自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

村上、塩引鮭、瀬波温泉(Jul-2019)

 眠っていた。長らく。青空のもと、列車の窓から差し込む7月の強い日差しを背に受けながら、でもそれはじりじりと暑いわけでもなく、もともと気温がさほど高くない日に、列車内に冷房も入っていたから、中和されてちょうどいいくらいだった。眠るにはまさにうってつけだった。車掌が放送でまもなく終点の村上ですという。目覚めたときはもう終着だった。昭和の気動車が惰性走行で駅構内に侵入していく。エンジンはアイドリングしたきりで、がらがらがらがらと低回転でまわっている。それがやかましいわけじゃないのだけど、ほかのいろいろな音と混じり合って全体的にうるさくて、乗り換えの案内を告げる車掌の声はよく聞き取れなかった。もっとも僕にとってそれは重要な放送じゃない。終着の村上で降りるのだから。列車は車体を左右に揺らしながら転線し、到着ホームの線路に入る。僕は少しずつ目を開けていく。──寝足りない、もう少し寝ていたい。そうだ、今日は弾丸ドライブで新潟県の村上に来ているのだ。
 ひとサイクリングを終え、村上に輪行で戻るところだった。朝、自転車で村上を立ち、日本海夕日ラインと呼ばれる国道345号を北上した。そして山形県に入って最初の駅、鼠ヶ関ねずがせきまで走った。自転車を解体し、輪行袋に詰めて、数時間に一本しかない列車に乗った。午前11時35分──今、定刻村上に着いた。車内を見まわす。鼠ヶ関で乗ったときよりも乗客は増えていたけれど、それもたいした数じゃなかなった。
 2台の輪行袋に入った自転車のうち1台を妻に手渡した。もう1台を肩に担ぐ。開いた扉から順々に乗客が降りる。僕らは最後に続いた。妻がお腹がすいて動けないかもと小さな声でいった。

 

 

 テレビで見た、天井から吊るされた何百もあろうかという鮭が強烈な印象だった。新潟県下越、村上という街で古くから受け継がれている製法で、塩引鮭しおびきじゃけという。鮭を長く保存するという命題を原点に、そこから発展して現代ではさまざまな手法で鮭を味わうようになった。これを見て、いつか食べに行きたいといったのが妻だった。多くは番組が終ったあと、ものの数日もすれば忘れ去ってしまうものばかりなのに、この塩引鮭だけは事あるごとに思い出してはいっていた。梅雨のころ、週末に自転車にも乗れないような日があれば村上に行ってみるか、そう以前から僕は答えていた。たいして気持も込めずに、あいまいに。でもつい昨日、思い立ったように村上に行かないかと僕はいった。自転車を持って村上に行きたいといった。私欲と、長くいわれていたことをかけ合わせた。そして日付の変わった深夜、雨の関東から350キロ超、一気に車を走らせてきた。

 

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 駅本屋の軒下で2台の自転車を順番に組み上げた。空腹に耐えられない妻は──深夜からのドライブでおにぎりをひとつ食べたきり、サイクリング中の補給食も持たず補給計画を完全に誤った──言葉を発することもない。僕は自転車を組み上げ終えると、ガーミンの電源を入れ、表示されているルートを村上市役所から鼠ヶ関駅までのものから、村上駅から村上市役所までのものに切り替えた。
「どこくらい走らなきゃならないの」
「2キロぐらい」
 妻はそのあと何も言葉を発しなかったけど、それなら大丈夫かもといったように見えた。
 街はちょうど、村上大祭が行われていた。駅前に浴衣を着た女性を何人も見かける。
 7月ながら、それほど暑くない日で良かった。梅雨の晴れ間は湿度も控えめで、それもまた助かった。

 

