自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

三境林道・細尾峠(Oct-2018)

 自転車を買い換えた。
 クロモリのフレームは、ラレーの自転車があるのだけど、ここ最近家人が乗ることが増えてきて(もともとそのつもりであったので、僕にはサイズが小さい)、きちんと用意しないといけないなと思っていた。
 自転車にこだわりを持たない僕なので、例によってあえて、、、クラリス8速で組んだ自転車である。

 

  その最初の行き先に選んだのは群馬県から栃木県、桐生市からみどり市、県境を越えて日光市へ至る道。これも何かこだわりがあったわけじゃない。朝、早いうちに目覚ましをかけて起きたものの、窓の外のどんよりした重い雲を寝ぼけまなこのまま見て気分も重くなり、これが雨を降らせているのかどうかも確認せずそのまま二度寝してしまったから。
 7時過ぎに起きて明るくなった外を見て、今さら行きたくなくなった気分を半分抱えつつ、電車の時間を調べて決めた場所だった。この時間だからそう遠い場所には行けない。

 

 8時過ぎ、僕は輪行袋を抱えて電車に乗った。東武沿線の地の利を生かして、足利市駅で電車を降りた。

 

(本日のルート)

f:id:nonsugarcafe:20181011223138j:plain

GPSログ

 

 

 三境さんきょう林道は群馬県桐生市みどり市とを、足尾山地安蘇あそ山塊を越えて結ぶ林道で、近くの三境山からその名がつけられたのだと思う。山はマイナーながら一部ハイカーには知られているようで、しかしながらきれいに整備された登山道ではなく、地図と指示標と赤テープをたどるような登山で、見失うと道に迷うというハード・ボイルドなハイキングコースっぽい。
 その山のすそ野を伝い、両市を結ぶこの林道は、林道マニアが呼ぶところのいわゆる「完抜かんぬけ」で、起点終点ともそれぞれ別の道路に連絡している。ゆえにここを走る場合、みどり市の草木湖から入る方法と、桐生市の梅田湖から上っていく方法を取ることができる。
 僕は今回、桐生市側から入るルートとした。展開がいいとか、あとで細尾峠に行こうと思ってたからじゃなく、何のことはない、輪行上の都合だ。
 草木湖に向かおうとすると最寄りはわたらせ渓谷鉄道。これが不便で、僕のところからじゃ、5時台の始発前後に出ても、9時10時の到着になってしまう。じゃあ不便で時間のかかるわたらせ渓谷鉄道をカットして──、といっても東武からの最寄りは東武桐生線終着の赤城駅。またこれも同様に不便なうえ遅く、きっちりとした予定立てをしていない限り、使おうという気が起きないのがじっさいのところ。桐生市側から入るなら、もちろん最寄りは東武桐生線新桐生で、同じ路線ゆえ不便なのだけど、東武伊勢崎線足利市駅から10キロ余り走れば桐生市にたどり着けるので、不便な東武桐生線をカットでき、足利市スタートで桐生市側から入っていこうという考えだ。僕の脚でも東武桐生線で発生するロスタイムぶんを取り返すことができる。
 細尾峠はおまけ、、、だ。みどり市草木ダムへ下りたあと、行こうと思えばつながるルートっていう程度で、行く気持ちは半分以下。せいぜい3、4割程度ってところ。気が乗らなければわたらせ渓谷鉄道輪行して帰ろうって初めから考えてた。
 足利市駅を出発し、まず渡良瀬川を渡った。ちなみにJR両毛線足利駅はこの大河を挟んだ対岸にある。街が大河を挟むなんて面白い構造だ。

 

 もうずいぶんむかし、僕はこの三境林道を走りに行ったことがあった。同じように桐生市側から入ってみどり市側へ抜けた。それをかつて記事にしていた。

cycletrip.jugem.jp

 記憶も残ってないくらいなんだけど、帰ってから読み返してみたらこのときも足利市駅を起点にしてるんだね、どうせきっと当時も同じ理由なんだろう。笑ってしまった。

 

