自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

明神峠・三国峠へ、正面から(Dec-2017)

 動機付けは先月の山梨県道730号から見たすすき野原だった(→その日の記事)。

 山中湖を離れ、静岡県駿河小山駅をゴールに考えていたその日、県道730号で三国峠を目指していた。坂を上りつづら折をひとつひとつこなしながら振り返るとそこにはすすきの原野と山中湖の風景が広がった。富士山は残念ながら雲に隠れてしまったけれど、しばらく僕は目に入ってくる風景に魅了されていた。

 富士山が見られなかったから再訪という理由じゃない。

 僕が道路に、その展開に、ストーリィ性を求めてしまうからだ。

 自己満足の最たる世界感は、道路を映画フィルムのように愉しむこと。ルートを引くときも、地図を見ながらその場にいて見える景色、受ける印象、走ることによる物語の展開を空想する。どっちから走るとどう展開するのか、どこへまわり道するとメインテーマに添える花や伏線になりうるスポットがあるのか。そして引いたルートへ出かけていく。ストーリィは走り出すことで生まれ、展開し、結末を迎える。シアターのスクリーンに映し出されるストーリィに身を預けるように、走り、全方位の映像を感受する。僕は、このために自転車に乗っている。

 ──もちろん、限定的嗜好、奇癖粋狂であることは認識済み。

 

 これにのっとるならば、山中湖からすすきの原野の坂道を上って三国峠を越えることは、結末を先に見てしまったようなものだった。

 その日は駿河小山駅へ向かうことだけを目的にこの県道730号を選んだだけだから、こんな風景が展開されるなどと想定していなかった。

 

 

 小田急新松田駅で降りた僕は、最後の最後までここから御殿場線に乗るべきか悩んでいた。理由はふたつあって、ひとつは新松田から駿河小山まで行くには国道246号を走らなくちゃならないこと。じっさいに走ったことはまだないけれど、車で走ったときの印象や、御殿場線の車窓に見えるようすから、できれば走りたくない道とカテゴライズしていた。もうひとつは、静岡側から臨む明神峠・三国峠はアスリート系自転車乗りさえ苦しむ難度の坂であること。距離は長くないけれど誰もがその勾配、急傾斜にやられてしまう。ましてアスリート系ではない僕にとってそれは恐怖の情報でしかなかった。だからこのとんでもない坂道に臨む前にいっさいの体力を使わないという発想で行くのか、それともある程度走ることでアップしておくという発想で行くのか、そんな選択肢を用意していた。もちろん前者は御殿場線に乗り継ぎ駿河小山駅まで輪行することで、後者はここ新松田から駿河小山へも走ってそのまま明神峠・三国峠に臨むものだ。

 こまごました理由で御殿場線の本数が少ないというのもあるけれど、朝は帰りのようにいつ電車に乗れるのかわからないという状況ではなく、きちんと調べて電車を乗り継げるから、判断材料じゃない。じっさい、新松田駅を降りて20分後には御殿場線の接続のある電車で来たから、どちらだって選べるのだ。

 僕は悩んだ末、新松田駅前で自転車を組んだ。御殿場線は選択しなかった。

 

 駿河小山までの道のりは20キロ近くあって、想像していたより僕をくたびれさせた。アップなんて聞こえのいいもんじゃなかった。トイレには立ち寄っておいたほうがいいだろうと組み入れていた駿河小山駅で、それどころかしっかりとした休憩を取ることになった。アップより温存で、輪行で来ることが正解だったんじゃないかと選択を悔やんだ。

 それでも国道246号を避けて走ってきた県道76号は盛りだくさんの愉しみがあった。紅葉はまっ盛りで、想像していなかった魅力的な道をずいぶん長い区間得られた。交通量の少ない道で、ひとりで走ることがもったいないほどだった。御殿場線に沿って走るルートでは、かつてこの路線が東海道本線であったことをうかがい知れる要素を数多く残していた。これらを見つけることも気分が高揚するのだった。

 もちろん駿河小山駅までもそうだったのだけど、駅を発ってからもふだんより負荷をかけずに走ることを心がけた。

 なにしろ事前情報で聞いているのは、明神峠入口からの坂道は平均でも10%を越えていて、休む場などないということ、途中ドーナツつきコンクリート舗装になっている箇所は18%もあること、それがどれだけきついのか実感もわかない。じっさい先月、山梨側から下ってきたものの、逆方向の下り坂じゃ上り坂としての印象を正確に受け止められないし、記憶にとどまったのはドーナツ坂があったということくらいだ。

