自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

三遠自転車旅#1渥美半島編(May-2018)

 どうも気が乗らない。

 こんなに遠くまでやってきたのに、自転車に乗る気力が湧き上がってこない。

 

 

 この連休、妻が年に数回の自転車に乗る宣言をしはじめ、あわてて知恵を絞って宿泊先も確保できたのが三遠地域だった。二日間の日程で、ひとつは渥美半島伊良湖岬まで走るコース、ひとつは浜名湖を一周するコースを用意した。どちらのコースをどちらの日にとは決めず、行きの車のなかで考えながら行くことにした。

 自転車の簡単な整備や準備もあわててやった。僕がふだん使っている自転車はともかく、妻が乗るクロモリ自転車はもう何か月乗っていないだろう。そこからだ……。

 

 夜通し車を走らせて、夜明けよりも前に田原市の道の駅に着いた。渥美半島伊良湖岬を一日目に持ってきた。理由は天気の安定性から。妻は浜名湖一周のほうが関心度が高く、一日じゅう天気の安定しそうな2日目に浜名湖を持っていきたいってことだった。渥美半島はどうもとってつけたようなプランになっちゃったけど、取れた宿泊先が豊橋だったから、ほかにぱっと思いつく目的地もなかったから。

 今思えば、岐阜のマチュピチュでも行けばよかったかもしれない。

 

 

 車中での仮眠中、寒くて目を覚ました。

 この大型連休はずっと夏のような気候で、もっとも気温は高いものの5月らしいさわやかな空気で助かるのだけど、服装もほぼ夏に近いものを選んでいるわけだ。着てきた普段着も、サイクリング用の恰好もみな夏仕様で、じっさいそれでじゅうぶんだった。

 前日の嵐のような雨は過ぎ去ったけど、風はずっと残っていた。音を立てるほどの風がやむことがない。雨をもたらして過ぎていったのは前線で、通過とともに気温がぐんと下がった。車の中に風が入り込んでくるわけじゃないけど、大きく木の枝を揺らす風は低くなった気温の体感をさらに寒いものにさせた。エンジンを切る直前の車の外気温計は14度だった。こんなに寒かったっけ? あるいは車のなかのほうが寒かったかもしれない。間違いないのは、寒くて震えて目を覚ましたのだということ。寒さと、外の風は自転車に乗る気をそいだ。暗いうち、まだあわてる時間じゃないと目を閉じるものの、何度かその寒さで目を覚ましてしまった。

 ここまで来て走らないっていうのはどうだ?

 渥美半島を自転車で走れる機会なんてそうはない。次にいつ来るかだってあやしいものだ。

 どこかできちんと起きて、準備をして、走らなくちゃと思った。なかば、義務感のようでもあった。

 それだけ気持ちにくさびを刺して、また目を閉じる。

 

 妻は今日は走らないといった。こんな風のなか、苦しいばかりだからいやだといった。じつは僕も同感だった。田原市の道の駅から時計回りにぐるっと、伊良湖岬を回って帰ってくるには70キロばかりあるようだった。この風のなか、進まない自転車を漕ぐことが気持ちの負担になった。何度目か、目を覚ましたときには外は明るくなっていた。朝ご飯を食べに行こうといい、車を出した。からだを目覚めさせる目的でまず動くことにしたけれど、強い風に気持ちが前を向いてくれない。近くの7時から開いている喫茶店に入って、モーニングと小倉トーストを頼んだ。

 コーヒーは朝にふさわしく苦かった。でもからだが目覚めることを拒否しているのか、トーストをうまく飲み込めない。

 途中まででもいいんじゃない? といわれ、車はそのまま妻に託し、半分だけ走ってもいいか、と考えた。

 一度道の駅に戻った。重いからだを無視して、自転車を組む。風が強く、夏の恰好じゃ寒いくらいの空気は早朝からひとつも変わっていなかった。前向きになれないから、機械的に乗る。そういうことにした。伊良湖岬まで行く、と妻に告げた。やだなあって、内心思った。せっかくここまで来ているのにって、そんな気持ちがわいてくれなかった。

 

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(本日のマップ)

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GPSログ

 

