自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

米を見、米を食う - 魚沼スカイライン/後編(Sep-2019)

前編から続き

 

 魚沼展望台は魚沼スカイラインのなかで最も高い場所にある。魚沼盆地を一望でき、石打、大沢、塩沢、六日町と魚野川流域にだんだんと広がっていく日本の穀倉地帯の風景が手に取るようにわかる。それと同時に六日町や十日町の展望台ではなかなか見えなかった、湯沢町へと続く風景も見ることができる。山々に囲まれて徐々に狭まっていく平野部をやがて飲み込み、その背後に壁のようにそびえるのは日本の屋根だ。連なる山の稜線は中央分水嶺を結ぶ線でもあり、向こうは太平洋側ということだ。
 僕はしばらくこの景色を眺めていた。
 たいして人の来る場所じゃなかった。僕がここに着いたときにすれ違い帰って行った老夫婦と、車でやってきてiPadで写真を何枚か撮ったらすぐに出ていった中年夫婦がいたくらいだ。あとは僕ひとり。長々と何をしているのだろうと思われたかもしれない。あるいはこんな景色をただ眺めて何か楽しいのだろうかと思われたかもしれない。展望台とはいえ何があるわけでもなく、遠望できる風景を左から右へひと通り眺めたらだいたいはそれで終り。みな帰っていく。それにもともと魚沼スカイラインなんてそう人の来るところじゃない。
 僕にとっては最後の展望台だ。ここを出たら魚沼スカイラインをひたすら下り、十二峠へ出るだけである。魚沼盆地を俯瞰するのは、展望台からも道端からも、もう最後のポイントなのだ。
 とはいえ日陰もない展望台にい続けると干からびそうである。ボトルの水も僕のミスジャッジによってそうそうに底をついてしまったし、お腹もすいてきた。あとは下りだからと安心してしまっている部分もあるけれど、石打の町に下るにしたってそれなりに距離がある。補給なし残体力だけで走る必要がある。となれば長居も適当じゃない。それに店によってはランチタイムが終っていったん閉めてしまうかもしれない。時計は午後1時をまわっていた。
 下ろう。

 

(本日のマップ)

 

 

 下りにかかった魚沼スカイラインは、山の稜線から十日町側に駆け下りる。つまり西側斜面を下っていく。広がる魚沼盆地はもうまったく見えなくなり、とはいえこちら側は信濃川流域の十日町盆地からずいぶん距離があるものだから、山あいの窪地に向かって下っていくことになる。しばらく下っていくと、連続する入り組んだ山の斜面の一角に集落があるのが目に留まった。と同時にこの急坂魚沼スカイラインに沿って水田があらわれ始めた。平地なんてほとんどないからもちろん棚田状に。この山の斜面に田んぼを作るということは、平地とはまったく違う苦労があるんだろうって想像した。それでもどの田んぼも稲は金色に輝く穂を付け、重々しく穂先を垂らしている。こういう山の斜面ひとつひとつでもニッポンのコメを支えている。さもふつうに、この実りの光景を見せてくれている。
 下り切ると国道353号に突き当たった。ここが魚沼スカイライン十二峠口、県道560号田沢小栗山線でもあるこの道の起点である。
 そういえば県道560号をあらわす六角形の路線番号標識は、全線中一度も目にしなかった気がする。魚沼スカイラインという通称があるから、まあそれでいいのか。

 

f:id:nonsugarcafe:20190907132059j:plain

f:id:nonsugarcafe:20190907132740j:plain

 

 十二峠は国道353号の南魚沼市十日町市とのあいだにある峠で、現在はここを1キロ以上に及ぶ長いトンネルで越えている。
 魚沼スカイラインの十二峠口はこの十二峠トンネルの西側に位置する。北端の八箇はっか峠口が八箇トンネルの東側に位置することから、僕は魚沼スカイラインを走破することで、魚沼丘陵を東から西へ越えたことになる。わざわざ20キロもかけて。
 十二峠トンネルを抜け、国道353号を石打に向けて下った。トンネルを抜けても国道にはスノーシェッドが連続していた。雪国でよく見かける構造である。スノーシェッドに守られながらつづら折の山道を下っていく。出ては入り、いくつかのカーブをこなして、やがてスノーシェッドから飛び出した。
 瞬間、日差しを背中全体に受けた。気温がそれまでより明らかに高く、空気が重く湿っていた。十二峠トンネルに入る前が標高およそ500メートル、一連のスノーシェッドを抜けた場所は標高350メートル。町なかに出ればきっと250メートルくらいになるだろう。魚沼丘陵の稜線上にいるときとは明らかな気温の差を感じた。今日はこんなに暑い日なのか。過ごしにくい夏の空気だった。
 いよいよ石打の町なかまで下ってきた。久しぶりの信号は、雪国らしい縦三連の信号機だった。

 

 昼食で食べた生姜焼き定食は、米が釜炊きのコシヒカリで豚は越後豚だった。魚沼スカイラインで米の大地を見ながら走り、米を食べようと思った。それを食べることができて満足だった。米が美味しいところと思って店に入ったら、見事そのとおりながら豚も同等に美味しかった。つける必要はないのだけど、甲乙つけがたかった。食べていて主役がどちらなのかわからなくなってしまった。
 ともかく、米を見て、米を食べた。僕は満足した。

