自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

千葉里道散策から海へ(Jan-2019)

 千葉市というところは県庁所在地であり政令指定都市であり、それでいながらふんだんに自然や里が残っている市だ。さいたま市だって見沼田んぼっていう自然と里を残した場所があるといえばそうだけど、規模とその深さが違う。
 里をゆく道をたどって行こう。そのまま丘陵部を越えれば九十九里の海へ出る。

 

 僕は朝の輪行の車内で朝ごはんを食べることが多い。隅のほうで小さくなりながら、パンを食べ缶コーヒーを飲む。でも今朝はそうはいかない。千葉までの経路は乗り継ぎが細切れなうえ電車も混雑しているから。今日の朝食は千葉に着いてからとはなから決めていた。
 そんなわけで上空を懸垂型モノレールが走る未来都市のような千葉駅前で自転車を組み、僕は近くのマクドナルドに入った。マニュアル化されたメニューと対応は面倒がなくていい。週末の朝からかったるいよなあという表情をするレジの女の子(彼女は女子大生だろうか)の無表情なあるいは微妙な苛立ちの「お決まりでしたらどうぞ~」の声に、レジの前に立ってソーセージマフィンのセット、サイドメニューはハッシュポテト、ドリンクはホットコーヒーで──マックモーニングを間髪入れずに注文する。それらが乗ったトレイを受け取り、窓に面したカウンターに座って歩く人を眺めながら遅めの朝食を食べた。
 歩く人のなかに傘をさしている人がいる。──関東太平洋側もところによっては雪になる、そういえば天気予報がいっていた。
 人通りが多い。それでも通りの左右の店の多くはこの時間まだ閉まっているところが大半だからこのくらいで済んでる。日中になったら人がもっとあふれる。千葉は、大きな都市だ。

 

 千葉市は、里山をめぐるサイクリングルートとして若葉ルートといずみルートのふたつをモデルコースとして設定した。何年か前に僕もこの若葉ルートの一部を走ってみた。まさに掲げたコンセプトの通り、里道だった。こんな自然が残り里が残り道が残っているのかって驚いた。ところどころに自転車の絵と「若葉ルート」と書かれた立て札が立っていた。車なんてほとんど来ない、入り組んだ里道は自転車天国だった。──いや、僕の天国だったのかもしれない。なんせその道で出会った自転車など一台もなかったんだから。
 おそらくこれらの道をサイクリングルートとして設定してから何年か経っている。そのあいだ大掛かりなPRもしていなかったように思う。それに今の自転車ムーヴメントの中心にあるであろうアスリート系ロード乗りに選ばれる道じゃない。千葉市の自転車乗りはみな、外房有料を好む。このルートは速く走るには適していない。
 そんなことだろうから、その後道にも手は入っていないんじゃないかと思う。でもそれがいい。少し荒れた感がたまらなくいい。荒れた、といっても車が頻繁に通るような道じゃないから、舗装が痛んだり割れたり欠けたり、そういう路面としての荒れじゃない。荒廃感。枯れた、といってもいい。──都市化とは隔離された、ただそのまま残っている道と、その周辺の地だ。

 

 今日のルートは、若葉ルートをアレンジしつつ、そのまま東金を抜けて片貝の海へ向かう。若葉ルートは千城台からだから、そこまでも里道のアレンジを加えて。
 大都市の商業ストリートから、狭くてごみごみした交通量の多い道も経由しつつ、人の家に迷い込み戻りつつ、里道の入口を探した。ドーナツの急坂。これを上ると風景は一瞬にして里に変わった。千葉駅からわずか5キロだった。

 

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 千葉都市モノレールは懸垂型のモノレールとしては世界最長の路線長だそうで、千城台ではその終端を目にできた。ああなにこんなに突如終わるのか──。鉄道の終点なら、それが高架線であればきちんと囲いで覆われた高架橋の終端がさも大げさにあるのに、懸垂型モノレールのそれは突如レールだけが終っている。カーテンレールの端に等しく、ぶっきらぼうで中途半端な切れ端だった。
 千城台から脇の道へ入っていく。千葉市設定のルートを照らし合わせて引いたわけじゃないから、どこから若葉ルートに入っているのかはよくわからない。でもあっという間に大都市千葉から放り出されたような乾いた台地の上にいた。
 道はしっかり濡れていた。マクドナルドで見た傘をさす人たちに雨の不安を覚えたけど、ガーミンの上に水滴が少し残る程度で、気になるほどじゃなかった。走りだすと身体に当たるごく小さな雨粒もなくなった。千葉駅前から千城台周辺にやって来ると路面がずいぶん濡れていた。それなりの雨が降っていたのだと推測させた。大通りから脇の小道へ入っても変わらなかった。上手い具合に雨を避けられたみたいだ。日が出てこなくて、ただでさえ寒いものだから、安堵。
 枯れた田畑の風景のなか、道が続く。幹線道路のように案内標識があるわけでなし、家がそうあるわけでもないから電柱に地番表示もない。どこに向かってしまうんだろうって思う。道と風景をひとり占めして走る。一時停止表示も優先道路表示もない交差点と呼ぶより十字路や辻といったほうがよさそうな角に、若葉ルートの案内が立てられている。僕のルートとも合致していた。そのまま進む。一本向こうのすじを、ミディサイズのバスが走っている。バス停があってそこに止まった。待つ人もおらず、遠目に見てバスが止まらなければバス停だなんて気付かなかった。バスはすぐに発車した。誰も乗らず、誰も降りなかったみたいだ。枯れた田畑の真ん中で。
 里だ、まさに。