 かつて国道50号だった県道67号で桐生へ向かう。今から考えればこの道が国道50号だったなんてとうてい信じられないけど、佐野、足利、桐生と市の中心部を抜けていく直線道路は、当然のように交通量も多い。大幹線道路の一端を担っていた名残のよう。
 並走する里の道があればそちらへ入るようにした。県道67号は商店が軒を連ねる昭和的街なみだけど、そこから一本入っただけで舞台ステージ替えでもしたように一瞬にして農村の風景に転じる。田畑が広がり、道端には水が豊かに流れていた。なかなかの大きさの、懐かしい脇水路だった。こういう風景を見ると、自分がこういう場所で暮らしたことがあるわけでもないのに、心にしみるほどの懐かしさを覚える。じわじわと入りこんでくる。
 そして水の流れが、季節の移り変わりを感じさせたような気がした。秋に入り、どんどん深まっていく季節を、脇水路の流れが感じさせた。おそらく年じゅう変わることなく流れている水路であろうに、そんなことを思わせた。

 

f:id:nonsugarcafe:20181006093249j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006100643j:plain

 

 桐生市内に入ってからは桐生川に沿って山へ入っていく。
 風は秋に変わったけれど、紅葉にはまだまだ。おまけに時間を経るごとに気温が上がっていく。そういえば天気予報で、季節が逆戻りの真夏日になるところもあるでしょう、なんていっていた。
 やがて右手に桐生川ダムが姿を見せた。
 ダムによって堰き止められた湖は、梅田湖。大きなその中央を東西に架けている梅田大橋を渡った。
 最終的には桐生川をさかのぼり、梅田、上藤生かみふじゅうへ向かう県道337号へ戻るわけだけど、梅田湖畔にあるわき水、「大州の水」を汲んでいこうとわざわざ東岸の道へ寄り道したのだ。
 大州の水は情報も少なく、かつては飲めるのかどうかさえよくわからなかったけど、飲めるとわかってからは(桐生市に確認した)立ち寄ってボトルに入れていくようになった。それだけ知られておらず情報もないから、走りにくい道沿いにあることもあって、いつだって人などいなかった。ただただ流れているだけの水だった。しかし行ってみると、車で水を汲みに来ている人がいて、さらに順番を待って駐車している車がもう一台。今は知られてわざわざ汲みに来る人も現れたのか、と思った。汲んでいる人は、大容量焼酎のようなボトルを30本くらい用意していて、順番に水を入れている。僕は立ち止まったものの、もう一台の車もきっと似たようなものだろうなと、水はあきらめることにした。これじゃいつ終わるかわからないから。その場を去ろうとすると、汲んでいるおじさんと目が合った。そのまましばらくボトルを置き換える作業を続けていたが、
「何? 汲みたいの? 一本くらいいいよ、次に汲みな」
 という。僕は、そういわれてもなあと思う。もう行こうって思ったし。それで先に汲ませてやるよ、へえへえそれではありがたく、という瞬間的主従関係が生まれるのもなんかいやだったし、すべて汲み終えるのを待つ気もなかった。ただ断って不穏な場になるのも何なので、結局はすみませんと恐縮しつつボトルを横から差し出して汲ませてもらった。ボトルに水を満たすと、ていねいに礼をいい、水場を離れた。わずか数秒のこと。おじさんは何もいわずまた次から次へと自分のボトルに水を汲み入れた。

 

f:id:nonsugarcafe:20181006105433j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181011223401j:plain

 

 桐生川の源流に向かっている。上藤生への県道337号はそういう道だ。割烹旅館の清流園、石鴨天満宮清流の里若宮(食事処らしい……)くらいしかない。人の暮らしの気配もない。ひたすらうっそうとした杉林の坂を上り、桐生川の源流に向かう。すでに坂はしんどくて、息が続かず何度も立ち止まった。立ち止まっても、なにもない。
 この県道337号の終りが、三境林道の始まりだ。
 線籍上、県道337号はさらに奥へ数百メートル続く模様だが、ここにゲートが置かれ、一切の車両通行を禁止している。やってきた車両は三境林道へ向かうほかない。

 

 

 三境林道は、安蘇山塊を眺めて楽しむ道だ。それ以外は何もない。山稜を越えるわけではなく、三境山と残馬山のあいだを三境隧道でくぐってしまうので、一切の眺望はない。見どころらしい見どころなんてひとつもないっていえる。
 でも僕にとっては、桐生川流域と渡良瀬川流域を結ぶ道路が、しかもかなり奥まった場所で存在していることに魅力を感じてやまない。どんな場所からどんな場所に向かって、どんな道が敷かれているのだろう──。そうなのかこんなところを結ぶ道があるのか、という驚きを覚える。それが、魅力だ。だから、たとえば南アルプス林道(長野県伊那市山梨県南アルプス市)と同等の魅力を感じるのだ。
 道はただひたすら上る。とにかく上り続ける。県道337号から続けてみても延々と上っている。平地が現れることはなかった。息が切れる、休む、脚が続かなくなる、休む、それを繰り返した。
 ──しかし以前に上ったときよりも、きつくないか? 上れてなくないか?
 かつての記憶を美化しているのかもしれないし、悪かった部分は切り捨てて記憶に刻んでいるのかもしれない。こんなにきつい道だっただろうか、と止まらざるを得ないとき、そのたびに思った。
 ──あるいはこの新しいクロモリに乗れていないのか?
 そしてやっと、市境であり、山塊を貫き越える三境隧道に着いた。
 全線舗装の林道のうえ、トンネルも立派である。

