自転車旅CAFE

自転車を中心とした、旅のエッセイ

天空の高原とダート/地蔵峠・こまくさ峠・車坂峠-その1(Sep-2017)

 もう20年かそれ以上前になる。スキーをやっていた。当時はそれこそ大人のたしなみじゃないけれど、誰もがやっていた。そういう時代で、選べるほど趣味やレジャーが多様じゃなかった。だから冬になると休みを見つけてスキー場へ出かけていた。

 あるとき僕は友人の親戚の家だという長野県の坂城をベースに、彼と二人で週末のスキーに出かけた。初日は菅平へ行った。有名なスキー場だった。混んでいて、翌日は違うところへ行きたいなあと言った。坂城の家で飲みながら、地図で見つけたのが湯ノ丸スキー場だった。スキー場ガイドのゲレンデマップを見て、ここに行ってみようと話す。滑ってつまらないスキー場はいやだし、混んでいる場所も避けたい。翌日、僕らは上田を越え東部町(現在の東御市)まで出てそこから坂を上った。かなり、上った。標高が高いのだ。たいして良くないつづら折りの道を飽きるほど上り切った鞍部に、そのスキー場はあった。

 また別のとき、アサマ2000スキー場に出かけた。ある年のシーズンの初め、滑りたくて仕方のないころで、オープンしているスキー場を探すことが大変だった。何度探したって雪のあるスキー場は限られていた。インターネットが普及し始めたばかりで、新聞以外から得られる情報は多くなかった。標高の高さで選んだスキー場はかつて、高峰高原スキー場と名乗っていた。流行りに乗った名前だこと、と思った。その日は小諸から坂を上って行った。こちらもまた長い長い坂道だった。急な勾配と数えきれないほどのハンドリングでたどり着いた行き止まりに、そのスキー場はあった。

 

 地図を見て、サイクリングのルートを品定めしていてそのスキー場が目に入ってきた。どちらも一度しか行ったことがなくて記憶は希薄だ。いやむしろ、知らないことが多いと気づいた。

 ふたつのスキー場はわずか数キロでとなり合っていた。しかも、道が一本通じていていることを知る。

 

(本日のルート)

GPSログ

 

「どちらまで行かれます?」

 と聞いてきたのは輪行三人組のリーダーのような人だった。高崎駅の2番4番ホームにあるそば屋が開くのを待っていた僕は、

「長野原です」

 と答えた。

「じゃあ一緒だ」と彼は笑った。「電車、ここのホームですよね? 何両で来るとか、知ってます?」

「おそらく3両か4両のどちらかだと思いますが……」

 と僕は答えた。まわりのホームを見回せば、横川行きの電車がちょうど出発し、小山行きの電車が止っている。いずれも銀色の211系で4両編成だった。

「この電車が出てからですよね」

 と言う。この電車は今、僕やおそらく彼らも乗ってきた高崎線の電車だ。行き先に平塚を掲げている。

「どの辺に止るかわかります? こんなにホームいっぱいに止らないですよね」

 確かに、高崎線は10両編成だから同じ位置に止ることはないと思う。

「さすがにこんなふうに止ることはないと思いますが、わからないです」

 と僕は苦笑いした。

「ですよねえ」

 と彼も笑い、今度はたまたま通りかかった乗務員に声をかけていた。

 ちょうどホームのそば屋がシャッターを開け、中から湯気が勢いよく上がった。7時開店の貼り紙を目に、周囲にちらほらと取り巻くように立っていた人たちが一斉に列を作り始める。僕も後ろに加わった。

 

 長野原草津口行きの吾妻線はその三人組だけじゃなく、輪行袋を抱えた乗客があちこちに分散して乗り込んでいた。自転車乗りはみなシャイだ。多くが互いの交流を取らずにじっとおとなしくしている。駅のホームで見かけて、あ、いるなと気づいても、微妙な距離を保ちつつ、静かに列車に乗り込む。離れた場所に座る。僕もしかり。ハイカーのようなグループ行動よりも単独行が多いから、余計に散りぢりに映る。

 そう目の届く範囲で見て輪行客がそこそこいることに気づいたけれど、終点、長野原草津口で降りて、こんなにもいたのかと驚いた。駅の壁づたいに、逆立ちになった自転車たちがこれからの旅の準備をしていた。一列になり、10台前後が並んでいる。こんな数の自転車、東武日光駅以外じゃ見たことがなかった。

 でも長野原草津口駅を出発すると、同じ方向には一台の自転車もいない。──そりゃそうだ、この駅で降りたらセオリーはもうあそこしかないもんな。せいぜい鳥居峠に向かう人がいるかどうかか。そう思う。それだって僕が「国道全線走破」計画のひとつで秘かに企てている、「国道406号全線サイクリング」に登場するから意識しているだけで、それほど名の挙がる峠でもない。現実として、この西へ向かう国道144号に誰もいないということだ。

 

 僕は今日、北から地蔵峠を目指し、そこから車坂峠に向かう。地蔵峠がかつて僕の知る湯ノ丸スキー場であり、車坂峠が同様にアサマ2000スキー場だ。この一週間ではじめて、その両者同士がつながった。

 さらには両峠のあいだにこまくさ峠なる名の峠もある。こまくさ峠を頂点にその途中途中にあるのが地蔵峠と車坂峠という今日のルートだ。まずは長野原町から嬬恋村を目指した。

 このルートだったら、初めから吾妻線万座・鹿沢口まで来てしまえばいい。しかしながら高崎線の下り始発列車から接続する、高崎7時25分発の吾妻線長野原草津口止り。かつては万座・鹿沢口行きだった列車もいつごろだろう、八ツ場ダムう回線の開通あたりのダイヤ改正長野原草津口止りになってしまった。

