自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

上総内陸から竹岡ラーメンへ - 前編(Dec-2018)

 僕が前を走るO君の背に投げた言葉は向かい風にかき消されてしまったみたいだ。もう一度タイミングを狙って叫ぶ。
「この先の橋を渡ったところで写真撮りたいんだけど」
「なんすかあ?」
 声の切れ端だけは届いたようで、要領は得ないんだろう、聞き返してくる。
「寄り道。写真撮りたい」
「どこすか?」
「橋。この先の──」
「どこ? 橋?」
 声が上手く届かないなかで、この先の道を説いたところで伝わるはずもない。橋って何だ、どこにあるのか、そこはどうなってるのか、寄り道するようなところなのか……。そりゃそうだ要領を得なくて不思議はない。
「あ、いいよいいよ。もう駅がすぐだからさ──」
 僕は伝達内容を変えた。「先に行って、輪行の準備してて!」
「わかりました」
「もう1キロで左に駅あるから」
「オッケーっす」
 橋が見えてくる。川は湊川、橋は湊橋。国道の橋とは思えない貧弱な橋。左手にJR内房線湊川橋梁がかかっている。薄暮の湾を背景にシルエットで存在感を示していた。
「先に行っててー」
「はい」
 僕は直進していくO君の背中を認めたあと、湊川に寄せるようゆるゆると減速して左に折れた。

 

 ここを通過したことは何度もあった。そのたびに河口に架かる鉄道橋に心ひかれていた。道路の湊橋は路肩もない狭くて古い橋で、そのくせ国道127号線という内房をつなぐ大幹線道路ゆえ、交通量が多い。大型車やダンプが多いのも特徴的だ。だからここで止まることなんてできなくて、いつもかの鉄道橋を横目で眺めて行き過ぎるばかりだった。
 ゆっくり止まって眺めてみたいって思っていた。

 

 桁長を長めに取りたかったのだろう、橋の中央部だけトラスで、なんだかずいぶんと華奢に見える。前後の上路ガーダーと片持ちの架線柱がそれを助長している。頼りなげなこの橋を列車が渡って行ったらどんなに映えるだろう。じっさい幾多の鉄道写真がこの橋とともに撮られてきた。でも鉄道車両が渡っていなくとも、そして土木建築にまったく造詣がなくとも、引き寄せられ魅せられる。それが僕だ。橋が、美しい。ずっと立ち止まって見てみたかった。そしてやっとそれがかなった。日の暮れかけた東京湾を背景にした黒く塗りつぶされた影の線画を、旅の終幕にしばらく眺めていた。

 

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 仕事帰りに北千住のお好み焼き屋で落ち合った。かつて仕事で組んだことのあるO君とはそのとき以来の付き合いで、今はつくばの研究機関で仕事をしている。北千住は互いの帰り道での接点であり、立ち寄る店もたくさんある好適地だ。鉄板で肉を焼き、そのあともんじゃを焼き、小さなヘラでそれを食べながら、とにかくどっか連れてって下さいよ、と彼はいった。夏以降ぜんぜん自転車に乗っていないのだという。確かに彼を自転車に乗せたのは僕だし、一緒に走ることはかまわないのだけど、15歳も年下の彼が僕なんかと走って楽しいんだろうか、そればかり考える。
「夏以降ってあの宇都宮に餃子食べに行こうとして、途中リタイアしたとき?」
「そうっすよー」
 彼は秋に結婚式を挙げ、前後何かと時間が取れなかったよう。夏から準備が大変だといっていたし、彼女が鳥取の人で、行き来の多い時期でもあったろうから、いろいろなことで時間を作れなかったに違いない。
「通勤は? 自転車使ってるんでしょ?」
「それは、毎日乗ってますよ」
 つくばエクスプレスの駅から現場までは、駅の駐輪場に置いたフラットバーロードで行っているんだそう。雨が降っても自転車を使って。バスが遅くなるから、かえって雨の日は自転車が優位だという。
「そんじゃさ、房総にラーメン食いに行くか」
 と、僕は思いつきでいった。冬だから千葉、寒いから房総っていう連想から。
「おっ、いいすねえ。どこすか? 美味いんすか?」
「不味い」
「不味い?」
 彼はもんじゃをすくっていた手を止め、僕をまじまじと見た。「不味いんすか?」

