自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

烏山から日立へ(Dec-2018)

 橋は周囲に類を見ない。町のシンボルに思えた。周囲からは浮くほどのテンプテーションさえ放つ斜張橋が高く、架かる那珂川をのぞき込むとすくみそうだ。路面でそんなに高いのだから、橋を支える真っ白な主塔は果てしなく高かった。それがまたシンボル然としていることを強調していた。烏山大橋。今日はここが起点、まずは県道12号でスタートする。

 

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 退屈である。
 知っていた。わかってルートを引いた。今日一日、これといった観光スポットや名所はない。有名な峠を越えたり、絶景道路を走ることもない。上ったり下ったりの起伏はつねにあるけど、それも知れたもの。上り切ったところでそこに峠の名がついているわけでもない。退屈。冬枯れの褐色がそれを助長する。
 ところで退屈ってつまらないかい? いいや! 退屈、楽しい。そんな道、好み。一日、このルートに身をゆだねる。

 

 

(本日のマップ)

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GPSログ

 

 那珂川を渡ってしまうと大きな集落はない。住宅や商店などの建物はまばらになり、烏山に来ると立ち寄ることの多い八溝そば(田舎そば)のもり食堂を過ぎるといよいよ何もなくなった。林のなかの一本道、県道12号はやがてセンターラインも消えた。
 坂を上って下る。大木須おおぎすの集落を抜けてさらに進む。集落、林のなか、集落、林のなか、集落。こればかりを繰り返し、やがて栃木・茨城県境を越えた。

 

 今は常陸大宮市となった、かつての緒川村に入って坂を下ると、国道293号に合流する。県道12号は路線名を那須烏山御前山ごぜんやま線といい、かつての御前山村を目指すのだけど、しばらくのあいだ国道293号と一緒になる。道沿いに村の物産センターを見つけたので立ち寄ってみた。今日最初の休憩。
 寒いというほどではないのだけど、暖かくない。だから自販機で温かいコーヒーを買って飲んだ。日なたのベンチに座っていたけど、飲んでも日を浴びても、暖かくなってくるというわけじゃなかった。
 このあと茨城県道36号を走る。路線名は日立山方線、その山方宿へ向かうため、ここまで走ってきた県道12号を離れた。今は国道293号に埋もれているけれど、この先でまた単独路線となって御前山を目指す道。全線走破ならず、途中離脱。
 離脱をしたのはただ単に、山方宿へ向けてショートカットしたかっただけだ。地図で見て直線的に抜けられそうな道を見つけたから、引いてきた。
 その道は入口からしてわかりにくかった。セメント舗装は民家のアプローチに思え、何度か足を止めて地図を確認した。人の家の裏手を回るように、生け垣のあいだをめぐるように進んでいく。小さな川に、小さな木橋がかかっていた。家の裏手、勝手口から出てきたようなお父さんが、物珍しげに僕を見る。
「ここ行くんかい?」
「行けるんですよね?」
「行けるよ。んだが、すんげぇ坂だけっど」
 お父さんはそういって笑った。ふつう行かねえっぺよ、といっているようだった。
 木橋を渡るといわれたとおりの強烈な勾配が現れた。長くはなかった。でも泥に覆われ、上ろうと力をこめるとズルズルと滑った。あっという間に自転車は泥だらけになった。

 

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 山方宿の手前、県道36号に入る前に食事を取ろうと思った。いい時間だ。それに今日の退屈ルートは食事を取る場所さえ限られる。食べられるときに食べておかないと、逃してしまう。
 常陸大宮市のアウトドアレジャー施設、パークアルカディアにあるレストラン山ゆりに立ち寄った。メニューが豊富で目移りした。僕はそのなかで目に入った焼餃子定食を頼んだ。550円。これにドリンクバーを付けた。200円。

 

