自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

小豆島を走る/ひとまわり編(その1)(Jan-2018)

 そこがカーフェリーの港だなんてとても思えなくて不安になった。時刻は6時14分。フェリーの出航時刻は6時20分で、押せ押せの時間になかばあきらめながら車を走らせて、着いた。──フェリーの乗船手続きってけっこう前についてないといけないんだよね? そういう感覚を持っていたからまっ黒な墨汁のような海に突き出したコンクリートの築堤があまりに暗くて、並んでいる車もいないなかを、ポツリポツリとだけある街灯で見える矢印に沿って車を進めていくだけだった。僕の住む越谷じゃこの時間はもう明るくなりかけているわけで、フェリーに乗るのに時間か場所か、なにかボタンの掛け違いをしているように錯覚した。車を駐車できるように引かれた何百台ぶんもありそうな白線のマスを──そこには一台の車も止められていないから──無視して斜めに横切り、古いコンクリートの建物に沿った最後の屈曲を曲がると、口を開けたフェリーが着岸していた。

「車検証持って、きっぷ買ってきて」

 僕が船の確認もせず、そもそも用意していた「今からでも乗れますか?」の言葉を出す間もなく、立っていたおじさんは特にあわてるふうもなく言った。

 

 船は少ない乗客を乗せて暗い海のうえを進んだ。人がまばらなうえ空調が効いていないようでもあって、ひどい寒さだった。少し眠りたいと思ってカーペットの座敷で横になったものの、冷え切った床から全身に冷たさが伝わり、眠りへ落ちることを許してくれなかった。仕方なしに椅子席へ移って眠ることにした。ソファのような長椅子に身体を投げ出して横になっている人も大勢いる。僕も真似してみたのだけど、どうしてだかうまく眠ることができない。あきらめて椅子席に浅めに腰かけて目を閉じたものの結局寒さで起きてしまう。船内の売店は朝の早い便だからまだやっていないみたい。あたたかいスープを飲みたくても手に入れることができない。

 そんなフェリーにも朝は訪れて、小豆島・土庄(とのしょう)港へ到着するころにはすっかり明るくなった。

 車両甲板のゲートが築堤に向かってゆっくり開く。まわりの車たちがエンジンをかけるのに合わせて僕もエンジンをかけた。フェリーのなかで会った自転車乗りが車列の後方でロードバイクにまたがっている。前方の車から順番に陸に上がり始めると、僕の発進と同時に彼もペダルを踏んだ。そして手を上げる。僕も手を上げ返した。彼の後姿はあっという間にまちのなかへ消えていった。

 

 今夜宿泊するオーキドホテルは港の目の前にあって、すぐにわかった。建物の一角にサイクルステーションという自転車の基地になりうる施設を用意しているホテルだ。まずフロントに行き、到着したこととサイクルステーションを使わせてもらうことを告げた。そこには自転車のスタンドがあり、空気入れや工具が用意され、休憩できる椅子やカーペット、更衣室もそろっている。自転車を車から下ろし、暖房の効いたサイクルステーションで準備を進めていると、オーキドホテルのNさんが現れた。今回の宿泊でいろいろと質問や相談をしたさいに親切に答えてくれた方で、フロントからナガヤマが着いたようだと伝わったのだろうか、わざわざ顔を出してくれたのだ。僕もあいさつと、これまでのやりとりへの礼を言うと、ぜひ島を楽しんでくださいと言った。

 そうするうちにすっかり日も昇り、明るくなった。自転車の準備ができて外に出ると、でもやっぱり寒かった。

 

 

(本日のマップ)

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GPSログ) 

 

 土庄の港は大小の船が頻繁に出入りしていてにぎわっていた。まちには車もバスも走っていてコンビニもあって、船に乗ったのが真っ暗なときだったから余計、離れ小島に来たんだという印象が薄かった。それだけ土庄がにぎやかな街に映った。

 これから島の外周を時計回りにまわってみようと考えているのだけど、土庄港の周辺が入り組んでいるものだから、それならついでだと海峡に架かる橋を渡って迷路のみちという路地に入り込んでみた。海峡はそう言われなければ川のようで、船が行き来するようすもない。でもこれはれっきとした海で、つまり土庄港のある場所と、同じ土庄でも迷路のみちがある場所は海をはさんで島違いということになるわけだ。おもしろい。