 

 誤解なきようにいわなきゃならないのだけど、竹岡ラーメンは屈指の人気ラーメンだ。もちろん、美味い、クセになると評する人はたくさんいるし、リピーターも数知れない。月に一度食べないと禁断症状を覚えるという人がいる。おかげで店は行列だし、竹岡ラーメンを名乗ってラーメンを供する店が、他の地域にだって出ている。
 僕は、不味かった。──美味しくない、ではない。不味い、である。僕にはである。
 ただし、そのとき1時間以上並んでいる。それだけの人気店だ。

 

「不味いって、どう不味いんすか」
「まず、麺は乾麺。つまりインスタントラーメンの袋麺とまったく同じやつね」
「まじすか?」
「でもまあそれはさ、インスタントラーメン別に嫌じゃないし」
「まあそうすね」
「スープが、醤油をチャーシューを煮るお湯で割っただけ。出汁取ってないのさ。醤油のお湯割り」
「やべえ、きびしい」
 彼はスマートフォンを取り出してさっそく調べ始めた。梅乃屋って見てと僕は声をかける。うわなんだこれ黒い、やばいっすよまっ黒じゃないすか醤油っすか? などと驚いている。僕は店員を呼んでお好み焼きを頼んだ。
「これ、誘うってことは、ナガヤマさんもこれ食うってことですか?」
「いいよ、行くなら付き合ってやっから」
「いやこれあり得ないっすよ。不味いっていってる人たくさんいる……」
 僕は彼の感嘆のいちいちが面白くって、それを見ながら運ばれてきたお好み焼きの具材をかき混ぜた。

 

 

「年内だと今度の土曜しかあいてないです」
 と彼からLINEが来たのはしばらくたった木曜日だった。僕は驚き半分まじって、
「行く気なの?」
 と返した。
「不味いっつう人すげえいて、でも美味いっていってる人もかなりいて、逆に気になる。なんか食わなきゃいけない気になってきた」
 僕は彼のその内容に思わず笑ってしまった。しかし僕は翌金曜日に仕事の顧客との忘年会があり、何時に家に帰れるか想定できない。そうなると土曜日の早起きも気が重かった。だからもともとあまり自転車に乗る気分じゃなかった。加えて週末はこの冬いちばんの寒さといっている天気予報も気になっていた。それを伝えると、
「じゃあ来年すか?」
 と来た。しかしながらあと立て続けに、
「そんなん今日帰って準備しちゃってください」
 と入ってきた。
「行くにしても朝ゆっくりめでいい?」
 と僕は返した。忘年会がもし長くなったら当日決めで行かないよ、それでもよければと念押しした。

 

 朝、千葉駅前。日が昇ってきているのにぜんぜん暖かくならない。クロモリのパイプはキンキンに冷えて、しっかり握るのもためらわれるほど。O君は鮮やかな朱色のスペシャライズドを組み上げながら、
「ここ、まさに俺妹おれいもんとこじゃないですかあ。テンションあがる~」
 といっている。「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」っていうアニメで、もう10年近く前にやってた作品だ。そうだ、そのころ彼と組んで仕事をしていた。作品中にも多く登場していた千葉都市モノレールが、今頭の上の滑空して行った。ゆっくりめの朝やってきた千葉駅前は、すでに人通りが多かった。自転車を組む男ふたり、それを誰も気に留めることなく行き来する。店はまだ、多くが開けていないから通りは殺風景だ。
「じゃあ寒いからぼちぼちで」
「うぃす」
 僕らは千葉駅前の路地をスタートした。コンクリートばかりに囲まれたまちが、寒さをいっそう厳しく感じさせた。僕らも、道行く人も、みな息が白い。