 そんなわけで負担がかからないように気をつけながら走るものの、徐々に上り始めた坂道で、僕がそれをコントロールすることなど困難なのだと気づいた。

 

 道路は静岡側が県道147号、明神峠を越えて一部入る神奈川県と山梨県が県道730号、いずれも通称は山中湖小山線という。明神峠が静岡・神奈川の県境、三国峠が神奈川・山梨の県境で、ピークは三国峠にある。三国峠までは駿河小山駅からだと13キロ強、休みない急勾配になる明神峠入口からは7キロ弱である。

 駅から御殿場線の踏切を越えて入った小山の町なみはほっとさせる風情があった。でもこの町なみなどすぐ抜けてしまい、荒涼とした黄土色の風景に変わった。そこが田んぼなのか畑なのか、手も入っていない原野なのか、わからない。じわじわと上っていく。

 

 

 右手に小さく「明神峠・三国峠」と書かれた矢印状の看板があり、その先に右に山中湖と記された青看が現れた。直進すると須走。走ってきた県道147号はこの信号のない交差点を一緒に右折する。いよいよ急勾配が始まる。

 はじめの数百メートル、それまでの斜度を継承する程度だったものの、すぐに強烈な傾斜が現れた。僕のガーミンeTrexは傾斜計が付いていないので、リアルタイムに何%ということはわからないけど、情報収集したいくつものサイトと、なにより自分の脚にかかる負担と選べるギアから10%を超えているだろうことは容易に想像がついた。

 山梨県境まで6.6kmと看板が出る。

 そんなには長くないな──。このときはそう思った。

 できるだけ淡々と、そしてここまでと同じようにできる限り負担がかからないよう、自分の限界に至らないよう走る。僕は速さは求めていない。僕が欲しいのは、この坂を上って行って、ピークを越えたのちの目に飛び込んでくる風景だ。上り切ることに意味がある。上り切れなくなったら意味がない。負担をかけず、時間をかけてじっくり行こう。

 しかしそんな冷静な考えでいられたのはごくわずかだった。

 そんなに長くない、そう思えたのもごくわずかだった。

 何だって?

 ここまでどれだけかかった?

 進んだ距離はたった600メートル?

 いったいこの距離でどれだけ脚を削られてしまったのだ。

「──ってか、上れるのか? 俺」

 とつい、口に出す。交通量は少ない。富士スピードウェイで感化された派手なスポイラーと音の大きなマフラーと幅太のタイヤを装着しているスポーツカーが、ときおり猛スピードで抜かしていくだけだ。歌ったって誰も聴いちゃいない。

 もちろん、ここで歌を歌えるような人ならもう残り6キロの心配はいらないはず。

 ペダルが重くなった。ギアを一枚軽くしようか悩んだ。しかしこの先にはドーナツ坂が待っている。どちらがいいのか判断をする能力はもはやなかった。頭などまわらない。きっと斜度がさっきよりきついんだろう、そう思えるくらいだった。ほんの少しだけ斜度が緩くなって見える坂の切り替えに、反対車線の斜め正方形標識の背が見えた。こちらからは支柱と白い背面しか見えないが、それが黄色の警戒標識であることはわかった。通過し、興味本位で振り向いてみる。14%、と書いてあった。

 時間ばかりが過ぎ、脚の負担が大きくなってきている。心拍計など使っていないけど、上限まではまだ上がり切っていないだろうなって感じる。自分の身体は自分でよくわかる。

 しかしながら脚が、つっていた。左脚のふくらはぎが激痛で動かなくなる寸前まできているのがわかった。行けるのか?

 来た──。

 これなのか。18%の激坂区間。残った一枚のギアに入れた。ファイナルローだった。もうギアはない。

 もともと立ち漕ぎで抜けようと思ってた。攻める立ち漕ぎじゃなく、休む立ち漕ぎ。それに座っていたら上れないんじゃないかとも思ってた。僕はサドルから立つ。

 左脚にさらなる違和感を感じた。大腿四頭筋がつる寸前だ。ふくらはぎと前ももがつる寸前の状態で、痛みをかばいながら形の崩れた立ち漕ぎをする。かなり遅く。

 ドーナツ坂をすべて立ち漕ぎで切り抜けることはできなかった。力尽きてサドルに座った。一瞬、気が抜けた。でもその一瞬は、18%にかかると停止を意味する。止ったら乗れない。止りかけた自転車を立て直し、上った。

 下を見るな、路面を見るな、とよく言う。坂だからというわけじゃなく、ロードバイクに乗っていて全般。顔を上げ切る必要はないけど、上目づかいに前を見る姿勢が必要だ。特に上りであれば喉の気道確保のために上を向いたほうがいい。しかし僕は下を見ていた。目には路面ばかりが入ってくる。前など見られない。とはいえ多少前を向いたところでこの壁のような道路で目に入るのは路面なのだとこの斜度のなかにいて気づきもした。

 ここ? ここが峠なのか?

