自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

銀山温泉と峠の力餅

 銀山温泉の名は、子供のころから、知っていた。

 それは小学生のころに買った、日本交通公社出版のガイドブックに載っていたから。タイトルは忘れてしまったけれど、関東からの温泉旅行のようなもので、当時主流の新書版だった。温泉の紹介とそこへの簡単な行程が書いてあり、熱海や水上や鬼怒川のような歓楽温泉と並んで、渋いひなびた温泉も多く掲載されていた。尻焼、栃尾又──なぜそんなものを小学生が愉しんで読んでいるのか、かなり不可解な少年であった。

 上野からL特急つばさに乗り、バス……確かそんな行程が書いてあった。どこの駅なのかさえ覚えてもいない。まだ山形新幹線どころか東北新幹線もなかったころの本で、銀山温泉という名だけが記憶の片隅にうずまっていた。

 

 

 なんとなく山形県へ行ってみたくなった。

 よくある動機である。

 ふつうは、ない。僕はよくある。目的地があるわけじゃなくてあっち方面に行きたい、そんな感じ。車で行ってどこか土地勘のないところへ行こう。

 そう思いはじめてから記憶の片隅から出てきたのが銀山温泉だった。そういえばどこにあるのか知らない。奥羽本線で行く、山形県にある温泉──は、その子供のころ読んでいたガイドブックによるものだ。

 ──よし、銀山温泉の朝風呂に入りに行こう。

 全国道路地図を開き、ルートを考えたときに、どこで奥羽山脈を横断するかを決めなくちゃならない。できるだけピストンルートが出ないように引く。そこで国道4号で古川まで北上し、国道347号で尾花沢に抜けようと考えたのだけど、奥羽山脈を越える鍋越峠前後の地図上に雪の結晶マークがある。つまり冬季閉鎖。同様に冬季閉鎖のルートを除外していくと、そのルートは意外にも多くない。仙台から作並経由で東根に抜ける国道48号か、古川から鳴子を経由する国道47号ルートの二択だ。

 僕は、下の道が好きなので、基本、高速道路は使わない。

 

 

 鳴子経由のルートを取るつもりで、古川を目指していた。

 それでも地図で見る国道347号が魅力的に映り、気になって仕方がない。前夜23時過ぎに出て、仙台市を過ぎたころ、夜が明けてきて休憩を取った。飲みものと、簡単につまむものを買って、車に戻り、じっさい冬季閉鎖っていつまでなんだろう、そう思って検索してみた。国道347号へ行くのなら、古川まで行かずに加美町を目指した方が近道だからだ。だとすれば今この場で判断を下す必要がある。まあ三月で閉鎖が解除になるってそうはないだろうから、最新情報が確認できればあきらめもつくってものだ。

一般国道347号(鍋越峠)の通年通行化について - 山形県

 ──朗報だ。

 

 国道347号は宮城県の古川から山形県の尾花沢へ向かう。したがって銀山温泉へのアプローチには最適である。尾花沢から先は村山、寒河江と抜けていくようだ。

 宮城県側では中羽前街道と呼ばれ、鍋越峠を越えた山形県側では母袋街道と呼ばれる。

 冬季閉鎖をするような道だから難所続きかと思っていたら、立派な片側一車線の国道だった。もっとも冬季通行可能にするために、整備を行った結果かもしれないけれど。離合も難しいとか、舗装路面は雪で見えないとか、そんな道路かと想像していた。

 県境に近づくにつれ、秘境感が増していく。通行可能とした結果、どのくらいの行き来があるのだろう。僕の目の前を猿が横断する。路肩にもちらほらこちらを見ている。よくよくみると周囲の木々に猿がたくさんいる。これは群衆だ。ここを通る人よりも猿のほうが多かったりするだろうか。

 やがて鍋越トンネルが現れ、県境を越えていく。山形県に出ると、澄んだ青空と雲海の風景が迎えた。

 

(鍋越トンネル)

(県境を越え山形県へ)

 思えば白石から仙台に向かうさいちゅうは、雨に降られていたというのに──。

 

 

 銀山川の両岸に狭く建ち並ぶ温泉街は、見る目を楽しませてくれる。風は冷たいけど、気にならない。温泉街はちょうどいいコンパクトさだ。朝湯に入ろうと思った、共同浴場のしろがねの湯は8時から。まだ時間があるので、朝食ついでにカレーパンを食べに行くことにした。銀山名物なのかこの店の独自商品なのかわからないけれど、これにコーヒーをつけた。店に入るとストーブがあたたかい。やはり、外は寒い。

