自転車旅CAFE

自転車旅を中心とした紀行文、紀行小説

中津川から湘南の海ヘ

 中津川を下って湘南海岸から江の島へ行く──そう書こうとして、中津川という名の川が全国にたくさんあることに気づく。調べてみると同じ神奈川県でもふたつあるという……。

 その中津川は、神奈川県。宮ヶ瀬ダムから愛川町を流れ、厚木で相模川に合流する中津川である。

 

 半日時間ができたのでどこかよきルートを作ってくれませんか──そんなことを直前に言われるとなかなか難しいものだ。朝は何時でもかまわないけど15時までに帰れるサイクリングを、とのリクエストだった。

 パッといいアイデアも思い浮かばず、北千住から荒川サイクリングロードを北上し適当なところから一般道路へ移って川越か鴻巣かあるいは東松山あたりへ向かうコースを考えた。リクエストをしてきたMさんの住む渋谷区で乗り換えなしか、簡単な乗り換えを一度、するだけで済む輪行。──しかしながらルートを引く前に自ら却下した。

 前日から吹いている強い北風が残るという予報だった。

 

(本日のルート)

(GPSログ)

 

「暇なので僕も走りましょうか」

 出来上がったルートをGPXファイルにしてメールに添付し、本文にそう書き添えた。

 橋本駅、午前8時。僕は初めて降りた駅だった。

 JRと京王の大きな駅は、帯状に長い駅前ロータリーがあってバスが多く発着していた。まずは津久井方面へ向かう市街路を進む。

 それほど寒くないのは幸いだった。僕は寒いのが苦手なのだ。北風もそれほど強くない。

 相模原市内、橋本から宮ヶ瀬方面、長竹へと向かう道は複雑だった。地図上ルートを引きながらもこれでいいのだろうかと思ったし、平面交差なのか立体交差なのかも判然としなかった。たとえば国道413号だけを使ってアプローチすれば迷うことはないのだろうけど、いつも渋滞を引き起こしている交通量の多い道は道幅も狭いしできる限り通らずにすませたかった。おそらく新しくできた道であろう僕の知らない津久井広域道路は交通量や平均速度も想像つかないし、そもそも自動車専用道路かどうかもわからないから組み入れなかった。この津久井広域道路や高速の圏央道ができ、複雑に立体交差をするものだから、このあたりの道路にあまり明るくない僕は幹線を一本外した道でルートを引いた。

 県道511号はおそらく昔からある道で、これを使って長竹へ向かった。相模原の台地から一気に川面まで下って相模川を渡ると、はるか頭上を津久井広域道路の立派な橋が架かっている。この津久井広域道路も県道511号、つまり今僕らが走る道のバイパスという位置づけなのだろう。

 長竹から宮ヶ瀬湖には向かわず、愛川町へ入った。暖かくなりそうな予感だったので上り坂のうちに朝から着ていたウィンドブレーカーを脱いだ。長竹からは一気に下り。半原へ出た。

 中津川の水は澄んでいて、川底が見通せた。この川に沿った道を選択して南へ向かう。道沿いは昭和の趣が色濃い街々が点在していて、なごむ。こういう街なみを走るのが好きだ。もちろん旧街道の宿場町や真っ青な海岸線、大自然の中の絶景だっていい。でもこういうちょっと懐かしい、ここへ帰って来たかのような身近さを感じさせる街のなかを行くのもいい。半原、田代──鉄道のない街はバスが交通を担っている。神奈中のバスが横浜市内を走るそれとは違って見える。バスまで懐かしく映る。西東京で見る都バスのように。

 田代を過ぎて中津川の右岸に移った。街と街とのあいだに入ったそこはずいぶん都心から離れた自然のなかへやって来たようにも感じた。冬枯れのなか中津川は変わらず清らかで、ここから数キロで相模川に合流し、そこから20キロばかりで海に到達することが想像し難くもあった。

 

 

 中津川右岸が愛川町から厚木市に入ると、ここで中津川を離れた。中津川を渡り、そのまま相模川も越えた。ずっと南向きに走っていたから気づかなかったけど、相模川を渡っていて強い風が吹いていることにあおられて初めて気がついた。ずっと背中を後押しされて走っていたわけだ。相模川を越えるとそのままJR相模線も越えた。ちょうど4両編成のステンレスの電車が走るのが見えた。そして小田急線が見えた。座間の街だった。

 ここから海老名、綾瀬、藤沢と南下したけれど、正直僕には走っていて楽しい道ではなかった。どの道が幹線道路なのか、土地勘がないゆえわからなかったから、直感でそれを外すようなルートにしたのだけど、裏目だったのかどこもそうなのかわからない、片側一車線の路肩のほとんどない道に大型車やダンプカーが通る道でもあった。川沿いのサイクリングロードでも探せばよかったかと残念な気持ちになった。

 何とか辻堂まで南下して、お昼にすることにした。

 国道沿いの洋食屋に入ってランチを食べた。このあたりは道の選択が難しい。相模川の西側、厚木、伊勢原から平塚あたりでも同様かもしれない。思い出してみれば僕はあまり神奈川県を走ったことがない。三浦半島は別にして、それ以外は走りやすい道どころか、道路網自体を把握していない。どちらかというと交通量の多い道を走ったことでの疲労を休めながら、ポークシチューを食べた。

 早めのランチにしたとは言え、食後それほど時間はない。それでもこれで終わってしまうのもなんなので江ノ島まで行ってみる。江ノ島からであれば小田急一本で帰れるMさんにも都合がいい。

 引地川に出て、それに沿って鵠沼海岸へ出た。国道134号は使わず、海岸沿いを走った。海にはサーファーがたくさん浮かんでいる。これだけ寒い季節に海に浸かっているということが信じがたい。でも彼らにしたらそんなこと関係ないだろうし、この寒い季節にサイクリングだと言いながら自転車に乗っていることだってまわりからすれば奇異に映る違いない。

 荷台にサーフラックをつけた自転車が多くなる。サーフボードを脇に載せて帰っていく自転車とすれ違うのがこのあたりの独特の光景だ。そういえば先月御宿を走ったとき、たくさんのサーファーを見かけたもののこういった自転車は見かけなかった。御宿のサーファーはみなリアゲートを持った車で海岸に横付けしていた。

 かくして江ノ島大橋にたどり着いた。僕は生まれてこのかた残念ながら江ノ島に渡ったことがなかった。海沿いの道からそのまま入り込んだ、江ノ島大橋の歩道を自転車を押して渡った。多くの人の行き来で歩道が埋まっている。まるで有名神社の初詣にでも向かっているようだ。

 今日、実は楽しみにしていたことがあった。走っているさなかにずっとその頭だけを見せていた富士山を望むことだった。相模原地区は手前に丹沢山系があるため、富士山の全景を眺めることができない。雪がしっかり積もった富士山の頭頂部をちらりちらりと眺めながら、でもあとで写そうと写真も撮らずに進んできた。この江ノ島で見られるその全容を楽しみにしてきたのだけど、ここに来て富士山にだけ、見事に雲がかかってしまっていた。──きっと、日ごろの行いがこういうところにあらわれるんだろう。

 僕にとって初上陸の江ノ島も、取り立ててみるものを調べてきたわけでもなく、滞在5分であとにした。帰りは車道で大橋を渡る。そのまま直進して片瀬江ノ島駅へなだれ込んだ。