 

f:id:nonsugarcafe:20181006115021j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006115500j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006121013j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006123207j:plain

 

 トンネルを越えるとみどり市に入る。かつての東村あずまむらである。
 三境林道周辺に立つ看板はむかしのままで、東村の名のまま残っているものばかりだ。群馬県にはかつて「東村」が三つも!(──もっと古くは五つも!!)あったから、必ず郡名を付けている。(勢)東村とか、勢多郡東村とか、そういった具合である。
 トンネルを出れば下る。身体を疲弊し尽くした上りから解放される。舗装されているけれど道幅も狭く、見通しも悪いうえ、路面も決して良くはなく落石も時おり見かけるので、ゆっくり定速で下っていく。
 柱戸林道の分岐が現れた。渡良瀬川の支流、柱戸川に沿って、ふもと集落から三境林道へつないでいる林道だけど、三境林道とそれほど距離が離れているわけでもない。二本並行した林道が存在しているも面白い。
 柱戸林道も走りたい林道のひとつながら、今日は三境林道をそのまま進む。今度のお楽しみ。そして三境林道はここからまた上りになった。

 

 草木湖の湖岸道路と合流すると、三境林道も終点である。
 何時間か前に見た桐生川水系梅田湖よりもさらに大きく見える。こちらは渡良瀬川本流。草木ダムによってできたダム湖だ。
 三境林道のみどり市側の入り口を見納めて、湖岸道路を流すように走った。久しぶりに車やバイクと行き交った。疲れたなあ、やけに疲れた。これからどうしようか──。

 

f:id:nonsugarcafe:20181006130754j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006131356j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006132209j:plain

 

 渡良瀬川を上流に向かった。
 紅葉の時期になると旅番組でも多く取り上げられるわたらせ渓谷鉄道が並行しているけれど、列車の走っていない線路だけを見ていると、国鉄足尾線といったほうがしっくりくるように思う。
 踏切を渡って、沢入そうり駅。小綺麗な丸太小屋ログハウスの駅舎には誰もいなかったが、車でやってきて駅舎やホームの写真を撮っている人がいた。ログハウスは周囲とのバランスからすれば少々異質ながら、それ以外はかさの低いプラットホームや構内配線、二灯式信号機など、みな国鉄時代のままなんだろう。時間が、止まって見える。そういったノスタルジーや情緒を楽しみに来るにはいい場所かもしれない。──と思いきや、あとで知るが、この駅、朝の連ドラ「半分、青い」のロケ地だったらしく、あるいはロケ地巡りをしに来ていた人かもしれなかった。

 

 さて──、と、一度待合室の椅子に腰を下ろした。
 疲れたからやめようかな、とほんの少し、思う。
 なんでこんなに疲れてしまったのか、ってのはまた別問題としてあるのだけど。
 時刻表を見る。
 6分後──。そのあと一時間半後。
 乗れなくはないなあ。そう思って、笑う。
 そして立ち上がった。もう少し、行きますか。6分後なら、せっかくだからどこか線路の見える場所から写真でも撮ろうか。
 走ると、すぐに踏切を渡り、すぐに渡良瀬川にかかる大きな橋の上に出た。水深を錯覚するくらい透明な水が、岩に織り込まれながら流れている。岩はゴロゴロと大きく、白くて、吸い込まれそうな渓谷を作っている。花崗岩だろうか。
 踏切が鳴った。

 

 軽量気動車一両。カタンカタン、と、国鉄時代のままの25メートルレールの継ぎ目をリズミカルに刻んでいった。一両はいい。二両だとカタンカタンカタンカタンとなるところだ。間延びのないリズミカルな刻みを披露する。
 あっという間に過ぎてしまった。

 

f:id:nonsugarcafe:20181006132901j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006133455j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006134711j:plain

 

 