 

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(本日のルート)

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GPSログ

 

 

 生実おゆみ池から広い通りを走っておゆみ野ちはら台と抜けて行った。いずれも2車線道路で交通量もありながら、路側帯が広いから走りやすかった。今まで車との交通を嫌って千葉市内のスタートってあまりやらなかったけど、この道ならありかもしれない。もっとも今回は輪行での交通費をケチるために千葉起点にしたのだけど。
 あーナガヤマさ~んトイレ行きたいす、と後ろから声がかかる。俺も~と答える。寒さのいちばんの影響はトイレに行きたくなることか。千葉駅で行き、千葉中央のコンビニで飲み物を買ったときにも立ち寄り、もう早々にだ。まだ1時間に満たない。すぐに現れた房の駅に立ち寄った。房の駅って千葉県内で道の駅のようにロードサイドで展開し、地場野菜や特産品を扱うサービスステーションで、民間企業一社による経営らしい。県内各地にあるおのおのが店舗というところだろうか。
 休憩を終え、この房の駅を過ぎたあたりから、道は狭くなり交通量も減り住宅も区画整理から区域外に出、そして坂になって上り始めた。市原市の勝間という地区だった。来る途中、青看標識に「勝間」と書かれていたのを思い出した。道はここを目指していたのか。そしてここから入った道には「うぐいすライン」という名前がつけられていた。
 名前の割には県道標識もないので市道なのだろう。中央線が白破線の二車線道路は何の変哲もなく、わざわざ愛称命名した理由も想像がつかなかった。観光資源があるようでもなかった。
 県道との交差点で、この先通行止め迂回の看板と簡単なバリケードが立ててある。片側車線分はあけてあるけれど、入口に、案内や指示を出すでもなく退屈げに警備員が立っていた。
「この先、抜けられないのですか?」
 と聞いてみる。
「まだ先までは行けるんですけど、カーブでぐねぐね曲がりながら下って行くところがあるじゃないですか。そこが崩れて通行止めなんですよ。その手前までは行けます」
 と警備員はいった。僕は初走の道だからカーブのぐねぐね曲がる下りといわれても土地勘がない。警備員は僕らの恰好を見て、
「行った先にバリケードがありますからそこで左へ曲がってください。迂回してキングフィールズゴルフ場にまわっていくルートをみんな走っているようですよ」
 といった。みんな、とはきっと自転車乗りってことなんだろう。
 およそ2キロほど行くと、なるほど全面閉鎖のバリケードが現れた。いわれたとおり、左折。

 

 迂回路は長い長い有刺鉄線の付いたフェンスに沿っていた。フェンスは二重になって、それぞれに有刺鉄線があるものだから、物々しさや不気味さが漂っていた。ガーミンの小さな文字を目を凝らして見ると海上自衛隊と書いてある。しかし基地には見えない。航空機も置いてなければ車も走っていない。ただいろいろな形のアンテナや鉄塔や電柱が建てられ、電線が張り巡らされているだけだった。目が風景に慣れてくると、物々しさよりも殺風景に見えてきた。何の施設かよくわからない。が、敷地は広大だった。当然こんな施設のなかをショートカットする公道なとあるはずもなく、それゆえ、現状迂回させられている僕らは、ぐんぐん目的とは違う方向へ距離を伸ばしていくことになる。
 なにかの通信アンテナなんだと思うけど、これがいろいろな形があって面白い。殺風景は殺風景なり、なんだかいい。ちょっと面白いまわり道。
 ひたすらフェンスに沿うように右回りにぐるっと走った。やがて左手にゴルフ場が現れた。これがさっきの警備員がいっていた、何とかいう名前の覚えられなかったゴルフ場だと思ってよさそうだ。
 思えばずっと南向きに走ってきた。迂回をさせられてぐるりと回ることで、今風が強いことを実感した。風は北風で、つまりここまで走ってくるあいだずっと追い風だったのだ。いい気になっていたが風のおかげだ。横向きになるとあおられるほどの風だ。
 日本気象協会(tenki.jp)で見た予報はせいぜい風速2メートルだった。これは気にするほどじゃないなと安心した。しかし体感であきらかにそれ以上、倍くらいあるように思う。
 強めの北風は、走りづらさよりむしろ寒さを実感させた。冷たい北風だった。僕らを照らす太陽が、なんとか体温をバランスさせていた。寒がりにはつらい季節だ。そして風が強いとわかっていたら防風の服を着てきたのに、と思った。
 迂回路からようやくうぐいすラインに戻った。後ろからO君がそろそろ、という。わかってるよトイレでしょという。すんませんという。いや俺もだものという。少しばかり走って見つけた、左手のセブンイレブンに入った。