 ここの温泉街に車は入ることができない。そのくらい道が狭い。僕らのような宿泊をともなわない観光客は一般用の駐車場に置き、歩いてくる。歩くといっても数分で、だんだんと見えてくる温泉街を遠くから俯瞰したりひとつひとつ写真に収めていればすぐだ。人通りはほとんどない。この8時前という時間であれば、多くの旅館では朝食を食べているだろうし、観光で来るにはいささか早い。カレーパンを食べているそこへ、浴衣に丹前を羽織った若い女の子が三人あらわれた。朝食は済ませたのかな、それとも朝めし前? 宿泊して朝めし前の温泉街散策もいいなあと思った。

 カレーパンを食べた店と、しろがねの湯は、温泉街の端と端で、8時をまわったのを腕時計で確認すると、じゃあそろそろ行くかと腰を上げた。川沿いの温泉街をまた歩くと、さっきとは違い、街が徐々に動き出している空気を感じた。一階に食事処を構えた旅館では、朝食のさなかであることがのぞけた。街に繰り出してきた浴衣姿もちらほらと見かけるようになった。

 しろがねの湯は今まさに準備できたと言い、おじさんが中から現れた。そして、まだ片一方しか準備できてねぇんだよと言う。もう片っぽは9時半くらいだと言う。8時からと公称しているのにずいぶんとゆるい。風呂は一階と二階とに分かれていて、二階の準備ができているから二階に入ってくれとおじさんは言った。僕は五百円を支払い、二階へ上がった。女湯なんだけどなぁと笑って付け加えた。

 お湯は硫黄の匂いがしっかりとする無色透明で、手を入れた感じはとても熱いのに、浸かってしまえばそれをまったく感じさせないものだった。肌への当たりもやわらかく、じわじわと身体をあたためる。二階の湯船からは前の通りが格子越しに見渡せ、目の前を人が行きかったり車が通り過ぎたりする。浴衣を着た女の子三人組──さっきカレーパンのところで見かけた子たちと一緒だろうか──が通り過ぎると、ここの扉を開けた。階下から、「まだ準備できてねぇんだ、片一方は今入ってっけど」とおじさんの声が聞こえる。「そこで待っといて」──僕はそれを聞いて急に気ぜわしくなった。

 それでもじゅうぶんに身体をあたためながら朝湯を楽しんだ。こころなしか全身の肌がすべすべしたような気がする。身体を拭いて服を着るが、ほてっているから上着を着ることができない。手に持ち、階下に下りると女性三人はいなかった。どうやら、一階の風呂に入ったらしい。二階が女湯? とすると一階は男湯? 9時半まで準備にかかる? おじさんの何が本当で、どこまでが適当なのかが、よくわからなくなった。

 あたたまった身体でまた街を歩く。立ち食い豆腐なるものがあるので買ってみた。生と揚げを食べた。シンプルで美味しい。そして道端にある足湯──最初通り過ぎたとき、あまりにも道そのままにあるようすが足湯とは思えなかった──にも浸かった。足先を入れるとかなり熱い。でも足をなかにまでしっかり浸けてしまえば、その熱さを感じないのは、しろがねの湯で入ったお湯と同じだ。

 

銀山温泉

 
 足湯に浸かってながめていると、この温泉街は若い人の率がきわめて高いように感じる。大正ロマンを売りにした雰囲気が合うのか、にしてもそれは世代は問わないように思う。あるいはアクセスなのか、僕も車で来たけれど、大型バスでのツアーなどなく、自家用車でのアプローチに限られるのならそれもあるかもしれない。
 
 聞けばここは、多くの旅館が予約に数ヶ月を要すると言う。行き当たりばったりの僕の旅には不似合いかな。お値段もそれなりにするというから、間違って入り込んでしまったような居心地の悪さもある。足湯でじゅうぶんあたたまった足を拭き、銀山温泉をあとにした。
 

◆ 

 

 帰路は村山から天童、山形と国道13号沿いを南下した。さらに上山、高畠と南下を続け、米沢に着く。

 ここで駅弁の牛肉どまん中を買うのだけど、同時に先の帰路のルートを考えていた。

 ひとつは奥羽山脈を越えて福島に抜け、再び国道4号で帰るルート、もうひとつは喜多方に抜けて、会津経由で帰るルート。

 行きに使った国道4号に再び合流するのは正直本意じゃないけれど、牛肉どまん中を買っていたらふと、峠の力餅も欲しくなってきた。手に入るのだろうか。一度考えると、止められなくなった。

