自転車旅CAFE

自転車を中心とした、旅のエッセイ

富士山スカイライン(May-2017)

「富士山は登る山じゃなくて見る山だと思ってるんですよ」

 そう僕に言ったのは山歩きを趣味とする友人だ。小さいころから山に親しみ、高校大学とワンダーフォーゲル部や山岳部に所属し、今でも歩いている彼から聞く話ではどうやら縦走を好む。興味本位で連れて行ってもらったハイキングも陣馬山から高尾山やヤビツから大山、大菩薩嶺縦走なんかを計画してくれた。そんな彼は富士山には登らない。それを思い出した。



 富士山スカイラインは、富士の静岡県側、御殿場市から裾野市を経て富士宮市に至る中腹部を連ねた道と、そこから五合目まで駆け上がる道につけられた通称だ。前者を周遊区間と呼び、後者を登山区間と呼ぶ。

 かつて有料道路だったこの道は、周遊区間がさらに二分されて、御殿場区間富士宮区間とに分かれていた。僕の手もとにある古いロードマップで、有料道路だったころのようすが見て取れる。

 その周遊区間に、僕は以前から興味を持っていた。

 朝、小田急線の急行車内でUさんと落ち合い、新松田へ向かった。小田急線から見た空模様は、特に西方向が良くない。新松田で降り、松田から乗り込んだ御殿場線からも重苦しい雲は変わらない。いっこうに、富士山は僕らの前に姿を見せなかった。


「あの方向だと思うんですけどね」

 と僕らは御殿場の駅前で自転車を組みながら曇り空を眺めた。

 天気予報の情報収集には万全を期した。この土日は晴れて、暑くなるとNHKの天気予報は言った。しかし標高が上がって山になれば天気も変わるだろうと、山の天気予報をあわせてチェックした。そこには、土曜日の富士山は風が嵐のように吹き、登山には不向きとあった。日曜日にはそれも収まり、登山にも好条件と出ていたから僕らは出かける日を日曜日と定めた。

 しかしながら、特にここのところ、天気予報が当てにならない。

 御殿場の駅前にはたくさんの自転車乗りがいて幾人かの個人といくつかのグループがあった。同じ電車できた人やその前から来ていた人が輪行の荷をほどき自転車を組みあげて談笑している。僕らが組みあげるころにはその人たちは順々に出発してしまったのか、僕らの準備ができたころには駅前には誰もいなくなっていた。

「まあ晴れの予報ですしね、行きましょう」

 今日のルートは難しくない。御殿場の駅前からまっすぐ伸びる道を行けば、それが富士山スカイラインになる。


 その道をTVプログラムで見た。富士のすそ野の大地に優美な直線が延びていた。どこにでもありそうだけど、ここだけでしか見られない光景に思えた。道は大地の森のなかを進み、富士の雄大な姿をまぢかに見ることになる。そこへ行きたくて、僕はUさんを誘った。

 同じ番組を毎週見ていたUさんに面倒な説明は不要だった。



 最終のコンビニは30分ほどであらわれた。ここから先は東富士の演習場になる。その先に人家はない。自販機もない。最終のコンビニの次に飲み物や食べ物を手に入れられるのは水ヶ塚公園のパーキングになる。

 おのおの食べ物飲み物を仕入れて出発するとすぐに演習場のただ広く荒涼とした光景になった。右手が自衛隊で左手が米軍だった。米軍のゲートには電光板があり、「射撃中」の文字が光る。進んでいくといくつもゲートがあり、「射撃中」「実弾演習中」など表示されている。そして、重々しい砲撃の音、軽く鋭い射撃の音が絶え間なく耳に届くようになった。地面を揺るがす音、機銃掃射の音──。演習場の脇を車で走ったことはあったけれどこういった音が耳に届くことはない。自転車で走るのは初めてだ。生の身体で音を感じ場の空気を感じ、異様な感覚にとらわれていた。

 そのころからすでに、道は僕が期待していた優美な姿を見せ始めていた。すそ野を中腹まで駆け上がる周遊区間は、斜度に多少の緩急こそあれ、上り一辺倒だった。僕らは平らになることのない坂道を、何度も立ち止まりながら少しずつ上っていった。


 すれ違う自転車は何台か見たが、抜かしていく自転車は1台きりだった。御殿場の駅前に集っていたいくつもの自転車集団、自転車乗りたちはどこへ行ったのだろう。もっとも御殿場が起点であればここ富士山スカイラインだけじゃなく、須走口からの富士山や籠坂峠を越えての富士五湖、箱根や足柄などコースは多彩だ。富士山一周に向かう人だっているかもしれない。誰もがここにやってくるわけじゃないことはわかっているけれど。

