宿の決め方
泊まりがけで自転車旅に出かけるとき、どこに泊まるかを考えなくちゃならない。それを、走りながら。
日本一周とか、アドベンチャーな旅をするのなら、テントと寝袋を積んで走るほうが絵になるし、そうでなくちゃ絵にならない。日が傾きはじめたらその日の寝床を意識して探し始める。コッヘルをシングルバーナーにかけ簡単な食事を作り、食事を終えて寝袋に入ってまどろんでいたらいつの間にか眠ってしまった──。そういう旅。
でもさすがにテント泊で自転車旅をつないでいくのはしんどい。年齢によるところは大きい。体力の部分もあるし、そこらへんでテント泊って若いから許されるようなもの、すべてキャンプ場で泊まるのなら大丈夫だけど、自転車旅って必ずしもそういかないから。あんな場所にひと晩テントがあったけど、朝、中から出てきたのはいい年したオッサンだった、ってのは避けたい。
テント泊での旅にせよ宿に泊まる場合にせよ、走りながらどこで泊まるかを考えるのは今日到達できる場所が定まらないから。進める距離が読み切れず、あらかじめ「今日はここまで行って泊まるぞ」って計画しづらいから。
今日は県境を越えられるかなあ、いやいや手前の町止まりかな。もう少し行ける気もするけど、その先は宿が(キャンプ場が)なくなるし、やっぱり県境には向かわないほうがいいよなあ──。
そんなふうに考えるわけだ。目標とする地まで行ける絶対的自信もないし、あるいは思いのほか早く着いてもっと先まで走ってしまいたいって思うときだってある。
だから、泊まる場所を決めるのは、その日のめどが立つ午後ある程度の時間になってからってことが多い。
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かつては飛び込みでもわりと融通の効いたユースホステルが全国各地に多かった。それは今じゃもう数えるほどしかない。
なので僕の年から考えても、今はビジネスホテルや駅前旅館のたぐいになる。リゾート地のホテルや温泉旅館にひとりで、予約なく飛び込むことに、どういう対応が待っているかなどさすがに想像がつくから、選ばない。
そのビジネスホテルや駅前旅館なんだけど、午後の中ごろに電話をかけると意外にいっぱいだったりすることがある。じゃあ次と周辺の宿に電話をかけても立て続けに断られたりすることもある。ユースホステルやゲストハウスのたぐいが純粋に観光利用(広い意味で見てまず観光目的なのだと思う)なのに対し、ビジネスでの利用もある、いやむしろそちらのほうが多いそういった宿は、「えっ!? こんな日に?」ってときに満室だったりする。近辺で大がかりな工事があったり、大きな会議や展示会、講演会があったりすると、周辺の宿泊施設含めて全滅ってこともあったりする。
ビジネスホテルって休日だとかなり取りやすいよね、などといってたのはもう過去の話。客室稼働率向上、空室対策施策を積極的に打って、平日だろうが休日だろうがかなりの稼働率で収益につなげているのが、この業界で今生き残っているところのはずだ。
当日取りってだんだん、そしてかなり難しくなってきたように思う。
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最近の僕はもうある程度めどをつけて、事前に押さえてしまうことが多くなった。つまり出発前に予約していく。宿の当日取りが難しいって現実に加えて、じっさいのところ休みもいつからいつまでの何日間とか、社会人であるがゆえ自由になる期間が限定的だから、最初に立てた計画どおりに運んでもらわないとならないのが現実だったりする。
本当はあと50キロ先の街で泊まろうと思ってたんだけど、雨が降ってきたし、まだ14時だけどもうここで泊まっちゃおう、宿を探そう、みたいなこと、しなくなった(出発前に宿を押さえちゃうからできないというか)。
だから雨が降ってこようが脚がつろうが、予約をしたからそこまで行かなきゃならない。
可能なら、そういうとき宿はできるだけ鉄道から近いところにしておく。それなら、走れない状況になっても輪行なりなんなりで宿に向かうってことができるからね。これからの僕の自転車旅、そういうのでいいんだって思うようになった。
でもね、本当はその日の宿はその日の行程中に決める旅のほうがいいな。あこがれるよ。
──昔やっていたことが、逆に今はあこがれになるって、なんか変だな(苦笑)。
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以前青森県を旅していたときに、蟹田という津軽半島の港町を宿泊の候補地にしていたことがあった。宿を決めていない旅だった。そこまで行けそうだし距離的にもちょうどよさそうだとめどが立った午後3時過ぎ、電話をしてみると全滅だった。3件ある旅館すべて満室だった。港で何かあったらしい。工事だったかお祭りだったか。もう忘れてしまったけど。
途方に暮れつつ見つけた宿は大湊。津軽半島ではなくて青森県反対側の半島、下北半島の町だった。やっと見つけた宿でえり好みもできないから、そこを押さえ、走っていくこともできない距離にいた僕は津軽線の最寄り駅に駆け込みそこから輪行した。東北本線、大湊線と乗り継いで、宿に着いたころにはもうすっかり夜だった。
6年前の話。