 

▼ 世界一小さな海峡、「土渕海峡」

▼ 土庄のまち

 

 まちを抜けると外周路はすぐに海沿いに出た。県道253号。瀬戸内海の海面がまぢかで、同じ高さにいるよう。フェリーと漁船が入り乱れるように出入りしていた。ルールがあるんだろうけど僕からするとよくぶつからないなと驚くばかり。それでも眺めて走っているととてもおだやかな気分になる。それから少しすると道は上りに転じた。ぐんぐん標高を稼ぐと港はやがてちいさくなり、そこを出入りする船もまるで模型の置きもののように見えた。

 空は青く明るいのだけど風景全体に白いもやがかかっていて、遠くなると判然としない。小豆島は僕にとって地理感覚も不確かだから、目の前に見えている薄ぼんやりとした台地が島なのかそれとも本州なのかわからない。冬って澄んだ空気が恥ずかしいほどに終わりのその先までもの景色を見せるものだと思っていたけれど、今日は春の空気なのか? いや、寒い。間違いなく寒い。かろうじてウィンドブレーカーは脱いでいるけど、瀬戸内の温暖な気候なんてちっとも違うじゃないかって、最初口にした。春の陽気のせいじゃないとしたら、もやはこのあたり特有のもやなのか。

 

▼ 海沿いの県道253号

▼ 高台へ上がるとジオラマのよう

▼ 遠くにはうすぼんやりと本州か、それとも別の島か、瀬戸内の風景

 

 道の駅大阪城残石記念公園で休憩にした。途中の屋形崎から道は土庄からまっすぐやってきた県道26号に合流していた。土庄からここまで20キロに満たないほど。滑り出しはまずまず、というか、道と風景が美しすぎて、止まりすぎないよう意識制限をするのが大変な状況が始まっている。それはすでに大絶賛すべき旅路が始まっているって言っていい。

 走っていても暖かいのは日の当たるときだけで、身体を動かしていても暑くなるほどじゃないから、温かい缶コーヒーで気分だけでもあたためてみる。──でも、たいしてあたたまらなかった。

 

▼ 道の駅大阪城残石記念公園

 

 

 土庄から時計回りに大部、福田、大角鼻から坂手、内海(草壁)、池田とまわって土庄に戻ってくる今日のルート、小豆島の観光地はみな島の南側に存在している。坂手から土庄までの国道436号周辺だ。

 それ以外は観光地どころかコンビニもない。島の北から東にかけては、地図を見てもあるのはキャンプ場と海水浴場くらいのものだ。

 

 でもひとまわり走り終えたのち、僕にとって小豆島で走っていちばんよかったと思えたのがこの島の北から東だった。単調でデジャヴのように現れる同じ道路パターンをルーティーンとしてこなし、見どころもなく寄るところもなく、しかしながら楽しくて、わくわくして、ずっと続けと思う道だった。──もっともそれは僕の感想であり、ふつう小豆島を訪れる人の価値観とは違うはずだけど。

 

 

 道の駅大阪城残石記念公園を出発したあとは、変わり映えのない海岸線の道路が続く。寒霞渓への北からのアプローチになる県道31号が交わるとそこは大部(おおべ)。岡山県備前市の日生(ひなせ)港とのフェリーか行き来する港町。アップダウンを繰り返していた道路も一度、海岸レベルまで駆け下りた。

 大部のまちはそのまま走り抜けるとあっという間に終わってしまった。そしてまた坂を上り、下る。センターラインは白破線かあるいは時になくなる。そればかりを繰り返す。海が見えればその向こうにうすぼんやりと、おそらく本州が見えている。山陽の地形に明るくないから、その町々がどこなのか、推測するすべもない。また坂を上り、下る。変わることがない。

 右の山肌は、大きな山ごと削られ、そのふもとからダンプカーが入り、山のかなり高いところまでパワーショベルが入っている。そういえば走っていると石材店がちょこちょこ点在していた。ここは石の山なのだな、と思う。