 

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 若葉ルートは里道としてはかなり長い距離をつないで走ることができる。ただ、市の設定は千城台にまた戻っていく周回ルートなので、どこかで離れる必要があった。ルートを引きながら、いずれは道がなくなるにせよ、できるなら同じような里道をつないで行きたいと思っていた。若葉ルートが終ったらハイ県道でっていうんじゃ寂しすぎる。つなげられそうな里道を一本の線にし、できあがったルートを今目の前のガーミンに表示させている。
 そう、今日の目的は里道。小さな道だけど人々が利用する生活の道。林道やハイキング道まがいの道や、廃道なんかじゃない。もちろん僕も好んで林道に行ったりするし、未舗装や荒れ地を走ったりもするけれど、そのときはそういう道を目的にしている。今日はそうじゃない。ただ千葉の里道が走りたくてやって来た。
 しかしながら選んだ道はやがて泥かぶりを見せ始め、いよいよ草にも覆われ始めた。そもそもの路面が舗装なのか未舗装なのかさえわからなくなった。
 ──今日はこういう道を選んだつもりじゃないのに。
 道を変えるか戻るかするか考えた。ガーミンを見て、しかし周辺にはもう県道級の道路さえ一切ないことがわかった。枝分かれする道も見当たらない。つまり大きく戻るか、このまま進むかの二択しかない。
 といっても戻る気などとうてい起きなかったので、そのまま進むことにした。泥に埋まった路面はどうやら未舗装だった。草が徐々に覆い始めている。けれども乗っていけそうな道なのでそのまま走った。気づけば道は森のなかだった。背丈のやたら高い常緑樹で周囲はやけに薄暗かった。千葉県らしく竹も混じっていた。僕だけだろうけど、野的獣的深い森よりも奥まで見通せないびっしりと乱立した竹の森のほうにそこはかとない不安を覚える。獣的不安というより魔力神秘力宗教力的なにか。吹き始めた風に笹がこすれて音を立てる。きわめて個人的な感覚だろうけど。
 路面の草の丈がどんどん伸び、ああこれはもう車など通った痕跡もないなと明らかにわかる道になった。OSM(OpenStreetMap)では地図上ふつうに道だったのにな。もはや里道ではない。草がスポークに絡み、タイヤは路面の泥を巻き上げる。折れ枝や枯れ枝が頻繁に落ちている道になった。ひと漕ぎひと漕ぎ、いちいち滑る。ゆるい泥に滑り、草に滑り、枝に乗り上げて滑る。今日はアドベンチャーの心構えがなかったからそのいちいちが面倒くさくなった。林道や未開路に行く日はそういう心づもりで行くのだ。道はさらに草が伸び、もはや路肩と路面の差などわからなくなった。道が目に見えなくなり進路喪失するのは樹海で迷い遭難する典型パターンだ。やれやれ、と思う。千葉の森だ、本物の樹海じゃなくてよかった。そしていよいよ自転車を降りる。倒木が、僕の行く手をはばんで、自転車に乗り続けることを許してくれなかった。

 

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 トトロの、森から道に飛び出すワンシーンのように、僕は里道に戻った。手元のルートは大きく外れてしまっていたので、それに戻れるほうへ進路を取った。走っていると里道には若葉ルートの案内が立ててあった。そうなのか、ここも。でもすっかり枯れた田畑とこの里道は、左も右も深い森の台地に囲まれていて、閉塞的で孤絶しているように映った。天気が悪くて薄暗いせいもあったし、人家などひとつもなく人だって誰ひとり歩いていないから。千葉駅でリセットしたガーミンの距離計はまだ20キロと過ぎていなかった。

 

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 八街やちまた市をかすめ、東金に入った。やけに風が強くなってきた。僕が見た天気予報サイトの予想が当たるようなら、風速8メートル前後の風になる。千葉で駅前から里道を楽しんでいたころは、今日の風予報は外れだなとうれしく思っていたけど、やっぱり根拠っていうのはあるものだ。幸い南東に向かっている僕には北西風の影響が少ない。
 ときがね湖という湖があるらしい。東金ダムというダムによるダム湖だそうだ。それを取り囲む高台の一帯が、新興住宅街として開発されているのにびっくりした。一戸一戸の敷地は広い。家も大きい。車が二台止まっていてもまだ余裕がありそうだ。そんな一区画がいくつも、直角の道路に沿って整然と並び、まるで競い合っているような巨大な住宅街だった。真新しくて機能的にできていそうな住宅街を見て、千葉の中心から離れていく感覚が混乱した。
 ときがね湖は僕の引いたルートから左に入るようだ。立ち寄ることも考えてみたけれど、やめた。風が強くて冷たい。方角を変えて風に向かったりあおられたりするのは面倒だなと思った。

