自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

土星、ドーナツ

 小学生の時同級生に天体望遠鏡を持ってるから今夜星を見ようと誘われた。僕には彼が星に関心を抱くきっかけのひとつも見つけられなかったので──チャリのハンドルを変な向きにしたり、オッサンがしそうな金縁のサングラスをかけたり、空き地でロケット花火を上げるようなやつだから、なぜ天体観測かと疑問だったけど、でも行くことにした。待ち合わせの場所に重たそうに持ってきたので、仕方なく校庭まで運ぶのを手伝って、それだけして見たのが月の表面だった。目に見えてるものが単に近く見えただけ。それでいて面白かったまたやろうとなったのは、きっと小学生が夜の外出にはしゃいでいたにすぎない。
 僕も星のことを何ひとつ知らなかったけど、好奇心から確か天文手帳とかいう冊子を買って読んだ。結果、何度目かの天体観測で僕らはいよいよ土星を捕らえることになった。
 彼に長期的関心があると思えなかった天体観測は、数回ののち予想通り望遠鏡を物置で眠らせることになって終った。しかしながら僕はあの一度肉眼で見た小さな土星の美しさをいまだ忘れずにいる。写真じゃないのだ。この目で見た。ドーナツのような、なんてたとえは陳腐だ。他にいいようもない、これが土星の環だった。
 それを思い出したのは今日家庭用ゲーム機メガドライブの話題が出たからだ。僕はかつてそれを持っていた。
 ドーナツが食べたくなったから前のコンビニで買ってくる。それから珈琲を落とそう。