 昼をまだ食べていない。
 ここまで飲食店などまったくなかったから。
 頭の片隅に、数年前、やはり自転車で来ていたときに、通洞つうどう駅近くの食堂に入った記憶が残っていた。名前も店構えも、何を食べたかさえ覚えていないけど、行けばわかるかもしれない。そこでどうだろう。
 国道122号が足尾バイパスに入る分岐で、足尾の市街地を通る旧道を選んだ。
 しかし一軒たりとも見つけられない。僕の視野が狭いんだろうか。
 気づくと通洞どころか、足尾駅に着いてしまった。
 ──やれやれ。
 駅を、散策する。
 ここもまた、ホームに出て、線路を眺めてみれば、国鉄足尾線の情景がよみがえる。駅のはずれには、国鉄足尾線時代に走っていた車両たちが、脈絡もなく展示してあった。展示というより留置にも見える。B型ディーゼル機関車、貨車や緩急車が数両、旅客用の気動車はキハ35が二両。キハ35は一両が首都圏色、もう一両は一般色に塗られていた。駅舎を向いた首都圏色の方向幕には「足尾」と表示されていた。
 ベンチに座り、今度はコンビニを探した。飲食店はもう期待できないだろうって思えたから。コンビニだってあるかどうかわからないけど。

 

f:id:nonsugarcafe:20181006142817j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006142952j:plain

 

 

 昼食は、午後三時のカップラーメンだった。
 むしろこんな場所にコンビニがあることに驚いた。足尾を過ぎて国道122号は山へ向かう。渡良瀬川から分かれた最後の支流、神子内川みこうちがわに沿って日光を目指す。坂を上る途中の、何もない場所に、突如ローソンが現れた。
 交通量は思いのほかあるようで、ここにしかないコンビニは出入りの多いあわただしい店だった。山中に分け入った場所に一軒、やたらと明るく存在する店は幻のオアシスみたいだった。吸い込まれるように通行車両が続々と入ってくる。僕はイートイン・スペースの隅に座って、そのようすを眺めていた。ラーメンに湯を入れて、時間を測っているところへ、反射ベストを着たロードレーサーが次々に入ってきた。どうやらここでブルベをやっているみたいだ。すべての通過者が立ち寄るところをみると、チェックポイントなのだろう。
 自転車で、200キロだとか400キロだとか、あるいはそれ以上とか、そんな距離を走ってしまうこと自体、強くリスペクトしてしまうわけだけど、集団行動が苦手な僕としては、イートイン・スペースで周りに陣取られるだけで気が小さくなってしまうから、とにかくできるだけ早く食事を終えて、ここから出ようと思うばかりだった。ひとり身の目的意識のない自転車乗りは、居心地の悪さを感じて、より隅へと身体を寄せる。この先の日足にっそくトンネルが、とか聞こえてくるのを背に、できるだけ小さくなりながらラーメンをすすった。日足ってことは、日光へ向かうのか、と思う。ラーメンを、できるだけ勢いよく食べるも、そのあいだにどんどんとブルベライダーたちが店内に入ってくる。店の周りにカタログでしか見たことのないような自転車たちが並ぶ。まだ来る、まだ、来る。どんどん、現れる。ラーメンを食べ終えた。スープを飲む。熱いけど、勢いよく。よし、終わり。行こう。

 

 僕は、国道122号を日光へ向かっていた。足尾に下りつつ戻る手もあったけど、細尾峠に向かうことにした。結果的にあわただしい昼食になってしまった。でも急いだおかげか、反射ベストの集団は前にも後ろにもいない。そのまま同じルートなら追いつかれ、やがて飲み込まれてしまうだろうけど、旧道への分岐まで行き着ければ逃げ切れる。彼らはトンネルを越える。トンネルの手前1キロくらいに分岐があったはず。どのくらい距離があるのだろう……。
 ところで、旧道での心配は、熊を中心にした獣の存在だ。特に奥日光戦場ヶ原から中禅寺湖の南、半月山、細尾峠から古峰ヶ原、前日光に至る一帯は、熊や鹿の活動域であり、旧道122号はその獣ベルトを横断するように細尾峠を越える。遅くなると夜行性の彼らは動き出す。午後三時半過ぎ、少なくとも日が陰るより前に決着したい。
 旧道分岐に着いた。

 