 どれだけ進んで何度休憩しても、空の色は変わることがなく、富士山は姿を見せてくれない。

「この方角なんでしょうけどね」

 休憩のたびにどちらからともなく口にする。

 そしてもうひとつ、休憩のたびに寒くなってきたことに気づいていた。


「百メートル上るごとに気温は0.6度下がるとかよく言うじゃないですか、あれ当たってますね」

 とUさんが言う。

 標高五百メートルの御殿場駅では20度を下回るくらいの気温だった。この道を上ってきて標高千メートルのところにあった気温表示は15度と表示していたという。そして御殿場口五合目へ向かう県道152号の分岐箇所で写真を撮ったりしている今、また下がった気がする。千二百メートル台後半。休憩を終えさらに進み、水ヶ塚につくころにはそのままでは寒くていられないほどになっていた。


 水ヶ塚は大きな駐車場だった。バス停もあり何本かのバスも来ている。トイレもあり売店もある。富士山スカイライン周遊区間で唯一の大きな休息所。

 僕らは座って休憩を取ろうと駐車場のなかにある東屋に自転車を置いて腰かけた。

 自転車を降りて立ち止まると、じっとしていられないほどの寒さを感じた。息が白くなりかけているほどだ。Uさんはどうだろうか。

 僕は売店で温かいコーヒーを買うことにした。

「これ、飲み終えた缶はどこに捨てたらいいですか?」

 僕は保温棚から取ったコーヒー缶をレジに持って行くあいだ、どこにもごみ箱がないのを見てレジで聞いた。

「ごみはねえ捨てられないんですよ~ここ。持ち帰ってもらってるんです」

 レジを打つおばちゃんはそう言った。僕はあきらめる。

 売店はゆるく暖房が効いていたようだ。外に出るとじっとしていられないほど寒い。

 東屋に戻ると、Uさんがバイク乗りの方数人と談笑していた。そこに僕も混ぜてもらう。

「ここにはごみ箱がないんですって。買ったはいいけど捨てるところないです。持って行かないと」

 僕は買ってきた缶コーヒーを見せた。

 するとバイク乗りのひとりが、

「俺は売店のレジのおばちゃんに渡してきたよ」

 と言った。そうかあのおばちゃんだ。

「だって持ってきたものならともかく、ここで売っておいてそれを捨てる場所もないって話はおかしいだろう」

 なるほど一理ある。

 僕がコーヒーを飲んでいると、バイク乗りの数人は「じゃあ気をつけて」と出発していった。Uさんもありがとうございますお互いにと声をかけた。僕も頭を下げた。

 缶は、中のコーヒーが少なくなるとあっという間に冷たくなった。それだけ寒いのだ。

「申し訳ないんですけど、僕は登山区間無理な気がします」

 と僕はUさんに言った。

 今日のルートは、登山区間をオプションとして上って下ってくるルートとして引いていた。分岐するところで行くか行かないか考えましょうと話して、ルートだけは組み込んでいた。

 分岐まであと1キロくらいだ。

 前日、これは冬物の準備もいりますね、と話し、その準備もしてきた。泊まりのサイクリングで使う大型サドルバッグを用意してきたのもそのためだ。僕は冬用のアンダーと防風オーバーパンツを入れてある。もし登山区間に上るとしたらこれを今着込まないといられないほどだ。それだけ寒い。

 でもこの冬の準備は、下りのために用意していた。上りは身体も熱くなる。下りでは同じ服では下れないほど寒くなる。だから用意してきた服を上りで着てしまったら、帰りに下ることなどできなくなってしまうことが目に見えていた。五合目まで行くとなればここからさらに千メートル上る必要があるのだ。千メートル差の気温がもうまったく想像できない。それと時間だって気になった。とはいうものの、寒さに震えた僕は時間の計算はできなくて、寒さでもう登山区間へのサイクリングはあきらめていた。

「そうですね、この天気ですし」

 とUさんは言った。「だって本当ならあの看板にある富士山がここから見えるわけでしょう? ここはもう雲のなかですよね。小雨が降っているかもしれないし、降ってなくても霧雨状態じゃないかなあ」

