自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

小豆島を走る/ひとまわり編(その2)(Jan-2018)

その1から続く

 

 小豆島ひとまわり──マメイチ、と自転車乗りは言ったりする──は、前半と後半でその雰囲気がまったく違っていた。別の場所を旅するようでもあるし、別の日のサイクリングを楽しんでいるようでもあった。

 その境界線となるのが坂手港。前半はただただ何もない小豆島を満喫する旅。道路と海と大地、そして点在する港やまち、これらをじっくり心に浸す旅。後半は小豆島観光プレゼンテーション。二十四の瞳映画村に始まり、小説にも登場するじっさいの分教場。さらに大石先生の帰り道を伝うように内海(うちのみ)へ出れば醤(ひしお)のまち。何件ものしょうゆ工場がむかしからのまま残り、そうめんを中心にした製麺工場も点在する。つくだ煮屋やひしおの料理を出す店が今ふうの店構えで並び、同様にカフェやレストランも多い。池田に向かうにつれ今度はオリーブ。これでもかと楽しませるスポットが満載だ。前半と後半でまるで顔が違う。

 前半と後半の違いを大きく感じさせたのは、偶然にも昼食を取った食堂「大坂屋」が坂手港にあったから余計だ。ハモのたまごとじ丼をごはん粒ひとつ残さず食べ、出発する。ノートのページをあえて新たなページにめくる。そんな感じ。

 

(本日のマップ)

GPSログ

 

 

 映画のセットにはそれほど興味がなかったけど、岬の分教場には行ってみようと思ってた。小説・二十四の瞳はこの岬の分教場に赴任した新人女性教師・大石先生が、分教場の新一年生たちとの学校生活をスタートするところから始まる。大石先生は内海湾の対岸の一本松──現在のオリーブ園の先にある一本松神社のあたりと思われる──から、当時ではきわめて珍しかった自転車で、岬の分教場へ通っていた。

 湾に沿った道は、もちろん現代は舗装されセンターラインの引かれた道で続いていく。僕は坂手港から出た古江の交差点でこの県道249号に入り田浦地区へ向かったが、そこからでもそれなりの距離を感じた。僕のように趣味で自転車を走らせるわけでなく、日々の仕事のなか自転車で通うことは、現代でももちろん、当時の自転車など乗りやすかったとは言えないだろうし、道だって今のように走りやすくなどないわけで、大変なことだろうと想像する。その年の途中でけがをしてしまった大石先生は一年をつうじて通い続けたわけじゃないけど、風もあれば雨もあったはず。もっとも小説のなか、自転車での描写はあまりないけれど。

 岬の分教場は堂々と、しかしながら威張ることなくその場に残っていた。ちいさな木造校舎は見事で、柱や梁がしっかり支え、外壁の壁板も含め塗装はいい具合にはげ落ちているが朽ちてはいなかった。木枠にはめられた窓ガラスはきれいに磨かれていた。むかしのガラスのようでどれも波打っていた。さほど広くない南側の空き地はきっと校庭だろう。僕は柱に触れてみる。

 この小説が世に知られなければ、この分教場もこうして残っていることはなかっただろうと思う。古い建物を残し、朽ちないように管理するだけでも多くの労力を要する。ちいさな島が維持をしている事実が、この島にとっての二十四の瞳という小説の重みを感じさせた。

 

▼ 大石先生も通った、分教場への道

▼ 岬の分教場

 

 岬の分教場への道は行き止まりなので、来た道を引き返した。坂手港から来たときに曲がった古江の交差点から今度は内海(うちのみ)のまちへ赴く。たちまち、まちはしょうゆ工場とその香りに包まれた。ここが醤(ひしお)の郷と呼ばれる地だ。

 時計回りに坂手港までの、何もない誰もいない小豆島とは違う。人も車も多い。観光バスも走っている。地元の人に向けた看板ではない、あきらかに観光客に向けたそれが多くなり、そういうところなのだと納得する。多面的小豆島の顔のまた一面に触れている。

 マルキン醤油の売店でしょうゆソフトを買って食べていると、駐車場に観光バスが入ってきた。開いたドアからはおそらく中国の言葉とおぼしき会話が飛び交う大勢の観光客が降りてきた。そうなのかすげえな──。瀬戸内の、本土と陸路でつながっていない一島が、これだけの外国人観光客を呼び込めることに驚いた。外国人たちは手なれた感じで見学ルートへ行ったり自撮り棒で写真を撮ったりおみやげ屋へ入ったり、そして受け入れる側のおみやげ屋の店員もまた手なれていて、ここでは観光需給が上手にバランスしていた。

 

 国道436号を少しだけ戻るほうへ、「出川哲郎の充電させてもらえませんか」で見た、生そうめんのなかぶ庵へ行く。生そうめんって今ひとつピンとこないけど、もともとそうめんも名産の島だけに、そこで作られる特別なものであれば行ってみようと思う。さっきハモたまごとじ丼を食べたばかりだけど。