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 空腹の妻をしたがえているゆえ、寄り道はできない。町屋が並ぶ古き街なみも、その道を選んだものの直線的に走りぬけた。眺めつつ立ち寄ってみたい店や建物はあるにせよ、次回にまわすしかない。大祭の行われている通りまで足を運ぶこともしない。とにかく空腹のために、でも目的の塩引鮭は外さずに、その店へ向かった。朝、ここに着いたとき、車でも通過した道。朝の7時台に通った街が、まるで別の街に見えるほど活気に満ちていた。戸やシャッターを閉ざしていた店々がみなオープンして華やかに店頭を飾り、たくさんの人が道を往来し店を覗いていた。たいていの店は古くからある、いわば古民家で、おそらく町屋という造りだ。買い物目的がなくても入ってそこにいるだけで楽しめそうな店ばかりだ。
 塩引鮭を出す店はすぐにわかった。店の前で自転車を降り、自分の自転車を止め、妻の自転車も手に取ると、
「混んでて待っているようだといけないから、見て名前書いてきて」
 と妻に頼んだ。僕は2台の自転車をまとめて括ってから、美しい格子戸を開けて、追って店内に入った。狭い間口だった。これが町屋という造りだ。

 

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 鮭づくしの料理はバラエティに富んでいて、店員がそのひとつひとつを置くたびに丁寧に説明を加えていった。単品ではどういった食べ物かいちいち聞かなきゃわからなそうだし、店が選んでこれぞという構成にしているはずだからとセットにした。そのなかでももっとも少ない「七品」にした。鮭のさまざまな料理はは小ぶりな皿や器に分けられ、ご飯にはお茶漬け用の出汁がついていた。一度それぞれの鮭をそのままでご飯とともに楽しんだら、次はぜひお茶漬けにしてみてほしいという。ご飯は一度おかわりができるといった。そんなわけで、七つの鮭料理と二杯のご飯──器はご飯茶碗というよりは丼だった──が、終いには圧倒的な満腹を呼び起こした。完全なる空腹状態からなのに、この七品でである。上には十品と十三品があった。十三品など頼んだらどうなってしまうだろう。
 お腹が満たされすぎるほどになったけれど、じゅうぶんな満足を得られた。それは今日の空腹感を満たすことと、長く半年も前から食べに行きたいといっていた欲求にこたえるものになった。
「これを作っている店に行こう」

 

 テレビで見たそのままの光景だった。しかしながら迫力が格段に違っていた。おびただしい数の鮭が整列して天井から下がっている。腹を裂かれ箸のようなもので大きく広げられている。塩漬けにされそれからこうやって干されという長い時間を経るうちにしぼみ小さくなくなってしまったのか、目玉がなく目がくり抜かれたように見える。まったく同じ姿にさせられた鮭が、等間隔に下げられている。その頭がちょうど僕らの顔の高さにせまり、圧倒してくる。鋭い歯を持つ口を大きく開いていた。今吊るされているのは酒びたし用の鮭だそう。塩引の鮭は冬。いずれのものもこの村上でないと作れないと女性店員がいう。なにより大事なのがこの村上の風なのだそうだ。温度とか湿度とか、いつも風が流れていることとか──、同じことをほかの町でやってもできないのだ。入口狭く奥に長く広いという町屋の造りの、風通しの良い奥の間で、吊るされた鮭が村上の風を受けていた。

 

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 町屋の建屋の狭い入口付近が販売店になっていて、そこでいくつか見つくろってお土産にした。ポケットからいつもサコッシュ代わりに使っている巾着を取り出してたすきにかけ、買ったものを入れた。街のようす、いくつもの店、それからたまたま今日行われていた大祭も含め見たいものや興味があったけど、ここに残して帰る。いいよまたここに来ればいい。僕は止めていた自転車の鍵を外し、巾着の口紐をしっかりと締めた。
「満腹で走れないよ。前傾になれない……」
 妻が空腹だの満腹だのじつににぎやかである。もうすぐそこだからと笑って受け流した。

 

 

  サイクリングを終えた。
 自転車を車に積み込んで出発する。
 JR羽越本線を挟んだ、街とは反対の海側に瀬波せなみ温泉がある。汗と、交代しつつ夜中から通しで車を運転してきた疲れを流しに向かった。10分かからないほど。
 温泉旅館のロビーからは、窓越しに日本海が180度広がっていた。これを眺めながら温泉に浸かれるんだね。
「こんな昼間から温泉なんて、ぜいたくだね」
 13時半。──まったく確かに。なかなかないぜいたくだ。

 

(本日のマップ)