 

 温かいドリップコーヒーを買って、日の当たるイートインスペースに座った。寒いねえばかりが口をつく。脚がつりそうっす、とO君がいう。バナナ買って食べれば? と僕は根拠なくいった。一本売りは売り切れていた。三本売りは無理っす食えないっすという。一本食べてあげるよというのだけど、いやいいっすという。
 窓の外を眺めていると、ロードバイクの男女が目の前に自転車を立てかけた。夫婦だろうかカップルだろうか。
「S-WORKSだねぇふたりとも。すごいなあ。もし夫婦だとしたら費用倍だな……」
 シンプルな感想が口をつく。
 S-WORKSとは、いわばスペシャライズドのプロ用機材。フレームだけで50万、組んだら百万超えの自転車で、買おうと思っても自転車屋さえ選ばれている。選ばれた人が選び、選ばれた自転車屋で組み、乗っている、そういう自転車だと僕は理解している。
「ふたりともすげえ。──ってかですよ、荒川とか行ってもスペシャブランドよりS-WORKSのほうがよっぽど見るわけですよ。もうS-WORKSじゃないと乗っちゃいけないのかって、そういう気分す。そんなもんすか?」
「俺にいうなよ」
 と僕は苦笑いする。「カーボンフレームもクロモリだってわざと8速クラリスで組む人間だぞ」
「上見たらキリないっす」
 O君はため息交じりに、でもすごく羨ましそうに外の2台の自転車を眺めていた。恰好いいから、わかる。
「いい自転車乗っても脚はつるし、俺はランドナーにさえ抜かれるよ。いつもだから気にならないけど。小島よしおは自分の自転車を置いて番組じゃあさひのロードバイクでお遍路してるし、初心者の狩野英孝もそう。お遍路くらいできるってことだ」
 そうっすけど、それいっちゃあなどとO君はいってる。わかるわかる。新婚さん、がんばってお金貯めて買って。
「行きますか」
「あったかくて根が生えてきた」
 結局、20分以上いてしまった。

 

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 道は青看標識によると鶴舞に向かっている。県道に入りまた分かれ、農家の屋敷路地のあいだを走って今度は国道へ。この国道は大多喜街道で、数百メートルばかり走ってまた分かれた。そして小湊鉄道の踏切を渡った。
 右に大きく湾曲したレールの先に、上総鶴舞の駅が見える。大好きな駅だけど先はまだあるし、彼がこういうものに興味があるのかどうかよくわからないから、あえて寄ることはせず先に進んだ。
 小湊鉄道と並走する道は気持がいい。冬の田畑は大半がゆっくり休息を取っているけれど、一部は植わっている。麦かな。まだ背は低い。並行している線路は非電化で架線がないから、レールを確認できないとどんなに近くてもそこにあることがわからない。列車が来るといいな、などと思う。踏切がいくつかあるが、大半が第四種っていう警報機も遮断機もないもの。来ても突然で、そのまま勢い行ってしまうんだろうな、本当にやってきてカメラを出す間もなかったってことがあったなって、昔いつだったかのことを思い出した。
 冬枯れの風景が突然華やかになった。そこは高滝湖だった。養老川に築かれた高滝ダムによるダム湖で、湖面はきらきらと輝いて、たくさんのボートが浮かんでいた。手漕ぎもありスワンもあった。陽光があふれた光景を見るとそれだけで暖かく感じる。あらためて太陽の力はすごいなと思う。

