自転車旅CAFE

自転車を中心とした、旅のエッセイ

酉の市

 取り立てて信仰心があるわけでもなく、すがるほどの神仏を求めているわけでもないのだけど、なぜか毎年毎年、酉の市には来るようになった。もう習慣のようなもの。
 会社員をやめるときに、「商いに恵まれますように」といった軽い気持と、「なんか知らんけどみんな行ってるし」くらいの軽い付和雷同と、「ニュースでは見るけどどんなものだろう」というやっぱりこれも軽い興味本位で、浅草おおとり神社に実にライトな感覚で出かけたのが発端で、以降も変わらず酉の市に出かけている。

 

 なにしろ11月の酉の日となれば、小さくて狭い浅草鷲神社は人で埋め尽くされ、列の後端は歩道にまで広がる。お参りをしようと列の後ろにつけば、わずか50メートル余りの参道を1時間以上かけて、ようやくお酉さま本社へたどり着ける。仕事の帰りに行くことが多かったから、仕事鞄を提げ、進むとも進まないともない行列をじっと耐え忍び、ようやく最前列にたどり着いたらさい銭を投げ、二礼二拍手。そのあいだにも後ろから押される圧力を感じるから、できる限り手早く。このわずかばかりのお参りのために長い時間をかけ、本社前最前列から今度は抜け出すために人をかき分け、出てきた先であわただしく熊手を買う。ひと通りの儀礼を終えたあとの疲弊は、もうなかなかのものである。

 

 さすがにこの混雑に辟易して、別の神社に行こうかとも考えた。もともと興味本位で行きはじめただけなのだから、興味のままにいろいろな神社に行ってみるのもありなんじゃないかって思った。でもそれを妻に話すと、「何しに行くの? 今年一年いい商いができました、ありがとうございました、っていいに行くんだっていってなかった? だったら商売うまくいかないことがなかった限り、浅草鷲神社に行くのが筋ってものじゃないの?」といった。まあいい商いだったかどうかはともかく、悪い商いでもなかったので、それももっともかもしれない。悪い商いの年があれば、そのときに考えればいいんじゃないの、と。変に納得させられ、それからお参り先を変えられずにいる。大した信仰心もなく、興味本位なのだけど。

 

 昨年の酉の日が土曜日に当たっていたので、その日夜な夜な出かけてみた。夜の10時半とか11時とか、そのくらい。するとこれまで夜の7時から9時くらいに体験していた大混雑は嘘のようで、かといって殺風景とか祭りのあととか、そんなふうではなく、お参りする人もそれなりにいて、いい具合の活気、いい具合の華やかさがあった。縦横の路地に連なる屋台にはテーブルと椅子が置かれ、誰もが相当できあがっていた。お参りは行列で待ちこそするものの、せいぜい5分か10分程度、むしろ酉の市の気分を味わうにはちょうどいい。ランチタイムをさばき終えて肩に安堵のようすがうかがえるマックの店員のような巫女ちゃんから新たな熊手を買う。「ご苦労様でした」の声の力のこもり具合が、疲れをテンションで乗り切っている張り、、なのだと伝わってくる。夜通し執り行われている酉の市の楽しげな雰囲気をじゅうぶんに楽しめた気がした。
 そう、なんだか楽しかった。

 

 

 今年の酉の日は1日(木)と13日(火)と25日(日)。三の酉で日曜日はないなあと思い、さらに残る両日はいずれも予定がなかったから火曜日と木曜日を天秤にかけて一の酉に出かけることにした。
 仕事帰りに寄るのではなく、一度家に帰り、食事を済ませ、家での仕事や作業をちょちょっとやって、それから出かける。そして夜の10時近くになった。一年のうちでこの三日間に賭ける浅草鷲神社だけに、人出は計り知れない。この時間になってもずいぶん手前から交通規制が敷かれ、ずいぶん手前から屋台が並んでいた。警察、あるいは消防も出て、まち全体の人の流れや交通を整理していた。僕は今週、この日までニュースの映像でさんざん見せられた、渋谷のハロウィンのようすを思い出した。やれやれ、僕は首を振った。でもこれだけ人が出ていても、暴動が起きるんじゃないかとか、何か得体の知れない不穏な空気に包まれることはなかった。人出は多くてもまったく異なる空気が流れていた。誰もが笑い、誰もがいい具合に酔っぱらい、誰もが熊手を手に提げたり、大きなものなら肩に担いだりしていた。
 この時間になればかなり人の数は減っていた。「今でしたらゆっくりお参りいただけます」と、鳥居の前で拡声器から声が流れていた。鳥居をくぐって行列に並ぶ。ほうぼうから「商売繁盛!」の掛け声とともに三本締めが聞こえる。威勢がいい──その下町っぽい、少々がさつで、正直僕のあまり得意としない空気感も、酉の市のときばかりは心地よく思えた。
 お参りを終えて熊手を新たにし、参道を歩く。平日だから仕事帰りの人も多い。あちこちのテーブルが大宴会だった。屋台もお祭りなんかに比べると、軽食やお菓子類に比べてしっかり食べる肉系やお好み焼き、焼きそばなんかのほうが多い。その辺で食べたいものを買いあさり、ビールやチューハイやハイボールを買って腰を据える、みなそんなふうなのだろう。僕は食事はしたし、ここでお酒は飲まないから素通りするばかりだけど、そんなのを眺めているのも悪くなかった。肩を組んだサラリーマンふうがビールや食べ物を手に、あちらこちらによたよたと歩を揺らしながら向かってくるさまが、サザエさんのなかでしか見たことがなかったから笑った。リアル絵に描いた酔っぱらい。楽しそうだ。

 

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 かくして今年も酉の市のお参りを終えた。興味本位で始めたことがよくまあ続いている。そしてこれを済ませば、年の瀬がやってくる。