自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

Claris(クラリス)にしたよ

 もともと5600系105で組まれていた僕の自転車だったけど、ここでも書いてきた流れの通り、3300系SORAにごっそり組み換えをした。

 そんなわけで今、8速の自転車に乗っている。


 3300系SORAというと、とにかく評判のよろしくない「爪型リリース」を装備している。親指シフトって検索すると評判の悪い検索結果がリスト化される。でもね、これも全然気にならないんだよね。

 むかし使っていて、それから105で組まれた今の自転車に乗り換えてレバー式のリリースになったとき、「これはすごいよ、扱いやすさが全然違うよ」って、まあ言っていたわけだ。庶民として。だからガタが来てあるいはちいさな破損箇所が増えていよいよダメかとなった105をあきらめて、3300系SORAに組み替えるときにいちばん気にしたのはそこだった。

 でも、大丈夫。これはこれでいいじゃん、と使っている。爪型リリースのシフトアップはクリックだ。親指をほんのちょっと動かすだけ。中指でリリースレバーを動かすことよりも手の動きも少ない。

 下ハンのときにシフトアップができない、っていうのはよく言われる話で、確かにそう。このときだけは握り替える。でも僕の場合、下り坂に入ったらそれほど多くの変速はどうもしないみたい。ブレーキレバーを使うシフトダウンは下ハンでもできるし、場面はシフトアップに限られるから、下ハンからブラケットに握り替えることも頻度って少ない。それにそもそも「あぁ、握り替えるだけのことなんだ」と思った。

 カンパニョーロで組まれた自転車に乗ったことがないものだから比べられないのだけど、カンパって爪だよね、とも思う。もっとも爪の大きさもついている位置も違うのだけど。

 いずれにしても、ダブルレバーの時代から比べれば手はハンドルの域を出なくなったんだから、どちらであろうと変速は楽なんだろうなって思う。


 8速にしたことで段数が足りないかっていうのも、僕は意外と気にしていないみたい。まずトップとローの歯数は10速のときも8速になっても変えていないし(12-25)、中のギアは向かい風の強い日に「ああ、ここにもう一枚あった気がするな」と思ったことがこれまで乗った時間のなかで1日ないし2日あったかどうかだ。


 それよりも僕にとって8速の恩恵は大きい。消耗品が安い。調整だって決まる。「上位コンポのほうがきちんと調整できるようになっている」ってときどき聞くのはまゆつばだと思っている。一部の自転車屋さんのマニュアルシートのような気がしてならないんだよね。以前行っていた自転車屋さんで、出先で変速の調子が悪くなったときに帰るよりも近いからとその店に立ち寄って見てもらったら、「105じゃこんなもんす。きちんと調整できるようにしたかったらアルテ以上にしないと」ってペダルだけまわして調整もせずに言われて、僕は「そうなんですね、そうかもしれないですね……」と見慣れない若い店員に最後の言葉を残して、もうその店に行かなくなってしまった。──話がそれた。そして耐久性も高い。質の高い金属を使っている上位コンポ(それは純度とか硬度とかなのかな)は耐久性に優れるって、これまた自転車屋さんのサイトで見たことがあるけど、チェーンにしたってスプロケットにしたってクランクの歯にしたってフロントディレーラーのプレートにしたってみんな薄いのだ。純度や硬度で全方向に対する耐久性なんて簡単には想像がつかない。じっさい分厚い8速のチェーンなんてなかなか伸びないし、コマのヨレや横方向のネジレが起きにくいから変速不良も起こしにくい。

 8速一式、むかしの自転車からの残っていた部品で手もとにあったからなんだけど、それで組み上げて今、楽しく乗っている。


 そう、僕のカーボンロードは8速です。



 その3300系SORAもいよいよガタが来てしまった。もともと今の自転車に乗る前、その前からあった自転車についていた部品だし、年数だけで言ったらこのほうが105よりもはるかに古い。そう考えればよく使ってきたなあ。チェーンやスプロケットは交換するけど、デュアルコントロールレバーやディレーラーは換えないから。

 チェーンを外してリアディレーラーを確認してみると、ガタガタとずれるように動く。留めてあるネジはすべてきちんと締めてある。ああ、ダメかと思う。このところ走っていて変速不良が続いていたのだ。調整しても、同じ段に乗るときに、上がって乗るときと下がって乗るときで状態が違う。もうインデックス通りに作動してくれていないようだ。

 チェーンが悪いのか、はたまたプーリーの摩耗を放置していたからかとそんな小部品を交換しつつ試してきたものの、どれも解決に至らず。茶を濁し続けてきたようなものだ。ディレーラーのガタに気づいたのはいろいろ手を尽くしたすえの最近のことだった。