 

 今回、ルートを引きながら楽しみにしていた道が県道173号だ。高滝湖から養老渓谷に向かう、月出という集落までつなぐ道。
 この道が楽しかった。センターラインこそあるものの、ときおりだまって消えたりする、田畑のあいだを非直線的に、しかし意図のわからない微妙なカーブで進んでいく。一度県道171号を交え、それから分かれたあとは田畑も荒れてくる。放棄耕地もあるんだろう。やがて木が増えてきたと思えば林のなかに入ったりしながら上り勾配で進んでいく。センターラインが消え、1.5車線程度の路肩には落ち葉が積っていた。
 トンネルをひとつくぐる。道の規模からすると立派なトンネルだ。江孫隧道というらしい長さにしたらせいぜい2、30メートルのトンネルは、高さ制限も2.8メートルとされながら、綺麗な円形で掘られている。規模の小ささから見るとかつて千葉に多い手掘りにセメント吹き付けだったかもしれない。今は半円をコンクリートで構築する立派なトンネルになっている。
 途中県道172号と交わった。ずっと前にこの道も走った。大多喜から月崎へ抜ける道で、タフだけどこれも楽しい道だった。上総の内陸には県道でも計り知れない魅力がそろっている。
 この県道172号との交点で県道173号はお終いだ。この一帯が月出。しかし道はさらに直線的に続き、月出の集落を貫いたあと、養老渓谷に抜けられるようになっている。僕らはさらに先へ進んだ。県道としては終っているから、ここは市道、あるいは林道だろうか。いよいよ1車線強の狭い舗装路になった。路面に積る落ち葉の量も比べものにならないほど多くなった。それに路面全体を覆っている。落ち葉のなかに枯れ枝なんかも混じっている。僕は慣れているけれど、O君がこんな道を走ることなんてないだろう。枝に乗らないように気をつけて、と伝えた。まあ乗らないように気をつけると乗っちゃうんだけどねって付け加える。落ち葉が路面を覆うということは、車の通行がほとんどないということだ。車が通ればさっきの県道173号のように路肩に吹きだまる。
 そんな道は、林のなかをぐんぐんと上って行った。
 おおよそ上り切ったかというところまで来ると、道は馬の背の尾根にいた。右も左も斜面がすとんと落ち、西も東も木々のあいだから遠くまで台地を見通せた。西の方角など海まで見通せているのかもしれなかった。おかげであちこちと目が忙しかった。路面は変わらず落ち葉と小石や枯れ枝が浮き、こっちだって目が離せない。横目でなんてもったいないと、いよいよ僕は自転車を止め、木々のあいだから遠くを眺めてみた。

 

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 道は小さな交差点に出た。怪しげな緑色に変色したの案内標識、文字はペンキで手書き。
 地図上での交差点は変形十字路的な四つ辻で、僕が引いてきたルートはここを直線的に越えていく。
 しかしその緑の案内標識は三差路に見えるし、じっさい周辺をうろうろしてみても確かにそのとおりだった。僕が引いた、直線的に抜ける道は民家の庭だった。
「ないよね?」
「ないですね……」
 風がやむことはなかった。どちらかというと強くなっているように思えた。林の木々は枝葉を鳴らし、落ち葉は吹き飛ばされ舞い上がった。立ち止っていると寒くて震えが出た。さあ行かなくちゃ。道を選んで。

 

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後編へ続く