 まず今日は列車旅ではないから、作っている峠の茶屋へのアプロ―チを考えなくちゃいけない。店はJR奥羽本線の峠駅近くだと聞く。そこは福島県境へ向かう国道13号とはかけ離れ、県道232号から向かうように見える。試しにJR峠駅にナビをセットしてみると、「冬季閉鎖ルートを含みます。迂回ルートを検索しますか?」と聞かれた。僕の道路地図の県道232号には冬季閉鎖のマークが見当たらないのでおかしいなと思いつつも、迂回ルートを検索させると、ナビは気がくるってしまったのか、目的地を勝手に五色温泉に置き換えてしまった。いったいどうしたと言うのだ? そんなひどいところなのか、峠駅って──。

 ひとまずナビが言う県道232号の冬季閉鎖区間を信用して、国道13号から向かってみることにした。県道232号ではどこにも出ることができないから、通れなかったときにはまるまる米沢まで戻ってこなくちゃならない。国道13号を選んだなら、もしその先に入れなかったとしてもあきらめてそのまま県境を越えてしまうことができ戻る必要はない。ただこのルートは、鉄道でいうとひとつ先(東京方面)の板谷駅から山越えをしてまわり込んでくる必要がある。

 国道13号でぐんぐんと坂を上り、長めのトンネルを抜けたあと、右手への道がある。これもまた県道232号で、板谷側の入り口である。しかしうずたかく積み上がった雪の壁のなか、その入り口が見つけづらい。ようやくみつけて雪の壁のすき間を入っていった。

 奥羽本線板谷駅を過ぎると坂を上る。奥羽本線はすぐにトンネルに突入してしまった。戻るように走る道は1.5車線程度の幅で、さらに雪の壁のせいで対向車が来たらすれ違いが困難なほどの道である。それがやがてすれ違いもできない1車線になった。でも通れないということはなく続いている。ところどころ雪で路面が埋まり、日の当たる場所は舗装路が露出している。この先、行けるのか行けないのかすらわからなくて、恐る恐る先に進んでいく。なにしろ進むことは出来ても両側雪の壁の1車線ではUターンもできないのだ。

 まさに峠駅へ向かうためだけの道である。

 

「米沢方面へは行けないんですか?」

 と僕は聞いた。

 無事、峠の茶屋にたどり着くと──道路事情を知らない状況下じゃ、無事にと言っていい──、こんな雪のなかいったい誰が来るのだろうとしか思えないのに、今日作られた力餅を出してきた。きちんと作っていてきちんと在庫している。

 茶屋のおばちゃんと、まるで街なかの商店で話すように会話をする。ここが雪に閉ざされ、車でやってくるのも大変なへき地とは感じさせない。

「米沢は県道が閉鎖になってるから直接は行けないんだよ。国道まわって行かねきゃなんねえ」

 なるほどナビの情報は合っていたのだ。しかし国道経由にしたら目的地であるここを見失ってしまったのはどういうわけだったのだろう。

「買いに来る人とかいるんですか?」

 と僕は聞いてみた。

「山歩きする人が来るんだよ、けっこう。そういう人が買ってってくれる」

 とおばちゃんは答えた。

 なるほど山歩き……、でもこの雪の深さはどうだろう。こんななか歩くというのは経験豊富な登山者じゃなきゃ無理なんじゃないか

な、少なくともハイキング未満しかしない僕には現実の話じゃない。

 駅で列車の停車中に買う人もいるだろう。そうやって買いに来る人のたちのために、このうず高く積もった雪の世界のなかで日々餅を作り、売っている。

 峠の力餅を受け取った。手にずっしりと重い。

 ありがとうございました、と見送ってくれるおばちゃん。大変だったなとか気をつけてなとか、ない。本当に街なかの店のようだ、へき地にいるとは思えない。

 

(峠の茶屋)

 

 せっかくなので峠駅に立ち寄ってみた。

 木造の「覆い」に囲われた駅は、無人で、ひっそりとしている。かつてはスイッチバックの駅構内だったけど、レールは撤去されてただただ広い。ここには一日数本の列車しか止まらない。まるで通過線の途中に乗降可能なプラットホームを置いてみた、というふうに見える。止まる列車は数本だけど、上下線一時間に一本ずつかそれ以上、山形新幹線が通過していく。きっとそのときってものすごい風圧、ものすごい轟音なのだろう。

 普通列車も、新幹線も、やってこないから、そんなこと想像がつかない。ただ静か。昼間でも薄暗い覆いのなかの峠駅は、雪に閉ざされた土地の孤独感を象徴的に表していた。でもその孤独はけっして暗い孤独じゃない。明るい孤独であり、力強い孤独だ。

 

(峠駅)

 

 さあ、帰ろう。

 

(牛肉どまん中、峠の力餅)