 国道から細い路地へ入る。むかし、愛媛の祖父母の家に行くとき、こんな路地を入った。小さな脇水路があって、アスファルトじゃなくセメントで固められたような道。

 路地を百メートルばかり行くと、小綺麗な建物があった。そこがなかぶ庵。玄関引き戸の脇に「本日終了」と書かれたブラックボードが出されていた。

 今日、二度目の空振りである。

 

▼ 醤の郷、醤油工場群のなかを走る

▼ 路地に入るとちいさな醤油蔵がつらなるまちだ

▼ 生そうめんのなかぶ庵は空振り

 

 

 国道436号を西へ向かう。

 ああこんなことなら大坂屋食堂で気になった、タコの唐揚げを食べておくべきだったと後悔した。生そうめんを食べたいからと抑えたんだ。

 まちなかでつくだ煮屋に寄った。自転車をどこに置こうかなと悩んでいると、中から店員が出てきて「どうぞ垣根に立てかけちゃってください」って親切に言われる。なのでそうした。店内でいくつか試食し、そうしているとどれもこれも欲しくなってしまうから、無理に決めてくぎ煮と貝のつくだ煮を買った。これからお帰りですか? と聞くので、土庄で泊まりなんですと答えると、あら~土庄……ぜひ頑張ってくださいと言われる。「坂ですか?」「坂です──」

 草壁港を過ぎたすぐのところに、ここもまた古民家を改造したジェラート屋があった。MINORIって書いてある。しょうゆソフトをさっき食べたところだけど、いい。寒いけど、まあいい。外で食べるわけじゃないし。

 そんな僕の気分を読み取ったように、ちょうど気持ちいいくらいの暖かい空調だった。若干高いけれど三つのジェラートが楽しめる三種盛りにする。暖房でほんのり身体が温まる。しかしジェラートを口に運んで寒くなる。

 

▼ つくだ煮屋さんでつくだ煮を買う

▼ 寒いけれどあえてジェラートを食べる

▼ 高松へ向かうフェリーが発着する草壁港

 

 MINORIにトイレはなく、フェリーターミナルで借りてくださいと言うので、店を出てから草壁港に立ち寄った。小説・八日目の蝉で、不倫相手の子を誘拐した希和子が3年半の逃亡ののちに逮捕された場所がここか──。それをふと思い出した。そういえば同小説の最後のシーンが、今朝僕が車で船に乗り込んだ新岡山港だったな。希和子が、かつて誘拐した子・恵理菜と互いに知らぬまますれ違うストーリィ。バタバタと車を船に積み込んだものだから何も見ておらず覚えてもいない。草壁港に来てそれを思い出した。

 

 草壁港のフェリー待合室の自動扉を出るともう、ただ立っているだけじゃ震えてしまいそうなほど気温も下がっていた。どうも午前中が気温のいちばん高いときだったらしく、お昼前から下降線、そこに日が傾いたことも加わって寒い。立ち止っていられないとすぐに走り始めた。

 オリーブ園を過ぎ一本松神社のあたりから上り始め、ひと丘越える。南に向かえば大きめの半島があり、地蔵埼という突端まで道は続くのだけど残念ながら時間もない。いつか行ってみたいと思う道ながら、それはいったいいつなのだろう。

 丘を下れば池田港。キリンを屋根に載せた奇妙なフェリーが停泊していた。さらにもう一度丘越え。これを下りると土庄だ。

 

 土庄のまちに入り、渕崎の交差点を左に折れ、先を急いだ。車も都市部のように多いし商業施設もにぎやかだった。午前中走っていたときの島の印象とまったく違う。左手の海岸にエンジェルロードがある。天使の散歩道とも言っているようで、沿岸に浮かぶ余島という小島に向かって、干潮時にのみ道がつながるのだそう。土庄の一大観光地だが干潮という時間に左右される。次の干潮は20時で今日は難しい。明日の朝、起きられて時間があれば来てみようというくらいだ。

 日の暮れる前に僕が見たかったのは千年オリーブの樹だった。

 それは土庄東港から池田港まで見渡せる高台のうえにあり、つまりそこまで坂を上らなくちゃいけない。今日一日80キロばかり走って、寒いことも加わってくたびれていたけれど、でも今日の旅のストーリィの最終幕にする。日の出が関東よりも遅かったぶん、日の入りも遅いのだ。時間的にはそれに助けられた。──坂を、上る。

 

 

 最終幕にするにしても、根拠などなかった。小豆島の観光案内や観光地図にもほぼ載っていなくて、単に土庄の近くの地図を眺めていたときにそれを見つけたから旗を立てておいただけだ。事前知識も情報も何も持ち合わせていない。

 でもフィナーレを飾るにふさわしい、名に負けそうなほどちっぽけで、ずんぐりとした千年の命がそこにあった。

 

▼ 千年オリーブの大樹

 

 

 ここで、僕の小豆島一周は幕を下ろす。もちろん大角鼻にも地蔵埼にも足を運んでいないし、西の端戸形崎も組み入れていないけれど、小豆島のたくさんの顔を見るにはじゅうぶんだった。また来る機会はあるだろうか。もしあるなら、今度はこの樹の前からスタートしてみようかな。

 

#瀬戸内サイクリング #小豆島 #まめいち #島サイクリング