自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

木の橋を渡る

 そもそも自転車に乗っていて、橋というのはどちらかというと苦手な構造物なのだ。それは僕が高所恐怖症ゆえで、埼玉県の利根川にかかる武蔵大橋(利根大堰)の歩道を足がすくんでしまって渡ることができなかったり、奥秩父滝沢ダムとともににできた大絶景のもと駆け下りるループ橋に大きな期待を胸に抱いて突入したら瞬間に襲われた恐怖心から全ブレーキののち立ち止ってしまったという、道路と景色愛好家としてはじつにありえない、あるいはもったいない経験ばかりを積み、楽しみの受け入れを半分以下にしてしまっている人間である。ほかにも苦手な橋は多い。

 でも古い木製の橋が、いまだに残っていると言われれば足を向けてしまう。興味のほうが先に立つ。


 じっさいに沈下橋や潜水橋、流れ橋として残っている橋をそれほど多く知っているわけじゃない。ましてや木橋ともなればなおさらだ。

 まずぱっと思いつくのは、京都木津川にかかる上津屋橋。有名で、その大きな橋は写真でも何度も目にする。さすがに埼玉県からは遠く、行ってみたことはないけれど、木橋流れ橋沈下橋と言われると瞬時に思い浮かぶのがこの橋だ(上津屋橋は流れ橋)。

 沈下橋と言えば四万十川。川にはいくつも欄干のない橋がかかり、幅員はどこも乗用車一台分程度。周辺の風景に溶け込むように存在して絵になる橋ばかりだけど、ここもひとつたりとも訪ねたことは残念ながらない。

 埼玉県にも沈下橋がいくつかある。桶川の荒川にかかる樋詰橋なんかもそうで、実はこれ木橋なのだけど、表面がアスファルト舗装され路肩線も引かれ、橋脚は鉄骨だったりするので木橋の風情はあまりない。川面からそれほど高くないこと、単管とロープでの簡易欄干があることから、僕でも怖さはほとんどない。

 そんなふうにいくつかはあるのは知っているのだけど、それほど遠くない茨城県で、完全なる木橋があることを知った。

 茨城県北の久慈川やその支流といった山あいとかじゃない。小貝川、県南のつくばみらい市にそれはあった。


 TX(つくばエクスプレス線)沿線は、その発展した風景に驚く。と同時に、開業前──ほんの15年足らずだ──はどこも田園が続き、懐かしい風景が広がっていた場所であったことも覚えている。

 発展の多くは新興住宅地で、茨城県という場所でありながらTXのおかげで秋葉原まで1時間で出られる。ゆえにここに住宅を構える人が爆発的に増えた。一戸の住宅もみな敷地が大きい。町も同様で、道路も広く一区画もまた広大だ。街づくりとして全体的に大きなゆとりを持ち開発されている。

 それと研究施設。国の機関から学校、企業の研究部隊までかつて科学博のあったつくばを中心に広大な土地を持った施設が整然と配されている。

 そんな場所だから地名もつくば市つくばみらい市になってしまい、かつての面影はどんどん薄らいでいく。谷和原村谷田部町、桜村など、もう常磐自動車道インターチェンジでしか見聞きすることもなくなってしまった。

 でもそんな場所から少し離れるだけで、田園の広がる光景は残る。


 どこの新興住宅地でもそう、いまや政令指定都市である大都市千葉市でもまだ、新興住宅地の区画から一歩飛び出すと、里の風景が残っていたりする。

 その境界は見事に線で引いたようだ。

 新興住宅地の最も外周を取り囲む道路の右と左とで風景が異なり、まるであからさまに区別でもしているかのように見える。それは具現化された整備計画によるもので、意図するものではないのだろうけど、この最外周道路によって世界は分断されて映る。そこに見えない壁でも存在するように。

 たいていは、何本かだけ残された里みちが、新興住宅地の外周道路の交差点とは無関係に、剃り残されたひげのように申し訳程度につながって、伸びている。かつての生活基盤への交通路として、そうやって生きている。

 というのが見慣れた風景であり、里みちを走りたい僕としてはルートを引くときに苦労するところなのだけど、この茨城県南、TX沿線は微妙に違っている。里みちが、真新しい区画整理道路と同等に存在し、共存しているからだ。区画整理の外周道路のガードレールの切れ目から枝葉のように分かれ出るのではなく、他の道路と同じように街まで貫いていけるのだ。だから区画整理された車線の多い縦筋の目抜き通りを走れば、ひとつ目の交差点は同様な車線の多い区画整理で生まれた横筋道路、ふたつ目の交差点はむかしながらの里みちが現れたりする。


 そんな里みちを走り、僕は小貝川沿いへ出た。


 小貝川、福岡堰からうっすらと筑波山が望めた。

 猛暑の週末は景色全体がうすぼんやりとしていた。湿度も高く身体にまとわりついたら簡単にははがれないような空気だった。

 福岡堰は築堤のうえを通って小貝川を渡ることができる。周囲は見渡す限りが水田で、この堰から取水した水をおのおの、田んぼに供給しているのだろう。

 小貝川沿いを走るのは初めてだった。なんとなく、河川敷にサイクリングロードがあるようだということは知っていた。が、いつも通過するばかりでそれを走ることもなかった。この道を通って南下する。

 どうやら小貝川のサイクリングロードは右岸か左岸かのどちらかにしかないようで、長い距離を走ろうと思うのなら事前に調べておいたほうがよさそう。僕は今日必要な区間の右岸左岸を確認してルートを引き、GPSマップに入れて持ってきている。

 木橋は、そのGPSマップに入れたルートに、ウェイポイントとして「旗」を立てておかなければおそらく気づかなかったと思う。

 砂利とも土ともいえぬ、雑草も伸びかけた、踏みつけられてできた「トラック」程度の道を土手上のサイクリングロードから下ると、伸びきった藪の細いすき間から、あるのさえ見落としてしまいそうなちいさな橋が覗いた。あと10メートル、行きすぎたら間違いなく見落とす場所だ。



 欄干はない。

 恐る恐る渡った。橋の途中には釣り人がふたり。橋のうえから釣り糸を垂れている。何本かの釣竿を従えていて、いくつかの場所から川に向けて糸を垂れているが、欄干のないこの橋で引きがあったら竿ごと川に引きこまれたりしないのだろうか。

 欄干はないのだけど、20センチもないくらいのほんの小さなふち止めのような返しが付けられている。ちょうど、ペダルがかかるかかからないか程度。ペダルをかけて自転車を立てて写真を撮ってみたのだけど、風が吹いたら自転車もろとも落ちそうだ。


 気付かないな、この橋は──。

 地図で見つけるのも困難だ。

 地元の人のみが知る橋だろうけど、地元の人さえ渡ることはないのかもしれない。15分ばかりその場にとどまっていたのだけど、誰ひとりとしてこの橋を渡る人は現れなかった。

 小目沼橋、という。


 帰りは小貝川を離れ、また里みちを走った。三重塔を見に行ってみようと思いお不動さんに立ち寄ってみた。

 汗が止らない暑さ、でもまだ8時過ぎだった。


▼ 福岡堰を渡って小貝川サイクリングロードへ

▼ 車が入ると自転車でも離合が困難な築堤道路

▼ うっすらと筑波山

▼ 藪のあいだから覗いた木橋

▼ 幅は1メートルくらい。欄干なし、20センチくらいの返しが付いているだけ

▼ 本日の里みちたち

▼ 朱塗りの三重塔に立ち寄って、線香をあげて帰った


(参考/場所:→小目沼橋 - つくばみらい市観光協会