自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

円盤餃子と冬の残片

 餃子というと、僕の持っているイメージで言うなら、宇都宮、浜松、福島。特定のブランド餃子──それはホワイト餃子亀戸餃子のような──を除くとそんなところ。

 そのうちのひとつ、僕は福島へと向かっていた。


 もともとこの週末は輪行サイクリングを考えていた。静岡県旧東海道でさった峠や宇津ノ谷峠を訪ねようと思っていた。しかし週明けから見ていた静岡県の週間予報は、日を追うごとに悪くなり、いよいよ高確率の雨マークになってしまった。静岡県に限らず、関東、東海、中部、東北──つまり東日本から中日本は少なくともすべて、広範囲の雨マークになった。前日の天気予報は、関東は平野部でも雪になるかもしれません、と結んだ。

 そうそうにサイクリングは中止にし、代替案を検討した。のんびり家にいるわけじゃなく、わざわざ出かけたのは、18きっぷがもうこの日しか使えないから。だからあわてていた。期限の4月10日まで土日はあと3回あるけれど、それらは僕にとって使える日じゃない。

 代替案は鉄道旅。雪の可能性もあるのなら、いっそ雪を見に行こうと思った。加えて思いついたのは、ならば福島へ行って餃子を食べるということ。在来幹線の乗り継ぎばかりはそれほど楽しいわけじゃない──といって嫌いでもない──けれど、一度福島餃子が頭に浮かぶともうこれが頭から離れなくなった。

 福島餃子の店を情報収集するのだけど、驚くことに昼どきやっている店はきわめて少ない。なぜか夜だけの営業ばかり。そこでまず店を見つけたら営業時間をチェックする必要があった。これは宇都宮や浜松ではあまりないことだ(浜松では若干、あった)。


 早朝の列車ではなく、朝がいち段落した時間の宇都宮ゆきは、宇都宮線にしては短い10両編成ながら、小山を過ぎるとがらがらになった。僕はボックス席に移動し、窓に缶コーヒーを置いて飲む。車窓を見ながらこういう時間を過ごすのは至福だ。

 窓外を見慣れない車両がすれ違った。東北本線のみちのくを走るE701系にも似た風貌、きっと鳥山線に導入された蓄電池電車、EV-E301系じゃないか。営業運転は宇都宮と烏山のあいだだから、ここを走っているということは仕事を終えて小金井に帰るのかもしれない。

 コーヒーを飲みきらないうちに宇都宮に到着した。ボトル缶のキャップを閉め、バッグに入れて列車を降りた。ここから先の黒磯ゆきは4両編成の短い列車になるから、座席確保の争い──椅子取りゲームなどと呼ばれる──が繰り広げられる場所だが、今回はのんびり。このあとの黒磯ゆきへの直接の接続列車は15分後にやって来る。階段から橋を渡っての乗り換えで、ゆっくり座席を確保した。

 黒磯ゆき発車の数分前、15両編成の快速が到着すると、けたたましい足音とともに車内はいっぱいになった。座席が埋まり立ち客も出る。これをみて黒磯から先の列車に不安を抱いた。

 宇都宮を出ると、思いのほか外が明るいことに気づいた。もしかしたら天気は好転するのかな? この日の自転車旅はそうそうにあきらめたから、未練もない。であれば天気はいいに越したことない。少なくとも雪になることは今のところなさそうだ。


 黒磯の乗り換えは、上越線の水上に似ている。跨線橋を使った乗り換え、その跨線橋は二、三人しか並ぶことができない狭さ。18きっぷを握った乗客は(じっさいに握っているわけじゃないけど)乗り継ぎのために先を急ぐ。よく知っている人は、跨線橋に最も近いドア位置を把握していた。もちろん、そのドアの前は到着のとき、人が密集し、早くから殺気立っていた。

 このさい立って行ってもいいかと思いつつ、ボックス席の通路側の一角に座席を見つけたので座った。後ろ向きの通路側。これ、ロングシートよりも景色を楽しめないかもしれない。これだと立っていったほうがいいか、座っているほうがいいか、悩むところだ。