 だからわざわざ10キロばかり余計に走っているのだけど、それゆえに面白いものを見られた。国道の案内標識と一緒に、「国道三起点」と書かれた標識、いわゆる青看だ。羽根尾交差点にあり、144号、145号、146号の起点なのだとアピールしていた。そして、先に名を挙げた国道406号はこの144号と145号の重複国道として下に埋もれている。

 大前までは吾妻線に沿い、吾妻川に沿い、──僕の大好きな道路、鉄道、川の三者が織りなす風景で進んでいく。吾妻川は渓谷の美しい風景を見せ、吾妻線は古い鉄橋やロックシェッドなどの構造物が興味をかき立てる。突然道路脇に大きな滝が現れたり、飽きさせない道だ。終着大前駅の手前で国道は吾妻線を離れ、大きく坂を上る。開けた視界から眼下に大前駅吾妻線の終端が見えないかと期待したけど、走りながら見つけることはできなかった。

 道は嬬恋村の田代という集落に入った。地図を見ると田代湖という湖が広がっている。道路から望むことはできなかったけど。

 僕は国道を離れ集落のなかの道を選んだ。おそらく今の国道はバイパスで、かつてこちらが国道本線だったのだろう。町は息づいていた。

 

▼ 国道三起点の羽根尾交差点

▼ 吸い込まれそうな吾妻渓谷

▼ 道路すぐ脇に突然現れる見事な滝(瀬戸の滝)

▼ 田代の集落をゆく

 

 ここからがいよいよ本格的な上りに入る。国道を離れ県道94号、進路は南。すぐに正面にスキー場が見えた。自分の記憶と、周囲の看板類から鹿沢スノーエリアだとわかった。

 直線で上り続けて行く途中、交差点で嬬恋パノラマラインを横切った。この道、以前嬬恋パノラマライン全線サイクリングと称して走った道だったと思い出した。もう2年前か3年前か、よく僕と一緒に走ってくれるUさんが一緒で、まだ彼が小径車で走っていたころだ。このアップダウンばかりの長い道のりを小径車で走ったって、今思い出しても驚く。このときは最後の何キロかの区間が工事規制中で全線走破は果たせなかったのだけど。

 そして道は温泉街に入った。新鹿沢温泉。

 温泉街はそれほど大きくはなく、歓楽温泉のような華やかさもない。が、一軒一軒の旅館はそこそこの規模で──鬼怒川や塩原のようにとんでもなく大きな旅館っていうのはないけど──、それが何軒か存在していた。

 「新」と言うからには、「旧」だか「本」だかあるはずなのだけど、それがどこなのか、走っているさいちゅうにはわからずじまいだった。帰ってから調べると、鹿沢温泉は新鹿沢温泉から何キロかさらに道を上って行った先にある一軒宿だそうだ。

 

 標高が1300、1400と上がっていく。県道94号の勾配は厳しさを増して、つづら折りも交えながら高みを目指すようになるが、次第に周囲の景色も開けてきた。一帯が湯ノ丸高原と呼ばれるだけあり、高原地帯に入ったことを思わせる。そして道が美しい。風景がいい。カーブは緑の山肌に溶け込み、上ってきたつづら折りが木々のあいだ、枝のすき間から幾重にも覗かれる。僕は立ち止まって振り返りながら山々に囲まれた高原風景に身を置いていることを楽しんだ。風が、涼しい。

 あらためて自転車にまたがる。坂を上る。そしていよいよリフトのかかった草の斜面が目に入ってきた。湯ノ丸スキー場だ。

 

▼ 田代の町なかにある鹿沢温泉口バス停

▼ いつぞやの嬬恋パノラマラインを横切った

▼ 新鹿沢の温泉街のど真ん中を貫く

▼ 湯尻川に沿って上る風景

▼ 高原地帯に入り美しい道路とパノラマが楽しめる

 そうそう、こんなスキー場だった。

 県道94号、長野県側(東御)から上ってくる道と、群馬県側(嬬恋)から上ってくる道とのちょうどピークがゲレンデベースで、そこに駐車場が広がっている。ゲレンデは道路を挟んだ東西にあり、道の両側には、冬で言うと「ゲレ食」と呼ぶ食堂がいくつも建ち並んでいる。もちろんだけど、今は雪はない。

 夏場のここは、駐車場はスキーシーズン同様、車でいっぱいに埋まっていた。西側のゲレンデには牛が、牧場の一区画のように放牧されていた。あるいはじっさいそうなのかもしれない。冬場のゲレ食群はこの時期も同じように食堂をやっているのだろうか。どこも閑散としているけど、ソフトクリームの看板が出ていたり、食事の案内が掲げてあったりするから営業しているのだろう。冬場との違いは、スキーシーズン中であればみなここでスキーをするから食事も建ち並んだこれら食堂のどこかでするけれど、今の季節はみな登山客だろうから、ほうぼうに歩きに行ってしまっている。車は止めるが食事をここで取ることはない。山歩きを終えて戻ってきた人がおなかを空かせていたり、甘いものがほしくなったりしていれば立ち寄るのだろう。

 そしてここが、地蔵峠と言う。

 

 僕は県道94号の東御へ向かう下り坂と嬬恋へ向かう下り坂の両方向を眺めながら、ベンチのひとつに座って自販機で買った缶コーヒーを飲んだ。

 

▼ 県道94号のピーク、地蔵峠

▼ 冬場は湯ノ丸スキー場

▼ 斜面の一角で牛が放牧されていた

▼ 地蔵峠へ上ってきた美しい道

 

その2へつづく