自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

冬枯れの下総台地から佐原へ(Dec-2017)

 乗り方を忘れた自転車乗りは歌を忘れたウグイスのようにかわいいもんじゃない。スポーツ自転車を買って一年以内に乗らなくなってしまう人が9割なら、たとえどれだけ乗っていようとも、そのなかにひとからげでくくられてしまうだけだ。乗り方の糸口を思い出せればとやみくもに、なんでもいいから乗ってみようとする。それが合っているのかどうかもわからないで。メンヘルとしてあがいてみるだけ。

 情報経路を断つ。ノイズが入らないように。ツイッターにログインすることをやめた。ブログやホームページを検索することもやめてみた。

 周囲からのちょっとした言葉の刺激がメンヘルには鋭すぎるから、そうやって自分を情報の世間から遠ざけてみた。そして年の瀬が近づいてくる。

 佐原へ行こうか。つくだ煮を買ってこよう。

 

 

 成田へ、今日は京成で来てみた。JRで来るのと京成で来るのとどちらが便利なのだろう。お得なのはどちらだろう。便利という点じゃ僕の住む埼玉県越谷市からじゃ似たり寄ったりで、どちらも便利じゃない。まあいいか、そのうち比べてみようかな。

 駅前で自転車を組んだ。

 午前8時半の空気はまだ冷たい。走り出す前に着ていたウィンドブレーカーを脱ごうと思ったけど、とてもそんな気温じゃなかった。

 北総の、冬枯れの風景を見たい。

 

(本日のマップ)

GPSログ

 

 

 成田山の参道はふだんのまだ早い朝とお正月の準備を大方終えた静かな空気が共存していた。あわただしさや人にかきまわされる目まぐるしさはない。知人で、年の瀬ぎりぎりの、お正月を迎える準備を終えた静かな神社や寺が好きという人がいた。掃き清められた参道や庭、すすを払い終えたあらゆる建物が清らかで、こころもすがすがしくなると言った。なるほどそうかもしれない。少しだけ歩いて入ってみた。

 今日は夜に用事があるので、お昼前後には帰路につかなきゃいけない。だから寺や参道を眺める時間もそこそこに、先へすすむことにした。

 

 ごちゃごちゃとした街なかや交通量と騒音が途絶えることない大国道を過ぎ、成田空港への鉄道高架線を過ぎるころ静かになる。県道から脇の里みちに進路を取れば、すぐにも期待していた冬枯れの風景に出合うことができた。

 田畑には霜が降り、びっしりと張り付いていた。風もそれほど強くないけど吹いていて、これがさらに体感温度を下げる。走ることに関しては追い風基調だから幸いだった。

 もう何年も使い続けて劣化してきた手袋は指先が痛い。感覚がはっきりしないからフロント変速のタップができない。ウィンドブレーカーもまだ脱ぐに至らないほどの寒さ。でも日が少しずつ高くなってきた。これから暖かくなるといいのだけど。

 下総台地のなかを、上ったり下ったりしながら進んでいく。田畑が広がり、台地のへりをなぞるようにクネクネと道が続く。平地部を横切るように進路を取ると水路や川を越える。さらに進んでいくと林のなかに入り、そして坂を上り下る。集落があらわれて道はやがてそのなかの路地に入り込んでいく。それを何度か、デジャヴのように繰り返していく。まるでさっき見ていた風景のような、さっき通った場所のような。ガーミンを見ながら走っているから安心しているけれど、かつて地図だけを持って走っていたころを思い出すと、自分の居場所を見失ってしまう、不安に駆られる風景の繰り返しかもしれない。

 そもそもこういう路地や里みちは、1万分の1クラスの地図でなければ載っていないものもあるから、そういった道を選択して走ることができるのはウェブルートサービスとハンディGPSマップの恩恵なんだろう。

 

 繰り返されるデジャヴ風景のなかを走っているうちに線路に突き当たった。成田から北東方面に進路を取って、鉄道があるとすればJR成田線だ。駅があるみたいだったので見てみると大戸駅と言った。踏切と単線がポイントで分岐した二本の線路が見えた。

 目的にしている佐原駅まで何駅あるんだろう。まあいいや。気にすることじゃない。

 昇ってきた日で少し暖かくなってきたことを感じ、鳴り出す気配のない踏切を遠目に見つつウィンドブレーカーを脱いだ。

 

 線路沿いに進んでいくと今日何度目かの未舗装路になった。冬枯れの風景は続く。これまで繰り返してきた景色に線路という名脇役が加わった。しばらくこのキャスティングで進む。

 このダート道は長くて、砂利にタイヤを滑らせながら進んでいく。目の前に、まるで東京タワーのような形をした、巨大な鉄骨塔が目に入り、それがぐんぐんと近づいてきた。

 ──電波塔かな?

 暖かくなってきたし、休憩がてら自転車をその場に転がした。ボトルのカモミールティーを飲みながら、写真を撮った。久しぶりにツイッターにも上げてみる。上げてからなんとなく、やめておけばよかったかなって気分にもなる。何が悪いわけじゃないんだろうけど、こうしてかかわると心の隅に隠れているメンヘルが姿を見せる。

 

 

 おそらく経路的には並行していたであろう──しかしながら僕が里みちばかり選んでいたからその喧騒を知ることはなかったけど──国道51号を横切ると佐原の街が近づいたことを感じた。独特の地名「イ」なんかが現れ、交通量が増え始める。狭い道にも車が入り込んでくる。

 しばらく車など来ない道ばかりを走っていたから車慣れするのに時間がかかって、車の流れに飲まれて本来曲がるべきところを失った。駅前でその流れから押し出された。仕方なしに駅前ロータリーをひとまわりして街なかへ入る。

 東にひと辻、南にひと辻行けば、長い歴史を積み重ねたつくだ煮屋がそのままの姿でそこに残っている。

 

 

 これでおしまい。今日の目的は達した。

 佐原の駅から輪行しよう。しかしさっき横目でチラッと見た大戸駅が見てみたくなった。そこまで行ってみようかな。

 佐原の街なかから利根川沿いに入り、少しだけ走る。大戸駅佐原駅からひと駅だった。戻る方向になるものだから途端に向かい風になった。

 

 駅は無人駅。町の歩道橋のような跨線橋が細い島式ホームにかかっている。両側に単線がポイントで分岐した線路。自転車を解体してパックする。そしてこの跨線橋を渡り、ホーム上のタッチ機でパスモに記録を入れた。

 この駅で終えてよかった気がした。風が強いみたいでごおごおと音を立てて流れていく。それだけのホームで列車を待つ。なんとなく興味がわいて、気分のまま佐原駅じゃなくこの無人駅にやってきたのは正解だったかもしれない。ほんの少し自分を取り戻した気持ちになる。

 入ってきた列車は成田行きの4両編成。日差しを受けてポカポカした心地いい車内にホッとして、脱力した。