的に描かれた道路に、うずたかく積まれた雪、除雪車できれいに処理された美しい垂直の壁が、この時季、ゴールデンウィークくらいまでの最大の魅力だ。しかしながらその雪の壁に沿って自転車が止まり、あるいは車が止まり、カメラに光景を収める人が並んでいる絵を想像する。道の芸術的機能美より、誰もが同じようなことを、並んでやっている光景が浮かんでくる。そこで写した写真は美しいに違いない。でもその光景を想像眼で俯瞰したとき──ちょうどそこでドローンを上げたように──、僕はこの渋峠のカードを捨てた。

 中央本線で行くというアイデアも意外性があっていいなと思った。
 早速地図を出してみる。
 僕の頭のなかにある位置関係が、無理やりねじ込んだ、形のあっていないジグソーパズルのようであることを知った。僕は東西関係で、小淵沢から東へ向かえば上田か坂城あたりなんじゃないかと想像していた。諏訪湖の東に線を引けば、長野に伸びるんじゃないかと思っていた。
 でも実際は、小淵沢の東にあるのは佐久であり軽井沢だった。諏訪湖からさらに北へ行った松本から東へ線を引いても、それは上田だった。逆に長野から西へ線を引くと、そこは大町だった。
 輪行で松本まで行くのはさすがに時間がかかる。じゃあ小淵沢からだとどうなんだろう──、僕はルートをいくつか引いてみた。美ヶ原高原のあたりを抜けて、長野市内方面へ向かう。そこからさらに湯田中へ。するとその距離は200キロ以上になった。もう僕の距離ではない。山岳での獲得標高にしてもそうだ。
 僕はこのカードも捨てた。

 

 残ったカードは、
高崎駅起点、二度上峠、北軽井沢、嬬恋、鳥居峠、菅平、須坂コース】

f:id:nonsugarcafe:20180423234409j:plain


【横川駅起点、碓氷峠軽井沢、小諸、上田、新地蔵峠、松代、須坂コース】

f:id:nonsugarcafe:20180423234246j:plain

だった。

 

 どちらも距離が百キロを超えてしまった。
 これは僕にはきつい。しかも今回は一日走り切ればそれでいいってわけじゃなく、翌日にだってある程度の余力を残す必要がある。
 でもなぜか佐久平や上田まで新幹線で行こうとは思わなかった。それらの街は国道18号でつながった街。僕には地方都市の印象が強くあって、その都市は車社会で成り立っていることを想像させた。そのなかを自転車で走ることが、僕を消極的にさせた。
 もちろん二度上・鳥居の両峠で向かうルートも高崎という都市を、松代から向かうルートもまさに軽井沢、小諸といった都市を通過するに違いないのだけど、印象が違った。できれば車の走りまわる都市を避けたいって思った。
 ただもちろん、最後まで僕の興味をかき立てるルートが他にないだろうかと探ってもいた。

 

 僕の意思は横川から松代へ向かうルートに固まりつつあった。それは松代の町なみに期待が大きいとか、真田の雰囲気や、きわめて濃いといわれる松代温泉に興味がわいたとか、そういう積極的動機は多くを占めてはいなかった。高崎から二度上、鳥居を越えるルートが、そのプロフィールにとんでもない獲得標高をもちあわせていたからだ。もうひとつは気温。4月もようやく下旬になる時期、千三百メートルを越える両峠や菅平という地ではどういう服が必要なのか、いつまでも決められなかったから。宿泊サイクリングを前提に考えれば荷物をやみくもに増やすことも得策じゃない。

 

 週末が近づくにつれて確度の高い天気予報が出始める。
 そして予報は、夏のような気候になるといっていた。
 これによって服装の悩みは解決した。25度を超え、場所によっては30度になる予報は、夏の恰好にウィンドブレーカーで問題ないと確信した。
 あとは標高、つまりどれだけ上るかだ。これはもう物理的な数字は変わらない。上るか上らないか、どうするかという自分自身の意思だけだ。
 道は、都市部を通らない二度上峠、鳥居峠の道のほうが魅力的だ。

 

 

 二日目には、大した計画を立てていなかった。
 全体の行動予定がまずわからなかったから。前回、湯野上温泉に宿泊したときは半日、塔のへつりに行き、それから大内宿を訪ねるサイクリングになった。今回はどうなのか。
 聞いてみたのだけど特に予定を組んではいないという。
 じゃあ朝からみんながバラけるという前提で、計画を簡単に立てておこうか──。

 

 すぐにひとつ思い出した。
 僕はかつて、18きっぷを使って飯山線に乗る旅をした。

nonsugarcafe.hatenablog.com


 それからずっと、この車窓で見た道を走りたいって願望を持っていた。最近、少し忘れかけて薄らいでいたけど、地図を見ていたら思い出し、よみがえってきた。
 ひたすら飯山線に沿って進む。
 それだけで、もうめちゃいいルートじゃないか──。

 

 へぎそばを、十日町で食べられればいいかな──。
 そば屋をルートに組み込んだ。

f:id:nonsugarcafe:20180423234247j:plain

 

 

 思い返してみたら、大容量サドルバッグを手に入れてから初の宿泊サイクリングである。
 前回の湯野上温泉ではディパックを背負った。
 それから宿泊をともなうサイクリングには行っているものの、アクセスに車を使い、ベース地までそれで行くものだから、サイクリング時の荷物はむしろ輪行日帰りより少ない。だから大容量サドルバッグを使って、行程ぶん一式を詰め込んで走るのは初めてだ。
「こんなに小さいの? なにか忘れてないか?」
 荷づくりを終えたとき、思った。
 宿での着替えが下着とTシャツとハーフパンツ。身のまわりは電気シェーバー、スマートフォンの充電ケーブル、鼻炎の薬と塗布タイプの消炎鎮痛剤。洗面用具やタオル類は宿にあると期待した。それらをひと袋にまとめて入れた。これと一緒に輪行袋を大容量サドルバックを入れて、おしまい。
 きわめて小さい。
 標高が高くて気温差が大きいと予想される日や、計画当初から温泉によって全部着替えて帰ろうってときの準備した荷物と比べても小さい。伊豆大島に船中一泊の日帰り旅をしたときも、サドルバッグはもっと大きくなっていた。
 不安になる。でもきっと、持ちものが全部夏仕様だからだ。長袖や、厚手のものがひとつもないからそうなんだろう。

 

 

 早朝、高崎線の下り始発列車に乗った。
 ガーミンには二度上峠、鳥居峠、菅平ルートと、松代ルートを両方とも入れてきた。どちらも乗る列車は変わらない。前者ならこのまま終点高崎で降りればいいし、後者は数分で接続する信越本線の横川行きに乗り継げばいい。
 へぎそばを思い描いた二日目だったけど、直前になって、ラーメンが食べたいなどと思い始めた。長岡ラーメン、どこだっけ、そう、青島食堂。一度車で行ったことがある。が、もう場所も忘れている。調べると信越本線上越線の合流駅、宮内だった。そこまでルートを引き、予想以上の距離の伸びに驚きつつも、ガーミンに入れた。

f:id:nonsugarcafe:20180423234248j:plain

 

 今日集まるメンバーの情報が続々ツイッターに流れる。新幹線に乗った、長野で降りた、飯山まで行く。──なるほど飯山からアプローチする手があったか、そんなことを思う。
 終点、高崎に着いた。降りよう。降りてまず、朝ごはんを食べよう。

 

湯田中自転車紀行(2)/二度上峠・鳥居峠・菅平編へつづく