自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

遠近両用のアイウェア

 僕は近眼である。

 確か高校生のころには0.1が見えなくなって、ずっとメガネかコンタクトで生活を送ってきた。

 若いころは見た目も気にして──気にするほどの見た目じゃないけど、その当時メガネはバリエーションも少なく、合うものがほぼなかったこともあって──日常生活でコンタクトを使っていた。毎夜外すと洗って、煮沸器に入れて消毒をしていた。そんな時代だった。やがて仕事で目を酷使することが増え、さらに今じゃ当たり前になったパソコンや携帯電話やスマートフォンが徐々に生活に浸透するにつれて日常の目の負担も大きくなって、コンタクトがつらくてメガネをかける機会が多くなった。まあまあ見られるよねと言える程度にかけられるデザインのバリエーションが増えたのもあって。

 今はスキーとか、限られたときにしかコンタクトをしない。30個のワンデータイプをそれこそ半年とかそれ以上かけて使っている。



 まあ年齢による衰えとは戦えないもので、僕の目にもいよいよ老眼というものがやってきた。暗いとき手もとのものが見えないなと気づき始めて、それからあれよあれよと小さな文字が読めなくなっていく。目の疲れかなと思ったときもあったけど、そんなことはなかったみたいだ。


 遠近両用メガネというものを作った。

 周囲からいろいろ耳にしていた。境い目で気分が悪くなるとか、下半分に入る近め用の度数で見えなくなる階段(特に下り?)なんかで踏み外すことがあるとか、そんなこと。

 できあがるまで不安で、初めてなのであまり強く影響が出ないようにと遠近の差を少なめに(近めを弱く)作ってみたりした。

 でもたまたまなのか僕はそんなことひとつもなく、むしろ、これ近め(老眼)の矯正入ってるの? ──って疑ってしまうほどそれまでの近眼のみの単焦点と区別がつかないほどだった。手もとの文字が読みやすくなったのかどうかさえ、よくわからなかった。

 そしてある冬の日にスキーに行くからとそれまでのワンデーコンタクトを入れてみると、スマートフォンの文字がつらい。どうやっても見づらい。あ、これもしかして老眼の矯正が入っていないからか、と初めて気づかされた。

 遠近両用はそれなりに、というかかなり役に立っていた、ってことだ。



 自転車のときはふだん使いのメガネでそのまま走ったり、コンタクトを入れてアイウェア──アイウェアって言いかたがいつも、僕にはこそばゆくて好きじゃないんだけど、目の周りを覆ってくれるスポーツグラスにほかの適当な言いかたを思いつかないので、今回はアイウェアで──を使うかだった。

 コンタクトはいよいよ手もとが見づらい。老眼も進んでるんだろうね……。やれやれ。

 メガネはそのときそのときで適切に作っているから、見るに関しては問題ないんだけど、自転車で走るときに目を守るっていう点では劣ってしまう。虫や異物を防ぐことに関してはまあそれなりに、でも入ってきちゃうこともゼロじゃないけど、ただいちばんの問題は風。

 平地を走っているときに風を巻きこんで目がつらくなることはまあないんだけど、下り坂ではさすがの僕でも巻きこんだ風が目に入ってくる。これが涙を誘発してどうにもならなくなっちゃうことは悩みの種だった。

 コンタクトのときに使っているアイウェアは目を完全に覆うように、そしてすき間なく顔を埋めるようにかけるからこの効果は完ぺきで、安っちい僕のアイウェアでさえ涙を誘発することなく、ふだんの視界のまま下り坂を走ることができる。外すときになって頬のうえにレンズのふちのあとが食い込んだように残ってしまうのだけど、それだけ顔に密着してるってことだ。これによる効果なんだろうね。

 でもね、もう老眼をフォローしないとハンドルに付けたGPSマップが見られないんだよ……。



 選択肢は遠近両用のコンタクトっていう手もある。でもふだん使いがメガネになっている今、一日じゅうコンタクトを入れているのも正直つらくって。

 こういうのがあるっていうのは知っていた。友人が持っていて、ずっと前にメガネのこともお店も教えてもらっていた。

 スポーツグラスにインナーレンズを付け、これに度を入れるというもの。

 その店に立ち寄ったとき、遠近のレンズを入れることもできるのか、と聞いてみた。できると言う。

 遊び半分で、テストケースとして、作ってみようって気が急に湧いた。


「正直遠近はそれほどお勧めしてないんです」

 店員は言う。「ただでさえインナーレンズが湾曲していることもあって、度を入れるとゆがみが強いんです。気分が悪くなる方がそれなりにいるのも事実です。そこに遠近を入れるということになるので……」

 なかば脅しのようにも聞こえ、だからといって近眼用の遠くを見るためだけの単焦点レンズで作ってしまったら意味がない。コンタクト、プラス、アイウェアという今までやってきたことでいいわけだから。

 そこで脅しに屈しないよう、それでも遠近でほしいのだということを強調。ただ自分に弱さがかなりあったんだろうね、近め(老眼)の度数差をいちばん弱くしてしまった。



 10日ばかりかけてできあがったメガネを早速かけてみた。

 なるほどなかなかびっくりする違和感。ゆがんでいる、というのが事実としてわかる。おかげで目だけ動かしてレンズの脇のほうで見ようとすると、確かにこれは気持ちが悪い。

 それにこれまでコンタクトをしたときに使っていたアイウェアとは違い、顔とのすき間がそれなりにできる。特に頬との境界はがらあき。これは度の入ったインナーレンズが間に挟まるがゆえ、仕方がないんだろうなあ。

 とはいえ、その状態でさえインナーレンズは目に近くて、じつは僕はまつ毛が長いがゆえメガネのレンズを汚してしまうことが良くある。このインナーレンズはほぼまつ毛に当たってしまう。自分なりに鼻パッドのあたりを調整してインナーレンズの距離を離し、目からの距離を確保した。──したのだけどどうしてもほんの少しまつ毛が当たってしまう。

 おまけにそうやってレンズを目から離したものだから、全体が顔から離れていく。顔とのすき間から入る風の巻きこみをいちばん気にしているのに、この結論はどうなんだ?

 見た目ごついのもちょっと気にしてる。インナーレンズ付きで顔を覆うことを考えているのだから仕方ないのだろうけど。

 これをするからには輪行で出かけるときはこれしかしない。ふだん使いのメガネなんか持っていかないつもりでいる。荷物が増えるだけだからね。



 なんだか手にしてみたらネガティブな要素ばっかりが並ぶ……。

 じっさいどうなんだろう。

 週末、御坂峠に行く。長い下りもある。使ってみようか。早々に気持ちが悪くなったときのために、保険でふだん使いのメガネは持っていったほうがいいかな──。

 週末が、近づく。