自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

太平山/桜の前に団子と玉子焼きを(Mar-2018)


 家に帰って、地図を見た。


 今日、ぶどう団地の幹線道、下都賀西部広域農道(通称:ぶどう通り)を走っているさいちゅう、右手の道からマウンテンバイクが上ってくるのが見えた。それは、僕の走る交通量が多く走りづらい道とは違い、のんびりと走ってくることができそうだった。あの道はどこにつながっているのだろう、あの道から走ってきてみたい──。交通量だけじゃなく、走るにも魅力を覚えそうな道だった。


「なにこれ? この道だったの!?」

 僕は驚いた。よく走る道からつながる、すぐにピンとくる道だったものだから。




 太平山へ、行こうと思った。

 朝からごそごそと用事を済ませ、自転車を準備して車に放り込む。もう昼に近づいていた。渡良瀬遊水地の谷中湖へ向かった。渋滞の少なそうな道を選んで。それでも、12時半になった。


 藤岡の新開橋で渡良瀬川を渡り、みかも山を左手に見ながら岩舟へ走った。

 いつも走る田んぼのなかの道。車はまったくといっていいほど来ない。走りやすい。国道や県道から離れた場所は、スキマみたいなところだ。

 信号のタイミングも良く、待たされずに国道50号を越えて岩舟へ出た。

 いつもは岩舟の駅前を通って、田んぼのなかの道を大平町へ向かう。岩舟の駅──秒速5センチメートルの駅だ──でトイレに寄ったり缶コーヒーを買って休憩したりして、そこから右手の両毛線と並走して進む。ここで田んぼ越しの列車を見られると、なにかいいことがありそうな気がする。

 今日は大平ぶどう団地の上、太平山から晃石山(てるいしさん)、馬不入山(うまいらずさん)へと続く丘陵部に入っていく道──地図を眺めていて見つけた道だ──に出かけてみようと思った。岩舟駅には寄らず、ふだんとは反対方向へ向かった。

 県道282号。そこへ入るがすぐに道は佐野方面へ左折してしまう。それはあくまで路線籍上の話。道なりはまっすぐぶどう通りになり、ほとんどの車もこちらに向かう。

 僕も同様に直進した。ぶどう通りは上り坂にかかる。ちょうど岩舟山の裏手の丘陵部だ。

 交通量が多いわりに、9%なんて勾配標識が現れる。日曜日だったからダンプや大型は少ないけれど、走りたくない道だ。土曜日だったらもっと多いに違いないし、平日は想像したくない。

 上り切った先で、少し下り、そこから今日目的とした道が左へ分岐する。そこまでの、このぶどう通りでのアプローチがいやだと思った。


 右に合流してくる細い道から、マウンテンバイクが上ってくるのが見えた。何だろうあの道は。車どおりはほとんどなさそうだ。どこからくる道だろう、これで来れば、ぶどう通りを車にまぎれて走らなくても済むんじゃないか。

 ──帰ったら、調べてみよう。


 左に取った道は、西山田林道といった。竹や木々のなかをくねくねと曲がりながら進む、1.5車線程度の道で全線が舗装されていた。

 懐かしい。警音器ならせ、だ。

 ぶどう通りから入ってくる車はない。

 カーブばかりで直線のない道路。つづら折というわけじゃない。山はだに沿わせた敷設なんだろう。

 木々の切れ間に出ると、関東平野が一望できた。


 ここまで上っていたんだって気づいた。上っていることはわかるけど、それほどきつい上りじゃなかった。


 走りながら、車一台も、オートバイも、自転車も人もすれ違うことがなかった西山田林道で、突然たくさんの車が止められた場所に出た。

 そこは清水寺という寺院の石段の前だった。あとで調べると、ろう梅としだれ桜で有名だそうだ。ただ、止められた車はみながみな参拝客というわけじゃなく、晃石山や太平山、馬不入山へのトレッキング・ベースにもなっているっぽい。今、散策を楽しんでいる人も多いんだろう。