 郡山も同様だった。ここは跨線橋のない乗り換えだったけど、だから余計だったのかもしれない。通路や立ち客の腰を見ながらただ座っていることは楽しめないと思って、今度は先頭車両に立った。

 乗った福島ゆきが走り出すとすぐに、雨がフロントガラスに当たり始めた。それも雨の予報にふさわしい降雨量で、フロントガラスのワイパーのない面はすっかり濡れてにじんでいた。

 その列車が福島に近づくころ、雨はすっかり上がり、また空は明るくなった。変わりやすい不思議な天気だ。お昼過ぎ、福島駅に到着。この普通・福島ゆきは到着後、快速・仙台ゆきになるという。そう車内放送があった。福島に着くと、乗客の入れ替えもいったんの戸閉めもないまま、行き先表示だけが快速・仙台に変わった。誤って下車してしまったのか、これは福島止まりと時刻表もなっているのにそのまま仙台ゆきになるのか、と激しく駅員に抗議している人がいた。案内不足を詰め寄っているけれど、ボックス席の進行方向でも確保していたのだろうか。どうにもならないことに執拗だ。



 さあ、目的の福島に着いた。

 在来幹線だけを乗り継いできたこと、新幹線停車駅であることも手伝って、降りた駅前はまるで都会に映った。コンクリートに囲まれて、旅をしてきての下車駅としては物足りなくもある。それでも、餃子という目的を主題にしてやって来たのだから仕方がない。ローカル線のひなびた駅に降りたければ、それを主題にしてプランを立てればいい。

 駅から20分ほど歩く満腹というお店も考えていたけれど、不安定な天気もあって、駅ビルのなかに入っている照井という店にした。やはり待ち客は何組もいて、名前を書いてからおみやげ屋など物色に歩く。照井は飯坂温泉でやっている店だが、この福島駅の駅ビル内に店を出し、日中からの営業をしている。今回はどれだけの時間で食べられるかというのも内心持っていて、駅ナカの店にした。

 22個の餃子を頼むと、円盤型に出てくるんだそうだ。多いような気もするけど、それを頼む。加えていかにんじんを。いかにんじんは松前漬けに刻んだいかが入っているような食べ物で、ただ松前漬けのようにとろっとはしていない。先に出されたいかにんじんをつまみながら餃子を待った。

 円盤型にあらわれた餃子は、皮がカリっと焼かれていた。美味しい。透き通ったやわらかい食感の皮もいいけれど、こういうカリッとしているものもいい。

 しかし熱い。熱いものだから急いで食べられない。だって、お腹を空かせて着いたのだし、美味しいのだから急いで食べたいって思う。でも熱くてなかなか進まない。いかにんじんと交互に口に運んだ。22個は、決して多くなかった。


 食べ終えて店を出ると13時18分。13時30分発の上り郡山ゆきに間に合いそうだ。

 この上り列車に乗れたなら、考えていたことがあった。

 ここから郡山まで戻り、磐越東線に乗りたいのだ。郡山からいわきへ向かう列車に乗り、そこから常磐線で帰ろうと思う。

 磐越東線は、直通列車の少ない路線で、いわきに一気に抜けようと思うと数時間に一本である。今度の直通は、郡山を15時11分に出る列車で、それに乗るなら福島を14時20分の上り列車に乗ればいい。

 これに照準を合わせていれば──合わせていたのだけど──、20分歩いた満腹の餃子でもよかったのだ。

 でも餃子は美味しかったから照井で満足できたし、そして時間もできたので13時30分の東北本線に乗ることにする。これに乗ると、一本前の磐越東線に乗ることができるのだ。ただし、途中の小野新町止まり。でもせっかくの18きっぷでの旅、途中下車しないのはもったいないし、ただ同じ列車を乗りとおすのはつまらない。どこで途中下車するかも考えつつ、東北本線上りホームに向かった。