 渥美半島に関心がないわけじゃなかった。むしろ前々から強く興味を持っていた。

 それは僕自身のなかでひとつのストーリィができあがっていたから。

 渥美半島を走り、その先端の伊良湖岬から対岸の三重県に渡る旅をしてみたいって考えていた。伊勢、鳥羽、志摩、英虞湾。最終的にはそういったところを走る。そのための序章に置く場所と位置づけていた。

 だから突然決めた、半島のベースに車を置いて、先端まで走って一周して戻ってくるというプランは、僕が描いていたストーリィとはかけ離れているし、どう味わえばいいのかも準備できていなかった。取ってつけたようなサイクリングはあまりにも突貫すぎた。

 僕は自転車で出発した。

 

 手はじめに豊橋鉄道の終点、三河田原駅に寄ってみた。驚くほどきれいで、駅前とその周辺もすみずみまで整備されていた。

 それから持ってきたルートにしたがって走る。県道414号から国道42号へ。

 そういえば、見どころって何だろう。

 だいたい、今回のルートは自分じゃ引いていない。渥美半島で行われたサイクリングイベント、「渥美半島ぐる輪サイクリング」のコースをアレンジしただけのものだ。

 準備に時間がなかったからっていうのもあるけど、もともと妻と走ることを想定していたから、僕がふだん引くようなルートでは関心のベクトルが異なるし、イベントものに興味があるらしい妻にはこういったルートのほうがいいんだろうと思った。でもイベントって、コースの途中途中にエイド・ステーションがあって、それが楽しくて走るようなもんじゃないの? よく知らないけど。とすると、ただそのコースを走るだけって果たして楽しいわけ? とネガティブな思考があたまのなかを駆け回る。それに結果的に今日、妻は走ることなく車で伊良湖岬へ向かっている。となれば僕がこのルートを走る意味ってなんだ? 見どころってなんだ?

 それでも僕はルートにしたがった。低い気温と強い向かい風で、走りながら自分向けに再アレンジしたルートなど考える気にもなれなかったから。

 

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 したがったルートは国道42号を左に折れ、海岸線へ出た。渥美豊橋自転車道と書いてある。

 真っ白な砂浜が延々と続く。サーファーが波を目指している。

 田原市はサーフィンの町だそうだ。サーフィンを盛り上げ、サーフィンで町を盛り上げていた。サーファーにとってこの長い海岸線はすべてが彼らのステージである。

 ステージは、人気不人気があるんだろうか。

 僕はサーフィンというものがまるでわからないので、人が多いところとほとんどいないところの違いっていうのがわからないけど、じっさいそうだった。浜や岩の関係から波に違いがあるのかもしれない。あるいは駐車場から遠い近いという理由かもしれない。海辺に車を止め、仲間と談笑しながら波に向かう人たちもいれば、だれもいない長い浜を歩いてひとり波を目指す人もいた。

 サーフィンの砂浜を走っていると、突然漁港が現れたりもする。

 

 風が、強い。

 いちいち、めげる。

 

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 唯一、見どころめいたものをポイントとして入れた日出(ひい)の石門。自転車を止めて歩いてみた。国道には駐車場があって、車で埋まっていた。堆積岩でできた岩の海岸線に、浸食で洞穴ができたというものらしい。高台の駐車場から海岸線へ、坂道と階段を下りた。

 海は、いい。

 でも僕は、人が大勢、わいわい騒いでいるところは好きじゃないみたい。

 

 見るだけ見て、ひとまわりすると、そそくさと階段と坂を上って自転車に戻った。

 先へ進む。高台のサイクリングロードは人がいなくて静か。むしろこっちのほうがいいか。

 

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 もう乗らなくていいのか、と妻に聞かれた。僕はもういいと答えた。確かにここから戻る方向に走れば追い風になるし、どこへ行っても車でピックアップしてもらえるのは魅力だった。でも、今日はもういいかなって思った。こういう日もある。

 車を止めるのが大変だったと妻はいった。結果的に駐車場の枠内に車を置くことができず、場内に並べられた車列のなかに置いていた。とんでもなく混んでいる。

灯台へ行って、岬を外から回り込んできたんだけど、そこもすんごい人だった」

 と僕は感想をいった。

 でも、関東でいう三浦や湘南のイメージを思い浮かべれば、そんなものか──。

 僕がもともと、ストーリィの中継地に考えていた場所は一大観光地だった。

 

 自転車をばらして車に積む。まだ風は冷たかった。