 なんにもない、坂の途中。林道が分岐している。もちろん峠の碑もない。富士急カラーのバス停が、ここが峠なのだと誇らしげに宣言しているだけだ。

 こんな場所でバスを止められたら、再発進は容易じゃないだろうと思う。こんな急傾斜の坂道発進など、どんな教習所でもやらない。

 ドーナツを過ぎて、少しだけ傾斜は緩くなっているはずではあった。でもそれは18%が16%や14%になったくらい。ドーナツの手前で使っていた2枚目のギアに変速することがもうできなかった。ファイナルロー。傾斜が変わってもギアを戻せない。

 右脚が、こちらも大腿四頭筋がつりかけてきた。

 神奈川県?

 ──とするとここが明神峠なんじゃないのか? 僕はだんだんわからなくなってきた。しかしここには明神峠だとは書いていない。バス停があったのはしばらく前だ。そこからも延々ゆるくなることのない坂を上ってきているから、富士急のバス停が正しいのか、静岡・神奈川県境が明神峠だという僕の事前情報収集が正しいのか。

 ただどちらにしても言えるのは、どっちが明神峠であれ、通過して坂がゆるくなることはない、ということだ。

 そしてうるさいほどに、正確に、戦意を削いでくる残り距離を示した看板の、2キロを見落としたらしい。あるいはなかったのか? あと1.6キロ。

 

 一台、ロードバイクが僕を抜いていった。

 僕のスプロケットには入っていない、大きなギアを使って、くるくるとまわしながら軽快に上って行った。

 僕はあえて一瞬、力を緩めた。もう脚が三箇所もつりそうだ。ここで自分の守ってきたペースを崩し、速い自転車につい引っ張られたりしたら、もう脚は持たないだろう。僕は下を向き、そのロードバイクが見えなくなるのを待った。

 

 三国峠が近いのがわかった。傾斜が一時的にひと桁台になった気がした。ギアを一枚重くした。それからもう一枚重くしたが、すぐにひとつ戻した。疲れも半端じゃなく、少し楽がしたくて立ち漕ぎに入ろうと腰を上げたら、両前ももに電流のような痛みを感じた。すぐに座る。左のふくらはぎ、両方の大腿四頭筋、どこか一箇所でも完全につってしまったら転ぶだろう。動けなくなるだろう。腕もかなり疲労している。あり得ない傾斜にバランスも崩れ、上半身もボロボロのスタイルで上っているに違いない。ああみっともない。やめたらよかった。こんなところに来るの。恥ずかしい。三国峠への最後のカーブを曲がった。

 さっき僕を抜いていった若者ロードが、上りから下りへの道の切り替えで自転車を置く場所を探している。峠達成写真を撮るのだろう。工事車両や工事機器が乱雑に置かれた駐車場があって、なかなか決まらないようだ。自転車を押して、置いて、離れて、アングルを確認し、また自転車に戻ってを何度か繰り返していた。

 僕はピーク自体には興味はない。三国峠は眺望もなく、立ち止る楽しみはない場所だということを先月、山梨側から上ったときに知ったので僕は通過する。

 道は転じ、下りに入る。僕はフロントをアウターに変えた。

 ──あっ、下りってことは上り切りたってことだ。よかった……。

 ひと月前に来たときと同じ場所で写真を撮った。すすき野原は素晴らしい。山中湖は大きい。そしてあのときと同様、富士山はまったく見えなかった。どうやら僕はとことん富士山に縁がないらしい。まあいい。静岡側から上って明神・三国の両峠を越えてここまで来た。

 しかし肝心のコースストーリィはどうだったか。僕の演出プランは僕自身の心を揺さぶったか。

 正直、正当な判定などできなかった。明神峠から三国峠まで上ってくるこの県道147号、県道730号は僕に難しすぎた。今見ているすすき野原の風景は確かに素晴らしい。でもそれを全身で受け止めるだけの自分側のエネルギーが、ひとつも残っていなかった。それにいくつかの場所で立ち止って風景と自転車の写真を撮っているものの、長い時間ここにいられない寒さがあった。あまり身体を冷やしすぎると下りで大変なことになる。

 僕は、山中湖へ向けて自転車を走らせた。

 

(本日のマップ)

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