 その列車はロングシートの701系で、席に着けたもののなかなかの混雑。立ち客のすき間から反対側の窓の外を眺めていると、次第に天気が良くなってきているのがわかった。少なくとも福島にいるあいだに雨はもう上がったようだし、こうして走っているあいだに空はどんどん明るくなっていく。このまま晴れるんじゃないか? って思えた。そうなれば散策だ。

 僕は郡山ゆきのなかで、磐越東線小野新町ゆきをどこで降りるか、めぐらせてみた。咲いていないかもしれないけれど、三春の滝桜を眺めに行ってみようか。早速調べてみると、滝桜は駅からどうやら6キロも離れているらしい。歩いていくのは無理。駅前にレンタサイクルがあるのを見つけたけれど、次のいわきゆきまでの待ち時間は50分。行って帰ってそれで間に合うかどうか。もっと調べていくと、かなり起伏のある道だということもわかった。自分のロードバイクならまだしも、どんな自転車が出てくるのかわからないレンタサイクルでは難しいと判断した。

 そこで終点の小野新町まで行ってしまうことにした。駅舎のなかでぼんやり考えごとをしたりうわの空で過ごしたりしてもいいかなって思ったけど、せっかくなので次の夏井駅まで歩いてみることにした。道は県道41号、旧岩城街道。うまくすれば夏井千本桜を目にできるかもしれない。そうしよう。

 早速、郡山で磐越東線小野新町ゆきに乗り換える。キハ110系がいちばん端のホームでアイドリングしていた。



 大半の席が埋まっていた小野新町ゆきは、やはり区間運転だけあって徐々に乗客が減っていった。やはりというのは、この時期同業の18きっぷ利用者が、区間運転列車には乗らないという考えにもとづく。したがって乗客は地元利用者が中心で、そうであればひと駅ごとに乗客は減っていくはずだ。18きっぷ利用者の場合、たいていは全区間直通列車で終点までお付き合いである。

 最初は小さくなってロングシートのひとつに腰かけていたが、みっつ四つ行くとボックスシートが空いたので移動した。窓外はじつに天気がいい。青空が広がってきた。朝の雨、午前中、やんではまた降りをくり返した天気を忘れてしまうほどだ。あの重い雲はどこかへ行ってしまった。

 小野新町に着いた。あっという間だった。改札で駅員に18きっぷを見せて抜ける。振り返ると、懐かしくも安堵する改札口がそこにあった。


 小野新町からの岩城街道はかつて、自転車で走ったことがある(→乙字ヶ滝、新町街道と夏井川渓谷その2)。いい道だ。でも季節も違えば自転車と徒歩でも違う。まったく違う印象になることは想像に難くなかった。

 案の定、その通り印象はまったく違っていた。

 岩城街道磐越東線とつかず離れず進んでいく。センターラインがあったのは小野新町の駅近くだけで、踏切を越え、しばらくするとセンターラインのない1.5車線程度の道になった。沿道に取り立てるほどのものはない。距離を置いて家々が点在し、どこへ抜けられるのか細い里みちが分岐する。景色は冬枯れを残した、褐色だ。

 途中から夏井川が現れた。僕は──何度か書いているかもしれないけれど──この道路、線路、川の三点セットが大好きだ。この景色のなかを進んでいくことに強く惹かれる。ほかに何があるわけじゃなくていい。有名な神社仏閣や旧跡がなくてもいい。見事な桜や梅がなくてもいい。ガイドブックに載る必要なんてない。

 しかし歩いている途中、迂回でもするように道は鉄道から離れていることに気づいた。ぐるりとS字カーブを描いているところもある。対して、鉄道は一直線だ。僕は小野新町から夏井までの距離を、時刻表で確認していた。その距離4キロ弱。しかしそれはあくまで鉄道路線の距離だ。鉄道がまっすぐに進むところを道がくっついたり離れたりしながらS字を描きながら進むのでは、当然距離が伸びる。

 僕は少し急ぎ足になった。時計と地図での現在地を見比べると思ったほど進めていないのだ。次の列車まで50分。4キロ弱なら歩けるだろうと考えたものが、そうではないと知る。