 県道26号が、ここまで進路を取ってきた東から南に方角を変えた。左手に金ヶ崎に伸びる小さな半島を眺めると福田のまちへ向かう下りにかかった。

 ここにもまた、大きくその肌を削った石丁場(採石場)が見える。こうあちらこちらで山から石を取っているところから察するに、小豆島という島全体が石の山なのかもしれないな──。その灰色の急斜面を右に見つつ下った場所に港があった。福田港は兵庫県の姫路港と行き来をするフェリーの発着がある。

 福田のまちもそのまま通過し、坂を上ると「さぬき百景」に選定されている福田海岸の景観に出た。福田港から目の前に浮かぶ「小島」という島が一望できる。背後にはさっきの採石の山がある。そういえば小豆島の周囲にある島に「小島」と名のついた島がいくつかあるみたい。一意性はなくていいのか、そういうものなのかな。

 11時をまわって、小腹もすいてきた。あんこ玉やちいさなチョコレートを口に運びつつ走っているものの、座って休憩もしたい。福田は北部東部のなかじゃ大きめのまちのようだけど、今朝のフェリーで出会った自転車乗りがこの先の岩谷にある「珈琲とブーケ。」という喫茶店に寄りなさいと言っていたから、それを楽しみにして、福田のまちをパスしてきた。これから岩谷まではもう5キロほどのはず。

 福田港に姫路からのフェリーが入ってきた。いい風景だ。

 行こう。僕はコーヒーが飲みたい。

 

▼ 大部のまちを通過

▼ 変わらぬ道の風景、変わらず続く旅情

▼ 削り取られる山、小豆島の生活の礎

▼ 福田のまちを通過

▼ 福田海岸、さぬき百景とか

 ガーミンの表示に、ルート上に立てた旗が近づいてくる。そうだった、喫茶店「珈琲とブーケ。」は事前に僕もチェックしていて、ルートにウェイポイントを組み込んでいたんだ。じゃあここを目指していけばいい。

 坂を下り始める。まちや港が近づくと高度を下げるのは伊豆なんかと同じ。ぐんぐん下って行くと旗が近い。通り過ぎないようにスピードをぐぐっと落とした。

 ──どこだ?

 旗の位置から見た場所に立ち止ってみた。右手に民家。そこは木戸がピタリと締まっていた。

 

▼ 珈琲とブーケ。(休業中)

 ──休業中。

 やむをえない。じたばたしても始まらないしこの先を考える。大角鼻のほうをまわり、坂手港に出るのがもともと考えていたルート。あるいは福田港まで戻るか、大角鼻をあきらめて直接草壁港へ向かう手も思いついた。

 しかし戻る手はないな。今が12時少し前、大角鼻をまわって坂手港まで17キロのよう。13時過ぎから13時半には着けるか。なら予定ルートどおり行こう。

 

 

 結果的に、大角鼻へは行かなかった。

 お腹がすいてしまった。それと、ここにきて眠気が襲ってきた。大角鼻へ向かう半島の道は車も皆無で、いっそ道路でひととき眠ることだってありだろうけど、今はダメだ、寒すぎる。あたたかな季節だったらそう選択しただろう。僕は半島の付け根にあるショートカットルートを選び、大角鼻をあきらめた。

 

▼ トンネルを突っ切れば草壁港、右から上って左へ回り込めば坂手港

▼ ルーティーン・ワークのように続くみち、繰り返される風景

 

 坂手港近くの食堂へ駆け込んだ。

 大坂屋。ここは近年の小豆島観光を担う、真新しくて小綺麗で小洒落てるデザイン性に富んだお店でもなく、かといって古い懐かしさのある建物をきれいにリノベーションした今ふう古民家でもない。むかしからある、むかしのままの、正直に言えば古くてちょっと汚げな食堂だった。

 でも、混んでいる。

 地元の人か? グループ、家族連れ、それにカップルだっている。若い恋人同士が選んでくる店構えとは思えないけど、事実いる。

 若奥さんふうがお茶を持っていて何にします? と聞く。メニューは壁の短冊だ。はも。──はもは関東にいるとそうお目にかかるものじゃない。まして大衆食堂で出てくるものじゃない。

「はもたまごとじ丼で──」

 

▼ 前半の終了は昼食で。坂手港大坂屋食堂

 

その2へ続く

 

#瀬戸内サイクリング #小豆島 #まめいち #島サイクリング