 水郡線を越え、国道118号を交差した。非電化路線の水郡線は架線がないから、立体で交差するとその存在に気づかず過ぎてしまいそうだ。国道118号は、この地区のいちばんの幹線道路だけあって、大きくて車もたくさん走っていた。乗用車も大型車もダンプも走っていた。これを横切る。
 そして久慈川を渡った。この久慈川の橋から県道36号は始まる。
 しばらくのあいだは県道29号と重複で、中央線もオレンジだ。しかし金砂かなさの集落を抜け、県道36号を単独で分けるころになると、中央線はおろかすっかり道幅もなくなっている。この県道29号との分岐箇所なんて案内を見てもとてもわかりにくくて、でもそれがなんかいい。すごくいい。
 僕はこの区間の県道36号をかつて走ったことがあった。確か、今とは真逆の草木が青々としていた季節だった。坂道と、眼下に点在する集落と、自ら進んでいく林のなかと、それらが何もかも退屈で、たまらなくよかった。そして今日は一転、風景は冬枯れだ。退屈には何ら変わりがない。冬枯れの褐色が、退屈に寂寥せきりょうを重ねた。風景は、何も訴えかけてこない。何も与えてくれないし何も見せてくれない。そんな退屈のなか、明らかに僕はそれを楽しみながら、自転車を走らせていった。
 下ってかつての水府村。突き当たってセイコーマートに入った。そういや前回もここに立ち寄った。

 

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 県道36号を全線走破しようとしている。終点から起点へ向かっていた。日立へ。常磐線日立駅まで行く。そして自動的に全線走破だ。
 道は相変わらず細かな上り下りを繰り返した。林のなかを上って、下りに転じる。そして集落のなかを抜ける。このパターンばかり。ここまでひたすらこのパターンだけ。他はない。これが、今日のルート。
 でもこの道は場所々々で表情を変えた。かつての山方町から水府村、里美村に向かうあいだは細い山岳路、あるいは集落内のくねくねと小さなカーブで抜けていく路地道だった。しかしかつての里美村で国道349号に合流すると、突然大規模主要道路のさまになった。圧倒されるほど交通量の多い国道349号と一緒に日立市に入り、中里の集落で国道と分かれた。その先も、それまでの県道36号の様相ではなく、国道349号をそのまま半々に分けたような道だった。交通量も何倍かなどと比較できないほど、多くなった。小さな山岳路、あるいは集落内の路地道は、大規模幹線道路に変身を遂げた。

 

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 上り切ったのち、下りに転じた道は、日立市の工業団地のなかを一直線に貫いた。大規模な工場が並び、大型車が出入りした。交通量に負けないよう、大きな車にも注意を払ったりしながら、路肩から一定の幅で下っていく。そして、いよいよ海を望んだ。

 

 

 日立駅はなぜこんなにもきれいで立派なのだろう。二階駅本屋からガラス張りの広いコンコースが東西ロータリーに渡っていた。新幹線の止まる地方の小駅よりも立派だ。僕は海に臨む東口のロータリーにつけ、自転車を降りた。退屈な旅は終わってしまった。終わりはとても残念な気持ちになる。もっと走りたいから、寂しい気持ちになる。ロータリーが、直接、海に面していた。僕はなるたけ、海をフラットな見方でとらえようと試みた。今日の旅全体をわざと千編一律なものにしたかった。変化もなく面白味もなく過ぎた一日のサイクリングをそのまま終えられるよう心掛けた。そして僕は全体を楽しんで旅を終えた。だって、退屈ってぜいたくじゃない。放っておいたって刺激ばかりの今の時代、そういったことから逃れることのできない現代、何も与えてこない何も入ってこない退屈に一日中浸っているなんて、簡単にはできやしないんだから。

 

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 駅改札口からまっすぐに続いている、広くて長い、ガラス張りのコンコース。僕はそのフロアへ、輪行袋を肩に、エレベーターで上がった。駅と反対側のガラス越しに太平洋を望んだ。コンコースの突き当りにはこれもまたガラス張りのカフェがある。海に向かって突き出しているようだ。そして海側の全面ガラスは大海原を映すフォトフレームのようだ。まだ列車まで時間がある。コーヒーを一杯飲んでいこうかな。