 それでも道の微妙な屈曲を楽しみながら歩いた。山や川がせまると集落はなくなる。それらが離れて開けると小集落が現れる。それをくり返す道は、僕を高揚させてやまない。きっと、自転車で走っていたときも同じように思っていたに違いない。これというピンポイントな観光目的よりも、むかしながら、変わらずに残っているふつうの生活風景のほうが心に染み入ってくる。

 道路距離で、残り1.2キロで15分とわかったとき、安堵した。


 夏井の千本桜は、岩城街道から磐越東線の線路を挟んで反対側、少し離れた場所を並行して流れる夏井川沿いにある。やがてその土手が線路越し、遠目に見えてくる。しかし桜並木は色づきがなく、歩いてきた風景全てが褐色であるのと同様、冬枯れの桜のままだ。もちろんここは東北地方。やっと都心で開花した桜があるという程度の同じ時期に、東北の桜が花開くわけもないのだ。

 冬枯れの風景だからこそ、広く見渡せる。夏になれば草は伸び放題伸び、風景はさえぎられる。今だからこその風景なのだ。築堤すらない線路、踏切の向こうに千本桜並木、暖かい風の吹き始めた遅い春の訪れのなか、それらは冬の残片として僕の目に飛び込んできた。



 夏井駅は改札のない、単線一面の小さな駅だった。かつてある程度長い編成の列車でも走ったのか、それとも機関車牽引の客車列車があったのか、ホームだけ無用に長い。それだけホームがあっても、列車はワンマンだから一扉は一箇所しか開かない。わびしくもあるけれど、なぜかそれが僕を和ませた。

 3分もすると、遠くから揺れながらヘッドライトが近づいてくるのが見えた。


 ここから先が磐越東線の車窓のハイライト、夏井川渓谷に沿って下っていく。川と道路と鉄道が複雑に絡み、組み紐のように進むから、鉄道でも道路でも景観を楽しめる。列車でも楽しい、自転車でも楽しい。距離を歩けるなら徒歩散策だっていい。そしてメジャーな観光地ではない。車も少ないここは小野からいわきを結ぶ、経路を楽しむための散策路だ。

 残念ながらいわきゆきはボックス席を確保することはできなかった。それでもロングシートから、ときには席を立ってドアの窓越しに夏井川渓谷を楽しんだ。短いトンネルに何度も入って出る。そこには変わらずに夏井川渓谷が寄り添っている。トンネルは磐越東線が建設された時代を反映して、みな石積みだ。それもいい。石積みのトンネルを抜け、同じ風景をリピートするように渓谷が現れ、そして、色はどこまで行っても冬枯れ色だった。


 いわきから常磐線に乗る。水戸ゆきなのでこのまま帰ることはできない。時刻表を見ると勝田で乗り継ぎになる。その時点で夕刻。そうだ、弁当を買ってグリーン車に乗ろう。


*****

(本日のマップ)

JR東北本線の交流区間は、緑色の帯のステンレス車両がになっている。


列車は福島駅構内に入る。雨は上がってきた。


福島駅に到着。お昼をまわっている。


福島駅前は僕から見れば大都会だ。


駅ビルの一角にある、餃子の照井に入る。


円盤餃子(22個)。多いかと思いきや意外と食べられる量だった。


郡山に戻って磐越東線に乗る。トンネルが多く、どこもみな石積みである。


小野新町止まりの列車に乗って、終点の小野新町で下車。


素朴な改札口は懐かしく、記憶の片隅に触れたのか、安堵感を覚えた。


駅待合室のストーブには火が入っている。


岩城街道こと県道41号。なんということのない町なみ。


でもなんということのない町なみがいちばん、こころに響いてくる。


ここで列車を待って、見ていたくなるような踏切だ。


踏切の向こうは夏井川千本桜。しかしながらどれをとっても咲いてはいない。


夏井駅ホーム。今はワンマン運転の列車が大半の駅だが、ホームは長い。


いわきゆきの列車が入ってきた。