 水ヶ塚を出発してまたさらに少しだけ上る。そこに登山区間への分岐路があらわれた。

「写真だけ、記念に撮っておきましょう」

 僕らはそう言って自転車を並べた。



 周遊区間を通ってきた車はみな、登山区間へ分岐していく。これから五合目への坂を上り富士への最高地点を手にするのだ。

 僕はそれを見ていてUさんに申し訳ない気持ちになった。ここを、上っていきたいと思っているに違いないのだ。僕が寒さに震えて上ることができないゆえ、ここをあきらめることになった。冬のアンダーウェア一枚ではなく、冬の防風のウェアもきちんと持って、考えられた防寒対策をしてくれば、こうはならなかった。僕の準備不足は否めなかった。

「じゃあ、富士宮へ下りましょう」

 周遊区間をさらに先へ、富士宮へ向けて進路を取った。


 たいていどこでもそうだけど、ここもまた下りの印象が記憶に少ない。仕方のないことではあるけれど、今日のこの下りは寒さに身体を硬直させ、それに耐えることばかり考えていたからなおさらだった。

 でも下りながら直線が続く区間では、ここの森って美しいなって思った。上りでは森の奥まで目をやる余裕がなかったか、同じであるに違いないけど印象に残ってなかった。とはいうものの、これもいつもながら下りで止まって写真を撮ろうとか、目に焼き付けようとかすることってない。まして、今日の下りは一目散に駆け下りたいほど寒いのだ。

 ずいぶん長いこと下っていた気がした。でもそれは距離で感じる長さだった。時間にすれば45分かそこらだ。御殿場駅から三時間かけて稼いだ標高を一時間足らずで吐き出した。いや御殿場駅よりもすでに低い標高にまで達していた。

 その長い下りを終えて、最初のコンビニを見つけてすぐさま僕は自転車を入れた。温かいものを口に入れたかった。

 コンビニの駐車場には日が当たっていた。じりじりとしたアスファルトからの照り返しさえある。ここは、暑いのだ。

 それでも僕は凍えてしばらく動けずにいた。肌は照り付ける日差しとアスファルトからの照り返しで暑いのだけど、身体のなかが冷えて震えるほど、それが落ち着くまでしばらく駐車場に腰を下ろして、それから店内に入った。店員は半そで、店内には冷房がかかっていた。

「のんびり休みましょう。時間も余裕ができましたし」

 そう、Uさんが言ってくれた。


 結果的に時間を持て余すほどになってしまったので、昼食にしますかと、新たな趣旨を置いた。

「確か、ナポリタンがどうとか……」

 と僕が思い出して言った。

 いいですね、とUさんが言い、僕は早速ネットで調べた。

「あっ、つけナポリタンっていうものらしいですね」

 僕は調べたスマートフォンの画面を見せる。どうやら吉原本町にあるようだ。

 富士宮はまだ標高が二百メートル、三百メートルある。そこから富士に向かうだけでも下り基調。街なかから幹線道路に至るまで、ほとんどペダルを回さずに進んだ。

 その店は有名人のサイン色紙がたくさん。有名店のようだ。とはいえ店内は昭和の時代の喫茶店。僕らが入ったときはちょうど谷間の時間だったのか、他に客はいなかったのだけど、僕らが入ったのち立て続けに3組ほど入店。

 メニューでつけナポリタンを見ると種類はなく一択。

「まあこれですよね」

「そうですねこれですね」

 さあどんなものもが出てくるのか。

 ゴールの新幹線新富士駅はもう近い。多めに出てきたところで何とかなるだろう。

 頼んだつけナポリタンを、僕らは楽しみに待った。


ご一緒いただいたUさんのブログはこちら


 ※Uさん写真ありがとうございました。例によって使わせていただいております。


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御殿場駅から出発した。たくさんの自転車乗りが自転車を用意していた。彼らはどこへ行ったのだろう。

▼そして富士山へ向かう。

▲富士の演習場は実弾での射撃演習中。そこかしこに注意喚起の電光板があったが、それよりも生々しい銃撃音・砲撃音が日常とは違う緊張感を伝えてきた。

▲富士山スカイラインは本当に美しく、期待通り、予想通りの道だった。上り坂に苦しむなか、どこかでこの雰囲気にのまれ、そして酔いしれていた。

▲水ヶ塚まで来ても雲が晴れることはなかった。ここから見える富士山は看板の絵のなかにいた。

▼登山区間の分岐点。ここからさらに千メートル弱の上り。

▲一気に下ってできた時間はグルメライドに転換。

▼これが富士のつけナポリタン。

▲工場地帯のなかの道は予想外にもまぢかで、まるで工場のなかをくぐり抜けているよう。

▼住宅街のなかを走っていると突然現れた新富士駅。新幹線の駅というより私鉄の駅のようだった。

▲有料道路時代の富士山スカイライン


(本日のマップ)

GPSログ