 寺から張り出した桜の木が一本、ピンク色に染まっている。時期が時期だから早咲きの、河津とかかな。あれがそのしだれ桜なんだろうか。よくわからない。



 西山田林道を下って、大中寺の門前を経由し、下皆川林道に入る。ここは走りなれた道。そして自転車乗りも多い。何台ものロードバイクとすれ違った。

 謙信平まで上ってきてひと休み。団子と玉子焼きを食べた。玉子焼きはだし巻きで、甘くないので僕好み。桜の木の下、縁台のゴザでの休憩は、なんかいい。

 もちろん桜はまだまったく咲いていない。ここはソメイヨシノだと思う。

 この桜が咲いたら大変だ。道路は大渋滞する。駐車場からは止められずに待ち続ける車があふれ、そのあいだをぬって走るバイク、自転車。当然このゴザの縁台だっていっぱいになる。

 桜はとても見事と聞くけど、僕は桜のときに、ここには来ない。あと、紅葉のときも。


 国栃坂と呼ばれる、国学院栃木高校の前の下りをへて、市内へ入った。永野川のたもとに大きな鳥居がある。これが太平山神社の一の鳥居であり、この道が太平山への玄関口なんだろうなあ。僕はいつも下皆川林道から来てしまうけど。

 環状バイパスの県道309号を突っ切って、栃木の中心街に入った。栃木商業高校の脇から南下する。この道をたどると、車の少ない一本道で大平町をも突き抜けることができる。田んぼのなかの直線道路。ここを走っていると、関東平野の広さを実感する。

 まさに今日の前半、西山田林道から、あるいは太平山謙信平から、眺めた平野部だ。

 ここを走るなら6月7月、稲が背を伸ばし始め、田を真っ青に染める季節がいいな。稲を撫でる風って、なぜかとても涼しい。黄金の稲穂の季節も捨てがたいけど、僕は青々としたじゅうたんのような田の季節が好き。

 今はもちろん、水さえ入っていない土の田んぼ。

 土を作るため、トラクターが入っている。春なんだ。


 永野川の河畔を走ったり、また田んぼを走ったり、巴波川の河畔を走ったりした。田んぼのなかの道は、国道50号との交差点で信号がなかった。高速道路と変わらない速度で流れる大幹線道路だけに、渡れないかと思った。でも、完全に途切れて渡れる瞬間ってあるものなんだ。

 日が傾いてきて、風も冷たくなった。

 巴波川の土手を走っていると渡良瀬遊水池にもう入っているんだろうか。湿原のなかに放り出されたよう。

 ヨシだ。ヨシの原っぱだ。背高く伸びたヨシは傾いた日の光を受けて黄金色に光っている。そうだ、今がいちばん伸びているんだ。例年、3月の連休周辺で、この一帯のヨシを野焼きする。僕はこのヨシ焼よりも前の季節に、渡良瀬遊水池に来たことはなかったような気がする。大草原、大湿原──。広い。驚きの光景だ。


 渡良瀬川を渡って慣れた道に入り、遊水地内を突っ切って谷中湖へ向かう。

 坂を下って右に折れる道は、ヨシの原っぱに吸い込まれるように、消えてなくなっていた。

 すごい、すごい。ここへ飛び込もう。



 地図で調べた、マウンテンバイクが走ってきた道は、いつも僕が岩舟駅前を経由して走る道の延長だった。僕はいつも、この道から右折して大平下の駅裏へ向かう。田んぼのなかの一直線道路へ入るのだけど、右に折れずにそのまま行けば、マウンテンバイクがやってきた道だったんだ。

 道はぶどう通りこと下都賀西部広域農道につながり、わずか百メートル程度で西山田林道に分岐できる。西山田林道へ行くなら、ここを通ればいいのか。今度はぜひ、この道で。


(本日のルート)

GPSログ