 

 新興住宅街から坂を下ると東金の中心街に入る。国道の旧道だった県道を越え、JR東金線の踏切を渡った。そして市内の大幹線道である国道126号を横切った。このあたりがかなり栄えている。駅周辺よりも国道沿いのほうが何でもそろっているのは間違いないだろう。チェーン店のファミレスやコンビニがずらっと並んでいた。交差点でほとんどの車が左か右かに出た。僕は直進した。このまままっすぐ行くことで、今日のルートである片貝海岸に行くことができる。北総台地を下りたここからはずっと平坦だ。
 しかしどうしたものかと悩んだ。海に何があるという? とりあえず取ってつけたように片貝海岸を目指したけれど、そこからのルートは折り返すように戻るだけだ。今はいい、風が後ろから押してくれるけれど、折り返せば当然、これは向かい風だ。ちょうど昼になりかけで、片貝に行けばいわしを中心とした魚介料理を食べられる店がいくつもあるけれど、魚より肉が食べたいなと思う。テレ東バス旅の蛭子さんのようだ。どこへ行ったってかつ丼を食べる。そのたび太川陽介に「どうしてこの地の名物を食べないの」といわれる。笑えない。そして、いややっぱり肉だなどと思う。
 あれこれ案じていてもどんどん片貝に向かってしまい、戻りを大変にする。もう海はいいよ、見たいわけでもないし、と風に打ち負けて、僕は進路を左に取った。

 

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「晴れてよかったですねえ」
 とフロアの女性はいった。
「でも風が強くて、それが冷たいんでつらいです」
 と僕がいう。
「自転車だとそうですよね。寒いですか?」
「寒いですね。でも朝、千葉で降りかけてた雨が降らなかったんで、よかったです」
「あら、こっちね、ずっと雪降ってたのよ!」
 僕はええっ、と驚いた。だって八街から東金、成東なるとうへと走るあいだ、雲は晴れすっかり天気に恵まれたから。

 

 成東で、行ってみたいと思っていた洋食屋だった。店は明るくて、自転車の恰好でも嫌がられることなく、むしろ僕を見て「自転車ですか? おつかれさまでした」といってくれる。
 何もわからないからお勧めを聞くとハンバーグとスパゲッティだといった。どちらもいい。しばらく悩んだけど、いわしを蹴って洋食屋に来たのだ、肉にしよう。僕はハンバーグを選んだ。
「雪ですか? 千葉市内でも雨だったのに」
「そうなんです、10時くらいまではびっくりするくらい降ってたんですよ。積もらずに済みましたね」
 ずいぶんと意外な空模様だこと。

 

 ハンバーグは絶品だった。なかなかめぐり合えないほどのものだった。ハンバーグを二系統に分けるなら、しっかりと形作ったものとほろっと形づけたもの。前者はきっちり凝縮した肉のうまみが魅力だし後者は程よく空気を含んだしなやかな食感が魅力。洋食好きハンバーグ好きの僕としてはどちらも好むけれど、しっかり型は柔らかさしなやかさが失われていないことが大事だし、ほろっと型はぼろぼろに崩れてしまうことのないしっかり感が大事、つまり互いの反するところを裏側に隠し持っていて初めてハンバーグの完成度となると思う。そういう意味ではここのハンバーグは完成されたしっかり型だった。端から端まで木目が乱れなく整っていて、肉のうまみを存分に最後まで楽しめる美味さは類を見ないハンバーグだった。しっかり型でのひとつの完成形を見た。
 食事を終えた僕は満足して店を出た。フロアの女性ふたりもあたたかい対応だったし、出るときは主人が厨房の奥から顔をのぞかせて声までかけてくれた。
 外は変わらず冷たい風が吹いていた。風速はむしろ上がっているようだった。たぶん気温は、顔を出した太陽も手伝ってそこそこあるのだと思う。でもひとつも暖かいと思えなかった。
 ──もうやめよっかな。
 ルート自体はこのまままた北総台地に戻り、八街から富里とみさと酒々井しすいを抜けて佐倉まで引いていた。すべて走ったら50キロ前後あるはずだ。でも全部走る必要はないし、なによりハンバーグですっかり満足していた。ここでやめたっていい。成東の駅があるのだ。
 ──こういう終りかただっていいじゃない。
 美味いものを食べて終わり。僕はもう輪行に頭を切り替えていた。
 そうそう、線路沿いに道があるんだ。それにしよう。
 ひと駅だけ先まで走って輪行することにした。

 

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(本日のルート)