「長い長い峠道 細尾12.0KM」とある。「注意! クマ出没中」ともある。
 行こう。ここまで来て戻る手はないから。
 細尾峠は二度目で、前回は日光側から上ってきた。今回は逆ルート。でも基本的な造りは変わらないのでは──。道は延々と繰り返されるヘアピンカーブのつづら折で、距離が長い。そのぶん勾配は緩い。以前越えたときと同じように上れるはずだ。さっさと越えよう。僕は三境林道からずっと下げている鈴を、指で鳴らした。
 場所を変えずヘアピンカーブのつづら折だけで上っていく登坂路は、幾層にもわたって重なり見えるものだから、ミルフィーユのよう。カーブも折り重なりも一定じゃなく、複雑怪奇な造形。まさに旧道細尾峠の代表的美しさだ。下から見上げても、上から見返しても、見惚れる道である。

 

 しかし、なかなか進まない。
 ──きつい? なんできつい?
 ──おかしいな、つづら折で距離を稼いで勾配は緩めなんじゃなかったっけ?
 上り続けられず、思わず足をつく。こんなにきつかった印象は持っていなかった。
 確かに三境林道を上った時点で相当疲れを感じていたし、そこからも上り基調で走り続けてきたのは確かだ。でもそれにしたって、前回上ったときの記憶ってきつかったイメージもそんなになく、長いというそれだけだったように思う。なぜ今日はこんなにきついのだろう。上ってはまた、止まる。それを、繰り返す。
 ──すでに疲れがたまっているから?
 ──っていうかさ、そもそもクロモリって疲れないんじゃないの?
 ──だいたいさ、長い距離でもぐんぐん走れますよって、それ期待して買ったんじゃん?
 ──このクロモリ、めっちゃ重いとか?
 余計なことばかり頭に浮かぶ。自転車に当てつけのように、文句ばかりが浮かんでくる。あるいはこの自転車を選んだのは間違いだったのか、などと思ったりする。

 

 細尾峠。
 ようやく、たどり着いた。めちゃめちゃきつかった。何度も止まって休憩した。日がもうずいぶん陰ってきた。山あいの早い日没はもう目前だった。

 

f:id:nonsugarcafe:20181006153617j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006160331j:plain

f:id:nonsugarcafe:20181006160653j:plain

 

 峠を越えれば、下り一辺倒である。
 しかし山の陽と陰のせいなのか、足尾側を上っているときにはなかった路面の濡れ、、が著しい。落ち葉も総じて多いし、枯れ枝や落石も、放置されたままだ。
 荒れ放題である。
 滑る。めちゃめちゃ滑る……。
 おまけに、枯れ枝や落石に乗り上げてしまう。これだけ転がっていると避けたくても避けきれない。乗りあげて下りる(落ちる)ときに、これまたグリップしない。濡れた路面も、濡れた落ち葉も、厄介者だ。枯れ枝も、落石も、厄介者ばかりだ。
「走りにくい……。こうなったら、滑るよりこっちから滑らせていくか! 早目に後ろを出して、四つとも滑らせていきゃあいいんだ!」
 とシャウトした藤原拓海を思い出す。──自転車なんで、四つはないけど。
 そして、しばらくののち、僕は横倒しになった。

nonsugarcafe.hatenablog.com

 

 まさか新しい自転車での最初の出来事が、転倒とは。パンクでも、チェーン落ちでもなく。取りつけたアクセサリーの不具合でもなく。

 

 国道122号に合流する信号待ちで、三人の反射ベストが目の前を先に通過した。日足トンネルを抜けてきたのだろう。200キロもお疲れさまです、と思う。と同時に、僕は割れたヘルメットとゆがんでしまったメガネでいっそう居心地の悪さを覚えた。
 信号が青になり、合流する。ブルベの人たちから、距離を置く。どうせ放っておけば、自然と僕は置いていかれる。

 

f:id:nonsugarcafe:20181006170059j:plain

 

 ──そういえば、日光側の旧道細尾峠の造形美、まったく楽しめなかったな。
 あの下り道を走るうえで、そんな余裕はなかった。
 僕は駅近くのファミリーマートのイートイン・スペースで、今日一日飲みたくて仕方がなかったコーヒーを飲みながら思い返した。せっかく細尾に上ったのにな、と。
 最後の休息。ここから東武日光の駅まで、友人Uさんの言葉を借りれば「ふた漕ぎ」で着く。一日を終えた。
 脇のテーブルでファミポテとフランクフルトを食べていた外国人が
「バイシクル?」
 と聞く。僕は短く、
「yah」
 といった。力ない返事だった。
 外国人は笑って親指を立てて見せた。どちらかというと、貧相に見えたか、疲れきってよれよれか、ひしゃげたメガネが滑稽だったか、いずれにせよ哀れそうな、そんな感じだったんだ。──ま、いっか。僕も親指を立てて見せた。