 

f:id:nonsugarcafe:20190913211924j:plain

 

 

 米の大地に僕はいた。
 どこまでも稲田が続き、どこまでも黄金色の稲穂が続いていた。傾きかけた日がやけに色味鮮やかに稲穂を映し、輝かんばかりだった。僕は田んぼと田んぼのあいだのまっすぐな道を走った。僕のところの関東平野にだってもちろん一面田んぼの続く光景が、それこそどこにでもあるはずだった。でもなぜか違うものを見ているようだった。同じ水田ながら同じようには感じなかった。それは米の品種などによる物理的な色や形や稲そのものの違いなのかもしれないし、日本の米どころたる本物の田んぼにいるというバイアスのかかった視覚の問題かもしれない。でもそれがどうであれ、ともかく僕は驚きのなかにあった。
 まっすぐな道の真ん中に、自転車を置いて僕は座ってみた。そうやって目線を下げることで、稲たちはいっそうすご味を増した。豊穣の素晴しさをまざまざと感じた。いっそこのままアスファルトの上に大の字になって横になってしまいたかった。でもいつ車が来るとも限らない、さすがにそこまではやめておいた。青い空が本当に真っ青に、深いほど広がっていた。

 

 ここをこうして走っているのは、魚沼スカイラインから俯瞰したとき、この広大な稲の大地をみずから走ってみるべきなのだろうと考えたから。僕は石打で食事をし、塩沢に向かうまでのあいだ、魚野川周辺をあちこち走って回った。
 黄金色に見えた大地も、こうやってじっさいなかに飛び込んで見ると、田んぼ一枚一枚みな色が微妙に違うことを知った。明るい黄の強いものから少しくすんだ茶褐色のものまで、さまざまだった。すべてがコシヒカリだなんて思うのは浅はかだよなとこの段になってはじめて笑った。食用米にだって品種はあるだろうし、うるち米もあればもち米もあるはず。それに有数の日本酒の産地でもあるのだから、酒米だって多種作られているに違いない。そう考えると僕は何も知らないことを知った。

 

f:id:nonsugarcafe:20190907151006j:plain

f:id:nonsugarcafe:20190907151124j:plain

 

 どこまで行っても田んぼで、どこまで行っても稲穂が垂れていた。ときどき、すき間に申し訳程度にそばの花が咲いていたりした。家は、中越豪雪地帯の特徴的な一階部分がコンクリートの、縁の下をかさ上げしたような形が多く、みな車を止めたり農機具を置いたり除雪機を置いたりしていた。見るからに大きなお屋敷もあった。それが田んぼの中心にあり、高い塀や垣根で囲まれ、それ越しにでも見える大きな瓦屋根が豪農をイメージさせた。大百姓。そんな風景が続く魚沼盆地の大地を、あちこち思うままに走った。
 日が傾いた。オレンジ色に変わりつつある陽光に照らされ、稲穂の大地がさらにまばゆさを増した。そろそろ駅に向かおう。
 最後の18きっぷで帰る。これから帰るのだから夜になってしまう。僕はおにぎりを買い、それを車内で食べることにした。塩沢に、魚沼の米を使ったおにぎり屋があるのを覚えていた。輪行前にそこに立ち寄ろう。

 

f:id:nonsugarcafe:20190907155106j:plain

f:id:nonsugarcafe:20190907160748j:plain

f:id:nonsugarcafe:20190907161720j:plain


「暑かったでしょう、一日」
 おにぎり屋のおばちゃんは僕にそういった。「ここにいるだけでももう暑くて暑くて」
 冬の豪雪の光景でよく知られる場所だから意外だけど、フェーン現象だったんだろうか。そういうときはこの一帯、下手をすりゃ関東平野内陸部よりも暑くなる。
「魚沼スカイラインに行っていたんですが、上にいたときは多少マシでした。下りてきてから確かにかなり暑いですね」
「そうでしょ、昨日からなのよ」
 僕は焼タラコとかぐら南蛮味噌と塩むすびを買った。塩むすびは外せない。
 それから旧三国街道を通って駅へ向かう。ここはかつての塩沢宿。景観保全でかつての宿場町のムードを残そうとしている町だ。といっても馬籠や奈良井や海野や大内みたく当時からの建物がすべて残っているわけじゃないから、景観条例を作って統一感ある町並みを再現しているんだろう。映画のセットみたいだといえばそうかもしれないけど、これはこれでいいなと思う。夕日に照らされた町があかね色に染まっていた。すっかり影が伸びている。人通りはほとんどなく、通りを行く車は家路に向かっていた。通りに、まだ看板の出されているカフェを見つけた。看板の影も長くなっていた。立ち止まって時計を見た。列車までまだ40分あるようだ。コーヒー、飲んでないな──。僕は自転車をそこに止めた。

 

f:id:nonsugarcafe:20190907162541j:plain

f:id:nonsugarcafe:20190907163203j:plain

f:id:nonsugarcafe:20190907170430j:plain