 こう、8速がもっとも僕に適している背丈に合っている、と断言しているけれど、正直いざこの段でどうするか、悩んだ。

 3300系のデュアルコントロールレバーで動作するリアディレーラーはもうない。せいぜい中古品を探すくらいだ。でもリアディレイラーだけじゃなく、同時にデュアルコントロールレバーも摩耗で駆動不良を起こしている可能性もわかっていた。それだけ長いこと使っているのだ。いよいよデュアルコントロールレバーから変速系を取り換えてしまわなきゃって思ったところから始まった。

 欲、というわけじゃない。

 わけじゃないけど、僕もロードに乗る庶民、かつては105が付いていたし、上位グレードの言葉の響きだって魅力的である。

 それは置いておいたとしても、我が家にはもう一台、ラレーのクロモリでできたロードがあり、これに4700系10速ティアグラが載っているのだ。

 それがあって、部品共用や、メンテナンス時の比較対象として同じコンポがあるのは確かにありがたく、4700系ティアグラが候補に挙がったのだ。

 もうひとつは、クラリスだ。

 唯一残る、シマノのロード用8速ライン。

 表を作り、必要な部品を並べ、モデルと価格を書きだした。

 デュアルコントロールレバーとリアディレーラー。さらにデュアルコントロールレバーを換えることによってキャリパーブレーキを換えなくちゃならない。もう古いむかし、105が5600系から5700系にモデルチェンジした時代にブレーキの引き量が変わったのだ。フロントディレーラーはどうだろう? こちらももし引き量が変わっていたら交換する必要がある。表に書き加える。クランクセットは? これはさすがに大丈夫だろう。チェーンが変わっていないのだから。でも念のため書き出す。チェーンとスプロケットはほぼ新品だ。これはそのまま使えるはず。

 ブレーキは、他をクラリスで組むにしてもティアグラにした。かつては105以上じゃないと、なんて言われた。確かに3300系SORAのブレーキは怖くて、5600系105のブレーキをかけたときに驚いた。こればかりは金属の硬度による剛性の差で、握った力がキャリパーブレーキ本体のネジレによって逃げてしまうことを思い知った。だから3300系に換えた今もブレーキだけは5600系105を使っている。

 じゃあ105じゃないのかって言うと、それは4700系ティアグラのブレーキでそれ同等の性能を実感したから。もしかしたら105も5700、5800と進化してさらに効くのかもしれないけれど、僕は西伊豆仁科峠から松崎への長くて細くて屈曲した下りも、第一いろは坂の10数パーセントの急なこう配の下りも、ラレーについた4700で下ってまったく不安がなかったから。これでいい、いやこれがいいって思ったから。

 そんなわけで、ブレーキだけ4700系ティアグラでそろえ、それ以外をクラリスとティアグラで並べた表は、合計欄に1万円の差が現れた。


「1万円か」

 と思った。

 1万円も、と思うかもしれない。でも僕は1万円か、と思った。1万円しか違わない、それで余計に悩んでしまった。



 翌日、お昼に自転車屋さんに電話を入れた。

 事の次第を説明する。

 そして、クラリスにするかティアグラにするかで悩んでいることも告げる。

 でも僕は朝から、内心はクラリスに決めていた。あとは自転車屋としてどう言うのかを聞いてみたかった。

「じっさいのところ、クラリスってどうなんですか?」

 と僕は聞く。

「触る機会が多いんですよ、完成車についていることが多いですから。いいですよ、クラリス。かつての上位機種と変わらないですよね。それになんて言うか、8速って熟成度というか『練れ』がきわめて高くて、そこが大きいです。10速なんかは今になってスプロケットの厚みに設計変更が入ったりしていますけど、8速は全く変わらず来ていますから。デュラからアルテ、SORAを経て今のクラリスですよね。設計面で洗練度がきわめて高いです」

 彼の言葉にやっぱり、と僕は思う。僕のお世話になっている自転車屋さんは上位偏重主義じゃない、むしろ逆だ。商売面の心配をしてしまうほど。そして、ナガヤマさんの乗り方には適合していると思います、と言った。


 本当はこれくらいの交換は自分でしたいのだけど、どうしてもこのところ時間が取れない。なので今回は手配から交換までお願いすることにした。時間が取れないっていうのは、人生いろいろな側面で遁辞にすぎないのだろうけど。



 クラリスは、これまでの2400系にかわり、この4月にフルモデルチェンジしたR2000系が北米で発表された。そして今、日本でもデリバリーが始まった。

 偶然にも、ちょうどだ。


 クラリスに、したよ。